第39話:定期検診で健康長寿を目指したいだけなのに、王国の平均寿命が跳ね上がってしまった
「ふぅ……かき氷も美味しかったし、ファミレスのハンバーグも最高だったなぁ」
バルデン子爵領となった我が家のテラスで、ルーカスはふかふかの特製クッションを抱えながら、初夏のさわやかな風に目を細めていた。
サスペンション馬車や超高速魔導列車、そしてファミレスやかき氷のおかげで、領内の生活は前世の地球すら凌駕するほどの快適さに達していた。
だが、どれほど美味しいものを食べて快適に過ごしていても、ルーカスにはひとつだけ、心に引っかかっている健康上の懸念があった。
「いくら美味しいものを食べていても、身体の内部で静かに進行する病気って気づきにくいんだよね。前世でも『沈黙の臓器』なんて言われる肝臓の病気や、初期症状のないガン、高血圧や糖尿病みたいな生活習慣病があったし……」
ルーカスはハーブティーを一口すすり、長生きのための『予防医学』の根本についてぽつりと呟いた。
「病気が重くなってから治すんじゃなくて、病気になる前の『未病』の段階で早期発見・早期治療するのが長生きの鉄則なんだよ。前世の『定期健康診断』みたいに、年に一度、血圧や心電図、血液や尿検査、胸のレントゲンなんかをセットで計測して、身体の異常を数値でデータ化できる仕組みがあればいいのに。そうすれば誰も手遅れにならずに、100歳まで元気に長生きできるのになぁ……」
病気の早期発見・早期治療によって手遅れになるリスクをゼロにし、健やかに老後を迎えたいという少年の、切実で健康第一なボヤキ。
……のはずだった。
(体に潜むあらゆる病魔の芽を事前に見抜き、死の運命を未然に書き換える神の審判陣(人間ドック)……! そして全人類の寿命の限界を突破させる聖なる命のカルテ……!?)
テラスの物陰で、お昼休みの手洗い指導を終えたばかりの侍女リリィの瞳が、神々しいまでの光を解き放った。
カリカリカリカリカリッ……!
「すごいですわお兄様……! 目の前の病を治すだけでなく、未来の病気すら先回りして根絶する『医療予防の大革命』まで見据えておられるなんて……! 私、すぐに医師のガブリエル先生と看護師長のピアさんに伝えなくっちゃ!」
目を輝かせた天使(妹)は、メモ帳を胸に抱えると館の診療所へと爆走していった。
◇
「——なんですって……!? 病にかかる前に身体の微小な変調を数値化し、病の芽を事前に摘み取る『総合予防医療』だと……!?」
男爵領の診療所。
医師ガブリエル(40歳)と看護師長ピア(28歳)は、リリィのメモ帳を凝視しながら、雷に打たれたように固まっていた。
「ピア君! 見ろこのアプローチを! これまでの医学は『症状が出てから薬を投薬する』ことしかできなかった……! だがルーカス様のご神託は、血圧、血液内の魔力微粒子、尿成分を数値化し、10年後の病気リスクまで予測する画期的なシステムだ!」
「ガブリエル先生! 今すぐギド殿の魔導分析陣とクララさんの衛生隊を巻き込んで、全領民対応型の『バルデン総合ヘルスケアセンター』を開設しましょうッ!」
医療のプロフェッショナルたちは激しい感動の涙を流し、全領民の定期健診システムの構築へと突入した。
◇
数日後。
「……ねえ、なんで我が家の庭に大きな白い建物が建ってて、領民たちが袖をまくって採血の順番待ちをしてるの?」
自室でハーブティーを飲んでいたルーカスは、窓の外のあり得ない大行列に白目を剥いていた。
庭の特設会場にオープンした『バルデン総合ヘルスケアセンター』では、ガブリエルとピアが主導する「バルデン式・人間ドック」がフル稼働していた。
自動血圧測定陣、聴診器による心音チェック、魔導血液分析器による生活習慣病チェック、そして胸部レントゲン風の「光導透過陣」まで完備されている。
「ルーカス様! 完成いたしました!」
医師ガブリエルが、厚い羊皮紙のカルテを誇らしげに掲げて駆け込んできた。
「領民3,000名の『第一期・人間ドック』が完了いたしました! 結果、初期のがん細胞や高血圧の前兆が見つかった12名について、即座に食事指導とフィオナ殿の初期薬を投与! 手遅れになるケースは完全に『ゼロ』となりました!」
「もう予防医療システムが完璧に稼働してる!?」
ルーカスが驚嘆していると、画面の『全自動遠隔拝謁陣』がピコンッと音を立てて発光した。
画面には、王都の医療ギルドの最高幹部たちや、自身の健康不安に怯えていた隣国の老将軍、さらには各国の王立病院の院長たちがズラリと映し出されていた。
『創世の神童・ルーカス子爵様! あの病気の芽を事前に完全摘み取る『人間ドック』の測定データを拝見しましたぞ!』
『我が国の老王も『これで手遅れにならず長生きできる』と歓喜の涙を流しております! 今すぐ全国家の国民、総勢5万人の人間ドック受診を予約させていただきたい!!』
「5万人が人間ドックの予約に来るのーーーーッ!?」
ルーカスは悲鳴を上げ、特製クッションで顔を覆った。
「あ、あれ……? 僕はただ……定期検診で病気を早期発見して、安心して長生きしたかっただけなのに……なんで我が家が『全世界の寿命を引き上げる絶対予防医療の聖地』になってるの……!?」
病気の前兆を恐れた少年のささやかなボヤキは、王国の平均寿命予測データを跳ね上げ、またしても世界中を驚愕と大歓喜の渦へと巻き込んでいくのだった。
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