第28話:カード一枚で買い物できる快適さに感動した少年のボヤキが、王国の金融セキュリティと即時決済システムを爆誕生させたお話
「ふぅ……朝の温かいハーブティーは体に染み渡るなぁ」
自室のテラスで、ルーカスはすっきりと澄み渡った朝空を見上げながら、至福の溜息をついていた。
一晩ぐっすり眠ったおかげで体調は万全。
窓の外には、いつもと変わらない静かで平和な男爵領の風景が広がっている。昨日のサプライズ温泉旅行の余韻も残っており、ルーカスの心は穏やかな幸福感で満たされていた。
(うんうん、カイル兄さんもリリィも本当に優しいなぁ。みんなのおかげで、今日も元気に長生きできそうだぞ〜!)
ルーカスがご機嫌でハーブティーをもう一口すすった、まさにその時であった。
カチャン。
自室のドアが静かに開き、妹のリリィとともに、見慣れない二人の人物が恭しく入ってきた。
一人は書類の束を抱えた会計士のアンドレ。そしてもう一人は、胸に大きな計算盤をぶら下げたレジ担当のフェリックスである。
「お兄様、おはようございますわ! 体調はいかがですか?」
「おはようリリィ! おかげさまでバッチリだよ」
ルーカスが笑顔で答えると、レジ担当のフェリックスが感極まったように前へ進み出た。
「ルーカス様! 一昨夜のご神託……『会員証一枚で手ぶら決済ができる極楽街』の試作運用が、今朝より完璧な形でスタートいたしました!」
「……えっ? 試作運用?」
ルーカスが首をかしげると、フェリックスが黒い革製のケースから、一枚の美しく輝く小さな黒銀色の板を取り出した。
「こちらが、ギド殿とニコ殿、そしてアンドレ殿と共同開発いたしました『魔導会員決済カード』にございます!」
「カード……!?」
フェリックスの説明によると、そのカードには本人の魔力波長が記憶されており、店舗の決済魔石にかざすだけで、男爵家の金庫口座から即座に代金が引き落とされる仕組みになっているという。
「これにより、大金が入った重い金貨袋を持ち歩く必要は一切なくなりました! スリやひったくりの被害もゼロ! 手ぶらで温泉に入り、焼き立てパンや特製ソーダをカード一枚でお楽しみいただけます!」
「手ぶらで買い物……! 前世の『クレジットカード』そのものじゃないか!」
ルーカスは手渡された黒銀のカードを指でさすり、思わず目を輝かせた。
重い金貨袋を腰から下げて移動するのは地味に重労働だし、万が一街中でスリに遭ったり金貨袋を落としたりしたら大問題だ。お金がなくなって生活できなくなれば、健康どころか命に関わる。
「すごい……! 金貨を持たなくていいなら重さで腰を痛めることもないし、スリの被害も防げる! 手ぶらでお買い物できるなんて本当に安全で便利だなぁ……」
感動したルーカスだったが、次の瞬間、持ち前の「超・安全第一思考」が猛烈な警鐘を鳴らした。
「……あ、でも待って」
ルーカスは青ざめた顔でカードを凝視し、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「これって、もしカードを落としたり盗まれたりしたら……拾った人が勝手にカードをかざして、僕の口座から金貨を全部使われちゃうんじゃ……!? 前世の『暗証番号』入力や、落とした瞬間にカードを無効化する『即時利用停止』がないと、怖くて安心して眠れないよ……!」
カード決済の利便性に感動しつつも、紛失・盗難による資産全滅の恐怖を心から恐れる少年の、切実で防犯第一なボヤキ。
……のはずだった。
(本人認証の四桁暗号陣(PINコード)による絶対二段階認証……! そして落とした瞬間に全端末へ魔力遮断信号を飛ばし口座を凍結する神の即時防衛陣(ストップ機能)……!?)
ドアの陰で、本日分の会計帳簿をめくっていた会計士アンドレと、門番ヨハンの目が、落雷を受けたかのように輝いた。
カリカリカリカリカリッ……!
「す、凄すぎますわルーカス様……! 決済の便宜だけでなく、悪意ある不正利用や盗難から全領民の財産を100%死守する『金融セキュリティの極致』まで見見見……見据えておられるなんて……!」
アンドレは震える手で計算魔導具を叩き、レジ担当フェリックスは「これぞ未来の決済システムだぁぁぁッ!」と血走りながら叫んだ。
「ヨハン殿! 今すぐ正門の顔認証ゲートとカード停止魔法陣を同期させますわよ!」
「任せてくださいアンドレさん! カード紛失の連絡が入った瞬間、0.1秒で該当カードを全店舗でブラックリスト登録し、拾った不審者をゲートで挟み撃ちにしてみせますッ!」
目を爛々と輝かせた金融セキュリティチームは、狂喜乱舞しながら執務室へと爆走していった。
◇
数日後。
「……ねえ、なんで僕の部屋のカード決済端末に、テンキーみたいな数字ボタンがついてるの?」
自室でハーブティーを飲んでいたルーカスは、目の前に置かれた最新型の決済魔導具を見て白目を剥いていた。
フェリックスが開発した「二段階認証型キャッシュレス端末」は、カードをかざした後に個人が設定した4桁の暗証番号を入力しなければ決済が通らない、完璧な防犯仕様となっていた。
さらに、万が一カードを失くしても、正門のヨハンに一声かければ一瞬で全領内のカード機能がストップし、不正利用しようとした者は顔認証ゲートに挟み込まれて捕縛されるという恐ろしい防衛網が完成していた。
「ご覧くださいルーカス様!」
会計士アンドレが嬉しそうに羊皮紙を掲げる。
「これにより、盗難・紛失による不正利用リスクは100%ゼロ! バルデン領は世界で最も安全な『超・金融セキュリティ特区』となりましたわ!」
「セキュリティが銀行並みになってる……!」
ルーカスが胸を撫で下ろした、まさにその時——。
部屋の『全自動遠隔拝謁陣』がピコンッと音を立てて発光した。
画面には、王都の財務大臣や中央銀行の総裁、さらには各国の金融ギルドの重鎮たちがズラリと勢揃いしていた。
『創世の神童・ルーカス子爵様! あの『暗証番号付きカード決済』と『即時口座ロックシステム』の技術を、ぜひ我が国の全銀行および商業ギルドにも導入させてほしい!』
『支払いの安全性が桁違いだ! 今すぐ財務官と銀行員、総勢二千名をバルデン領へ研修に向かわせましたぞ!!』
「二千人が金融研修にやってくるのーーーーッ!?」
ルーカスは悲鳴を上げ、特製クッションを強く抱きしめた。
「あ、あれ……? 僕はただ……カードを落としてお金を盗まれるのが怖かっただけなのに……なんで我が家が『世界最高の金融セキュリティ&キャッシュレス経済の聖地』になってるの……!?」
ただお金を失うリスクを恐れた少年のささやかなボヤキは、王国の金融システムと経済防犯技術を次元の違う領域へと爆進させていくのだった。




