第35話:家族の笑顔を記録したいと呟いたら、僕のブロマイドが全世界で売られていた
「あはは、カイル兄さん、ミミと日向ぼっこしてて楽しそうだなぁ」
暖らかな春の日差しが降り注ぐバルデン家の庭園で、ルーカスはテラスの特製クッションに腰掛けながら、和やかな家族の風景を眺めていた。
芝生の上では、膝の上にシャドウキャットのミミを乗せた兄カイルが穏やかな笑顔を浮かべ、妹のリリィが庭師フレディの育てた色鮮やかな春の花束を抱えてパタパタと走り回っている。父アロイスと母エレナも仲良く並んでハーブティーを楽しんでいた。
「絵描きさんに頼むと何時間もじっと座ってなきゃいけないし、高いお金もかかるんだよね。前世の『写真機』みたいに、レンズを向けてカシャッとボタンを押すだけで、大切な家族の笑顔や四季の風景を紙に一瞬で記録できる機械があればいいのに」
ルーカスは温かいハーブティーを一口すすり、ほっこりとした表情で呟いた。
「家族の思い出を『写真集』にして大切に飾っておけば、見るたびに心が温かくなって脳の活性化にもなるし、年を取っても幸せな気持ちで元気に長生きできるのになぁ……」
大切な家族との温かい時間を永遠に残し、健やかに老後を迎えたいという少年の、切実で平和第一なボヤキ。
……のはずだった。
(対象の魂と光を瞬時に紙片へ永遠定着させる神の記録鏡(写真機)……! そしてお兄様の神々しき聖相を全世界の絶対聖遺物として永久保存する神聖絵姿……!?)
テラスの物陰で、新しく届いたハーブの葉を選別していた妹リリィの瞳が、眩いばかりの光を解き放った。
カリカリカリカリカリッ……!
「すごいですわお兄様……! 画家様の手を煩わせることなく、全人類の幸福な記憶と『ルーカスお兄様のご存在』を寸分違わず後世に残す『視覚記録の大革命』まで見据えておられるなんて……! 私、すぐに時計職人のニコさんとギドさんの弟子ヤコブさんに伝えなくっちゃ!」
目を輝かせた天使(妹)は、メモ帳を抱えて館の精密工房へと爆走していった。
◇
「——なんですって……!? 光の反射パターンを光導結晶に記憶させ、感光紙に像を焼き付ける『魔導写真機』だと……!?」
男爵家の精密精密工房。
時計職人ニコ(35歳)と、錬金術師ギドの弟子ヤコブ(23歳)は、リリィのメモ帳を挟んで興奮のあまり肩を抱き合っていた。
「ニコさん! 僕の光導蓄光陣と、ニコさんの超精密シャッター歯車を組み合わせれば……一瞬の光を紙の上に完璧に固定できます!」
「ヤコブ殿! これがあれば画家の技術も時間も不要! 世界の歴史とルーカス様の神々しきお姿を、そのまま永遠に写し取ることができるぞぁぁぁッ!」
二人は血走りながら、昼夜を忘れて試作機の組み上げに没頭した。
◇
数日後。
「……ねえ、なんで僕の部屋の前に小さな黒い箱を持ったニコさんとヤコブさんが待機してて、カシャカシャ変な音が響いてるの?」
自室で特製クッションを抱きしめながらハーブティーを飲んでいたルーカスは、目の前に突きつけられた奇妙な筒状の機械に白目を剥いていた。
「ルーカス様! 完成いたしました! 『バルデン式・即時魔導写真機』にございます!」
ニコが黒い箱の上のボタンを押すと、「カシャッ! ピキーン!」と心地よい音とともに青い光が小さく弾けた。箱の底の排出口から、ツヤツヤとした分厚い紙がヌッと押し出されてくる。
「ご覧くださいルーカス様!」
ヤコブが差し出した紙には、今まさにハーブティーを飲もうと口をすぼめているルーカスの姿が、まるで本物がそこに閉じ込められたかのように鮮明に写し出されていた。
「すごーーーいッ!? 本物の写真だ! 一瞬でプリントされるなんて前世のチェキやポラロイドよりハイテクじゃない!?」
ルーカスが絵の具も使っていない写真の出来栄えに感動していると、部屋のドアがババァンッ! と勢いよく開いた。
「お兄様ぁぁぁッ! 大成功ですわーッ!!」
胸を張ったリリィの後ろから、大商人シルヴィアと広報セザールが、山のような金貨の袋を抱えて雪崩れ込んできた。
「ルーカス様! ニコ殿とヤコブ殿が撮影したルーカス様の『クッション抱っこ写真』および『ハーブティーもぐもぐ写真』を、セザール殿の高速印刷陣で複製し『創世の神童・聖ブロマイドセット』として売り出しましたところ……!」
シルヴィアが金貨の袋をジャラリと鳴らして叫ぶ。
「初日だけで全世界ミリオンセラー! 王都のファンクラブや異国の貴族院で破格のプレミア価格がついておりますわッ!」
「聖ブロマイドが全世界でミリオンセラーーーーーッ!?」
ルーカスが絶叫したその瞬間、画面の『全自動遠隔拝謁陣』がピコンッと音を立てて発光した。
画面には、ルーカスの「限定笑顔ブロマイド」を競り落とそうと、熱狂した王都のオークション会場や、ブロマイドを額縁に入れて拝んでいる異国の王族たちがズラリと映し出されていた。
『創世の神童・ルーカス子爵様! あの神々しきブロマイドのおかげで、我が国の国民の心が癒やされ平和が保たれております!』
『今すぐ第二弾『パジャマ姿のルーカス様ブロマイド』の撮影許可を!! 全国のファンが熱望しておりますぞ!!』
「パジャマ姿なんて絶対撮らせないからねーーーーッ!?」
ルーカスは悲鳴を上げ、特製クッションで顔をすっぽりと隠した。
「あ、あれ……? 僕はただ……家族の笑顔をアルバムに残したかっただけなのに……なんで僕の写真が『世界を癒やす奇跡の聖遺物』として取引されてるの……!?」
大切な思い出を残したかった少年のささやかなボヤキは、王国の技術を「写真文化」へと突入させ、またしても世界中に空前のルーカスブームを巻き起こすのだった。
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