第40話:夜は映画でも見てのんびりしたいのに、カイル兄さんのアクション大作が上映されている
「ふぅ……夜は美味しいご飯を食べてお風呂に入るのもいいけど、ちょっとした観劇や娯楽が欲しくなるなぁ」
バルデン子爵領となった我が家のテラスで、ルーカスはふかふかの特製クッションを抱きしめ、静かに広がる星空を見上げてポロリと呟いた。
サスペンション馬車や魔導列車のおかげで昼間の移動は快適そのものだし、人間ドックで健康チェックもバッチリ。
だが、夜のぬくぬくとした時間に家族やみんなで楽しめる「エンタメ」が、まだまだ少ない気がしていた。
「前世の『映画』みたいに、暗いお部屋で大きな白い布に動く映像を映して、臨場感あふれる音楽と一緒に物語を観られる場所があれば最高なのに。フワフワの『ポップコーン』を食べながら映画を観て感動すれば、心もリフレッシュされてストレス解消になるし、免疫力も上がって元気に長生きできるのになぁ……」
夜の充実したおうち時間と、心身のストレス解消を求める少年の、切実で平和第一なボヤキ。
……のはずだった。
(光の残像を連続投影し魂を震わせる神の活動写真……! そして全人類の感情を揺さぶりストレスを浄化する奇跡の劇場(映画館)……!?)
テラスの物陰で、夜のハーブティーのポッドを片付けていた侍女リリィの瞳が、神々しいまでの光を解き放った。
カリカリカリカリカリッ……!
「すごいですわお兄様……! 身体の健康だけでなく、感情と魂を揺さぶって全領民の心を豊かにする『視覚エンタメの大革命』まで見据えておられるなんて……! 私、すぐに写真機のヤコブさんと音楽家のルーベンさん、それに演出家のセザールさんに伝えなくっちゃ!」
目を輝かせた天使(妹)は、メモ帳を抱えて館の精密技術室へと爆走していった。
◇
「——なんですって……!? 写真機で撮影した連続画像を、高速回転プロジェクターで巨大な膜に投影し、音響魔導具と同期させる『バルデン式・活動写真』だと……!?」
男爵家の精密技術室。
ヤコブ(23歳)、音楽家ルーベン(29歳)、そして広報セザール(31歳)は、リリィのメモ帳を凝視しながら肩を抱き合って狂喜の叫びを上げていた。
「ヤコブ殿! 撮影用の連続感光フィルムと強力光導石なら俺が用意する!」
「ルーベン殿! 映像の場面に合わせて、お前の生演奏音響魔法陣をシンクロさせようッ!」
「ふふふ……ではセザールが、世界を震撼させる第一弾映画のプロデュースと主演俳優のキャスティングを引き受けましょうッ!」
熱血漢のクリエイターたちは血走りながら、試作映画の撮影と映画館の建設へと突入した。
◇
数日後。
「……ねえ、なんで我が家の隣に真っ黒な壁の巨大な建物が建ってて、『バルデン大劇場・シネマ1号館』って看板が光ってるの?」
自室でハーブティーを飲んでいたルーカスは、窓の外のあり得ない建物に白目を剥いていた。
庭の隣にオープンした『バルデン大劇場』の内部は、ふかふかのリクライニングシートが傾斜状にズラリと並び、前方には巨大な真っ白なスクリーンが設置されていた。
入口では、弾けたトウモロコシにバターと塩を効かせた香ばしいポップコーンと、キンキンに冷えた果汁ソーダが配られている。
「ルーカス様! 完成いたしました!」
演出家セザールが、タキシード姿で恭しく映画館の最前列中央の特等席へルーカスを案内した。
「ルーカス様のご神託をもとに完成いたしました、世界初の魔導映画『脱力殺陣アクション大作・【脱力剣聖カイル〜静かなる刃〜】』の上映にございます!」
「えっ!? 主演、カイル兄さんなの!?」
ルーカスが驚いてポップコーンを口に運んだ瞬間、館内がスッと暗くなり、巨大スクリーンに圧倒的な高画質映像が映し出された。
ドォォォン……ッ!
重厚なオーケストラ音響とともに、画面の中でカイル兄さんが優しく微笑みながら佇んでいる。
そこへ、百人もの悪漢たちが刀を抜いて襲いかかるが——カイル兄さんはまったく力むことなく、超高速の「脱力」で次々と敵の攻撃を受け流し、一瞬でなぎ倒していく!
画面越しにも伝わる圧倒的な殺陣の迫力と臨場感。
「すごい……! 本当に本物の映画だ! 兄さんのアクションがめちゃくちゃカッコいい……ッ!」
ルーカスがポップコーンをむしゃむしゃ食べながら大感動していると、映画のクライマックスとともに画面の『全自動遠隔拝謁陣』がピコンッと音を立てて発光した。
画面には、王都の劇団長や興行主たち、さらには映画の試写映像を見た各国の王族や大富豪たちがズラリと映し出されていた。
『創世の神童・ルーカス子爵様! あの光と音の奇跡『魔導映画』と、カイル殿の『脱力アクション』に全米……いや、全王国が涙と大熱狂に包まれておりますぞ!』
『我が国の全劇場にあのプロジェクターとフィルムを導入したい! 今すぐ全興行主・劇団長三千名をバルデン領へ研修に向かわせました!!』
「三千人が映画の研修に来るのーーーーッ!?」
ルーカスは悲鳴を上げ、特製クッションで顔を覆った。
「あ、あれ……? 僕はただ……夜に映画でも見てのんびり感動したかっただけなのに……なんで我が家が『世界初の映画産業&ハリウッドの聖地』になってるの……!?」
夜のエンタメと癒やしを求めた少年のささやかなボヤキは、王国の文化に「映画」という新時代を爆誕生させ、またしても世界中を興奮と大感動の渦へと巻き込んでいくのだった。
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