第34話:ツルツルすすれる美味しい麺が食べたいだけなのに、王国の食通が殺到してくるんだが
「ふぁぁぁ……ポカポカして良いお天気だなぁ」
日差しがすっかり柔らかくなったテラスで、ルーカスはふかふかのクッションに身を委ね、のんびりとハーブティーをすすっていた。
毎朝のラジオ体操第2とフィットネスジムの稼働により、冬の間に気になっていたお腹のぽっこりもすっかり解消。適度な運動で全身の血行が良くなり、ルーカスの体調はまさに最高潮であった。
「体調はバッチリ! なんだけど……」
お昼時が近づくにつれ、ルーカスはお腹をさすりながら、前世の春から初夏にかけての懐かしい食卓を思い出してぽつりと呟いた。
「暖かくなってくると、こう……ツルツルッと喉越し良くすすれる美味し〜い『中華麺』や『冷やし中華』が食べたくなるんだよねぇ。丸鶏や豚骨、魚介の旨味が凝縮された熱々のスープに、黄色くてコシのある縮れ麺を絡めて、柔らかいチャーシューと味付け玉子と一緒にすするの。それと、酢と醤油が効いた冷たいタレでサッパリ食べる冷やし中華に、細切りハムとキュウリと錦糸卵を乗せてフーフー……じゃなくてズズッと食べるのも最高なんだよなぁ。温かい麺と冷たい麺を食べ分ければ、消化も良くて食欲も落ちないから元気に長生きできるのに……」
前世の街角にあったラーメン屋や、中華料理店のあの独特で芳醇な香りを懐かしむ少年の、切実で健康第一なお腹のボヤキ。
……のはずだった。
(喉をすり抜ける神の絹糸(中華麺)……! 濃厚なる命の出汁と、熱気を吹き飛ばす清涼なる聖水麺(冷やし中華)……!?)
テラスの物陰で、お昼の特製サンドイッチを運んできていた妹リリィの目が、神々しいまでの光を放った。
カリカリカリカリカリッ……!
「すごいですわお兄様……! 体幹を鍛えた後は、全領民の胃袋と食欲を刺激して命の源を充填する『王国・食文化の大革新』まで見据えておられるなんて……! 私、すぐに調理長のヴァレンティンさんとパン屋のザハールさんに伝えなくっちゃ!」
目を輝かせた天使(妹)は、サンドイッチの皿を置くと、男爵家の厨房へと爆走していった。
◇
「——なんですって……!? 小麦粉に特殊な天然アルカリ鉱水を練り込み、打ち立ての生地を帯状に伸ばして熟成させる『黄金熟成縮れ麺』だと……!?」
男爵領の『ザハール堂』厨房。
小麦粉と発酵のプロフェッショナルであるパン職人ザハール(50歳)は、リリィのメモ帳を凝視しながら、小麦粉で真っ白になった両手を震わせていた。
「俺はこれまでパンしか焼いてこなかったが……小麦の旨味と弾力を極限まで引き出すこの製麺法……! ヴァレンティン殿! お前のスープと合わされば、これは至高の逸品になるぞ!」
一方その頃。男爵家のメイン厨房では——。
「丸鶏、豚骨、そして干し魚と昆布の出汁を何時間もじっくり煮込み、特製醤油ダレと合わせる『バルデン至高スープ』……! さらに、氷水でギュッと締めた麺に酸味と甘みの効いたタレをかける『バルデン清涼冷麺』だと……!?」
出汁とスープのスペシャリスト・調理長ヴァレンティン(38歳)が、巨大な寸胴鍋を取り囲み、感涙にむせび泣いていた。
「素晴らしい……! 熱気と冷気、二つの極致で全人類の食欲を刺激し、生きる活力を与えるお料理……! ザハール殿! 今すぐ製麺機と寸胴鍋をフル稼働させるぞッ!」
◇
数日後。
「……ねえ、なんで我が家の庭に屋台が立ち並んでて、街じゅうにめちゃくちゃ香ばしい良い匂いが漂ってるの?」
自室でハーブティーを飲んでいたルーカスは、窓から見下ろした庭の光景に白目を剥いていた。
庭には、ザハールとヴァレンティンが完成させた本格的なラーメン屋台『バルデン万国麺館』がドーンと鎮座していた。巨大な寸胴鍋からは湯気がモクモクと立ち上り、芳醇な鶏ガラと豚骨、醤油の香ばしい匂いが風に乗って鼻腔をくすぐってくる。
「ルーカス様! お待たせいたしました!」
調理長ヴァレンティンが、黄金色に輝く丼と、涼やかなガラス鉢を恭しく運んできた。
「ルーカス様のご神託をもとに完成いたしました! 『バルデン特製・濃厚醤油豚骨ラーメン』と『とろける自家製チャーシュー乗せ・極上冷やし中華』にございます!」
丼の中には、ツヤツヤと輝くスープに綺麗に泳ぐ黄色い縮れ麺、分厚く炙られたチャーシュー、とろっとろの味付け半熟玉子、そして青ネギが美しく配置されていた。
ルーカスはゴクリと唾を飲み込み、箸で麺をすくい上げて一気に口に運び、ズズッとすすった。
「……っ!? スープが麺にめちゃくちゃ絡む……! コシがすごくて、噛むたびに小麦とスープの旨味が弾ける……ッ! チャーシューも口の中でとろけるよ! 本物のラーメンだぁぁぁッ!」
続けて、氷水でキリッと冷やされた冷やし中華をズズッとすする。
「冷たい方もサッパリしてて超美味しい! 錦糸卵とキュウリの食感が最高で、お酢の甘酸っぱさが体に染み渡る……ッ!」
「ふはははは! 感謝いたしますルーカス様!」
ルーカスが至福の表情で麺を完食していると、画面の『全自動遠隔拝謁陣』がピコンッと音を立てて発光した。
画面には、王都のグルメギルドの会長や、王立貴族院の食通貴族たち、さらには異国の宮廷料理長たちがズラリと勢揃いしていた。
『創世の神童・ルーカス子爵様! あのツルツルとすする奇跡の料理『ラーメン』と『冷やし中華』の噂を聞きつけましたぞ!』
『我が国の王室や食通たちが『一口でいいからバルデンの麺を食べたい』と狂喜乱舞しております! 今すぐ全食通・料理人、総勢一千名でバルデン領へ大遠征を開始いたしました!!』
「一千人の食通が押し寄せてくるのーーーーッ!?」
ルーカスは悲鳴を上げ、特製クッションを強く抱きしめた。
「あ、あれ……? 僕はただ……ツルツルッと美味しいお麺が食べたかっただけなのに……なんで我が家が『世界最高のラーメン&冷やし中華の聖地』になってるの……!?」
春の食欲を満たしたい少年のささやかなボヤキは、王国の食文化に「すする快楽」を叩き込み、またしても世界中を美味の渦へと巻き込んでいくのだった。
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