第37話:教皇様が拝みに来られたようですが、僕は部屋から一歩も出ません
「……ねぇリリィ。窓の外で、金ピカの衣装を着たおじいさんと綺麗な女人が地面にひれ伏して拝んでるんだけど、何が起きてるの?」
暖かな春の陽気が差し込む自室で、ルーカスは特製クッションを抱きかかえながら白目を剥いていた。
バルデン子爵領となった我が家の敷地内。
そこには、世界の三大宗教の一つ『ルミナス教』の最高指導者である教皇クレメンス15世(70歳)と、教皇庁の『奇跡の聖女』セシリア(18歳)が、涙をボロボロとこぼしながら庭の石畳に額を擦り付けていた。
「お兄様! あの方々は『ルミナス聖国』の教皇様と聖女様ですわ!」
妹のリリィが、メモ帳を胸に抱えて目を輝かせる。
「バルデン領の『ペニシリン軟膏』や『無菌加湿空気清浄』、そして『雪を溶かす地熱街道』の噂をお聞きになり、神の奇跡が具現化した地をこの目で確かめたいと、遥々やって来られましたの!」
「聖国のトップが自らやって来ちゃったのーーーッ!?」
ルーカスは青ざめて毛布を頭からすっぽりと被った。
「嫌だ! 宗教のトップなんて絶対に関わりたくないよ! 下手に口を滑らせて『異端だ!』とか言われたら処刑されちゃうかもしれないし、権力争いに巻き込まれたら長生きできないじゃないか! 僕は絶対に自室から一歩も出ないからね!」
部屋から一歩も出ないと誓い、固く扉を閉ざすルーカス。
……だが、その頃、屋敷の玄関では——。
◇
「お、おおお……っ!? なんという清らかな空気……! 呼吸をするだけで、長年の喘息と魂の濁りが洗われていくようだ……!」
白衣を纏った衛生長官クララの手で「アルコール手洗い殺菌」を済ませ、館に入った教皇クレメンス15世は、あまりの空気の清廉さに膝を震わせていた。
壁の角からは、魔導加湿空気清浄機が「シュー……」と澄んだアロマの湿度を噴き出している。
「教皇様、ご覧ください……! 傷口の化膿を一瞬で塞ぐ奇跡の霊薬『ペニシリン』……そして、手で持ってフーフーと息を吹きかけながらいただく、この白いフワフワの聖包(肉まん)……っ!」
聖女セシリアが、蒸し立ての肉まんを一口かじり、至福の表情でボロボロと大粒の涙をこぼした。
「美味しい……っ! モチモチの生地の中からあふれ出る旨味のスープが、五臓六腑を温めていきます……! これこそ、神が人類に遣わした『天のパン』に違いありません……!」
「おおお……なんたる慈愛! なんたる神威……! 病を払う空気、傷を治す霊水、腹を満たす天の食……! このバルデン領こそ、真の『地上天国』ではないかぁぁぁッ!」
教皇クレメンス15世は杖を投げ打ち、歓喜の叫びを上げた。
◇
数分後。
ルーカスの自室の『全自動遠隔拝謁陣』がピコンッと音を立てて発光した。
画面に映し出されたのは、1階の応接室から画面越しに拝んでくる教皇と聖女、そしてドゲザする聖国の幹部たちであった。
『創世の神童・ルーカス子爵様……! いや、神の御使い様ッ!』
教皇クレメンス15世が、画面越しに額を床に擦り付けて叫ぶ。
『貴方が生み出された奇跡の数々は、全人類を病と飢餓から救う神の救済そのもの! 本日より我がルミナス教団は、ルーカス様を『聖国公認・唯一無二の神の代行者』として全世界に布告いたしますぞ!!』
「神の代行者に認定しないでーーーーッ!?」
ルーカスは悲鳴を上げ、特製クッションで顔をすっぽり隠した。
『今すぐ全聖国の聖騎士五千名と修道女三千名を、バルデン領の『神聖衛生&至高美食』の研修に向かわせました!!』
「八千人が研修に来るのーーーーッ!?」
ルーカスは絶叫し、ベッドの上で頭を抱えた。
「あ、あれ……? 僕はただ……部屋で静かにぬくぬく長生きしたかっただけなのに……なんで僕が『世界の宗教の最高神聖権威』になってるの……!?」
宗教のトップとの関わりを恐れた少年のささやかな抵抗は、彼を「全人類の聖者」へと祭り上げ、またしても世界中を大熱狂の渦へと巻き込んでいくのだった。
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