第3話:温泉を掘ったら元SSランク冒険者の腰痛が完治して防衛網が爆誕した
「……はぁぁぁ、極楽極楽」
二重サッシで冷気を完全にシャットアウトし、床暖房でほんのりと温められた自室。
ふかふかのスプリングマットレスの上で、ルーカスは温かいハーブティーを飲みながら幸福感に浸っていた。
「二重サッシと床暖房の組み合わせは反則的だよ。もう部屋から出たくない。これぞ前世で夢にまで見た『理想のひきこもり環境』だね」
だが、窓の外を見下ろすと、そこには恐ろしい光景が広がっていた。
「ぬははははッ! 柱の強度が足りん! 銅と魔石の合金で補強しろッ!」
「ブラム殿! この区画の床下にも温水配管を通しますぞ! 全領民を暖気で包み込むのだ!」
金槌を振り回すドワーフのブラムと、白衣をたなびかせる錬金術師ギド。
二人の暴走建築ユニット率いる作業員たちが、男爵家の周囲で怒涛の勢いで工事を進めている。彼らが集めてきた職人たちによって、領地の中心街は日に日に最新ハイテク建築へと姿を変えつつあった。
「あはは……まあ、僕の部屋が快適ならそれでいいや。触らぬ神に祟りなし……」
現実逃避気味に呟いたルーカスは、ふと自分の肩を揉んだ。
「でもなぁ……部屋が暖かくなったのは最高だけど、たまには大きな湯船に肩まで浸かって、足を伸ばして温まりたいなぁ。前世の日本の『温泉』みたいなやつ。効能豊かな温泉に浸かって、マッサージでも受ければ、日頃の疲れも取れるし、おじいちゃんやおばあちゃんたちの酷い腰痛や神経痛だって劇的に良くなるのに。温泉街とかあったら、みんな健康になって長生きできるんだけどなぁ……」
ぽろり。
またしても、前世の温泉文化を懐かしむだけの無害極まりないボヤキ。
もちろん、一人部屋での完全な独り言だ。
……のはずだった。
(お、温泉……!? 湯に浸かるだけで腰痛や神経痛が治る魔法の泉……!?)
ドアの隙間からそっと差し入れの焼き菓子を置こうとしていた妹リリィが、恐るべき集中力でその言葉を漏らさずキャッチしていた。
カリカリカリカリカリッ……!
『身体のあらゆる痛みを治癒し、細胞を活性化させる奇跡の聖水』
『全領民の長寿と健康を約束する常春の湯治拠点』
「すごいですわお兄様……! お医者様でも治せない身体の痛みまで治してしまうなんて……! 私、街でお困りの方に教えてあげなくっちゃ!」
目を輝かせた天使(妹)は、焼き菓子の皿をそっと置くと、風のように去っていった。
◇
その頃。
バルデン領の街道沿いにあるベンチで、一人の初老の男が「くっ……」と呻きながら腰を押さえていた。
豪快な白髪に、全身に刻まれた無数の傷跡。
彼の名はラグナル・ブラッドフォード(55歳)。
かつてたった一人で竜の群れを屠り、王国全土にその名を轟かせた元SSランク冒険者・『獅子王』ラグナルその人である。
しかし、長年の激闘で痛めた腰と膝の古傷は限界に達していた。
どんな高位の治癒魔法をかけても、骨と神経の深部の痛みまでは取り除けない。現役を引退し、静かに余生を過ごす場所を探してこのバルデン領を訪れていたのだが、立っていることすら激痛が走る状態だった。
「クソッ……俺の体もここまでか。剣を握るどころか、歩くことすら覚束んとはな……」
無念に唇を噛みしめるラグナルの前に、可憐な少女がパタパタと走り寄ってきた。
「おじいさん、腰が痛いの?」
「……ん? お嬢ちゃん、俺は……ぐぬぅ、そうなんだ。情けないが、腰が割れそうに痛くて動けんのだ」
痛みに耐えながら苦笑するラグナルに、リリィはニコリと微笑んでメモ帳を開いた。
「大丈夫ですわ! 私のお兄様が言っていましたもの! 『地面の底から湧き出る温かい温泉に浸かって、身体を温めながらマッサージをすれば、どんな酷い腰痛も神経痛も良くなる』って!」
「……地下から湧く温かい水……だと? 治癒魔法すら効かん深部の古傷が、ただの水で治るはずが——」
「お兄様のお言葉に嘘はありませんわ! お兄様は『給湯器』や『二重サッシ』を作った天才、バルデン男爵家のルーカスお兄様ですもの!」
「なに……!? バルデン家のルーカス……! あの、王都の職人たちの間で『文明を千年進める神童』と噂されている……!?」
ラグナルの眼光が鋭く光った。
冒険者時代の勘が、全身の毛穴を逆立てる。
(治癒魔術は『表面の傷を塞ぐ』だけだ。だが、温熱と鉱物成分で『血流を促し自癒力を極限まで高める』というアプローチ……! まさか、あの若さで身体の根幹構造まで理解しているというのか!?)
「お嬢ちゃん! その『温泉』とやらはどこにある!? 俺のこの腰は治るのか!?」
「お兄様が『男爵領の裏山あたりに絶対に眠っている』って仰ってましたわ!」
「裏山かッ!!」
ラグナルは痛む腰を強引にかばいながら、猛然と男爵家の裏山へ向かって走り出した。
◇
「——で、爆破したのかい?」
「はいッ! ギド殿の魔導爆薬と、ブラム殿の採掘技術で裏山の岩盤を貫通させましたところ……出ましたぞぁぁぁッ!」
その日の夕方。
男爵家の庭は、猛烈な硫黄の匂いと立ち上る白煙に包まれていた。
裏山から引かれた極厚の銅パイプを通って、男爵家の庭に新設された巨大な岩風呂へ、なみなみと熱い源泉が注ぎ込まれている。
「な、なんで庭に露天風呂ができてるの……!?」
ルーカスが呆然と口ぐちぐちぐちぐちを開けていると、湯船の中からドバァッ!! と凄まじい水柱を上げて一人の男が立ち上がった。
「うおおおおおおおッ!! 軽い! 軽いぞぉぉぉッ!!」
湯気の中から現れたのは、全身から黄金色の魔力を激しく噴き出させているラグナルだった。
「信じられん……! 20年間、俺を苦しめ続けた腰の激痛が……綺麗さっぱり消えている!? それどころか、全身の血流が爆発的に巡り、全盛期以上の魔力が湧き上がってくるぞ……!!」
ラグナルは湯船から飛び出すと、庭に転がっていた巨大な試掘用の岩石(重さ数トン)に向かって拳を振り抜いた。
ドッカァァァァンッ!!
一撃で岩石が粉微塵に砕け散り、衝撃波が庭の木々を激しく揺らす。
「ひぃっ! 爆発!? 敵襲!?」
トラウマで飛び上がるルーカス。
ラグナルはすかさずルーカスの前に膝をつき、地面に深く頭を擦り付けた。
「感謝いたす……感謝いたしますぞ、ルーカス様ぁぁぁッ! このラグナル・ブラッドフォード、貴方様のおかげで再び剣を握る肉体を取り戻せました!」
「えっ……ラグナル? 元SSランクの『獅子王』……!?」
カイル兄さんが珍しく目を見開いて驚いている。
「ルーカス様! 貴方様は俺の肉体だけでなく、冒険者としての魂まで救ってくださった! この恩、生涯をかけてお返しいたします!」
ラグナルの目が、ギラギラとした狂気の忠誠心で燃え上がった。
「見えた……俺には見えたぞ! この奇跡の『温泉』を狙って、将来必ずやよからぬ貴族や魔物が押し寄せてくる! ルーカス様の静かなる日常を脅かす者がッ!」
「えっ? いや、誰も狙ってないと思うけど——」
「故に! 俺がこのバルデン領の『国防総監』となり、王国最強の防衛網を構築いたします! 領地の外周に自動迎撃魔法陣を敷き詰め、忍び寄るスパイも魔物も一歩たりとも侵入させん!! さらに、王都で暇を持て余している元Sランクの戦友どもにも『ここに至高の主君がおられる』と招集状を送りました!!」
「また仲間を呼んだのーーーッ!?」
ルーカスが絶叫する。
「はははッ! すでに十名の元Sランク冒険者がこちらに向かっております! さあ、バルデン領を『不落の要塞都市』へと変貌させましょうぞぉぉぉッ!」
「待って!? 僕はただ、大きなお風呂で足を伸ばしてリラックスしたかっただけなの!!! ちょっと待ってラグナルーーーッ!?」
ルーカスの悲鳴を背に、全盛期を取り戻した最強の老剣士は、ものすごい勢いで領地の防衛計画書を書きに走り去っていった。
湯気の立ち上る完璧な露天風呂の横で、ルーカスはガクガクと膝をついた。
「あ、あれ……? 僕はただ、温泉に入ってぬくぬく長生きしたかっただけなのに……なんで領地が軍事要塞化に向かってるの……!?」
ただ健康でいたい少年のささやかなボヤキは、男爵領を王国最強の「ハイテク温泉要塞」へと変貌させる暴走のギアを、さらに激しく叩き込むのだった。
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