第27話:最愛の弟(お兄様)のために! 兄と妹が裏で繰り広げる、完璧すぎる極楽リゾート建設記
「ふふふ……お兄様、とっても気持ちよさそうに眠っておられますわ……」
月明かりが優しく差し込むルーカスの自室。
ドアの隙間からそっと覗き込んだリリィは、特製クッションを抱きしめてすやすやと穏やかな寝息を立てるルーカスの顔を見て、天使のような笑みを浮かべていた。
「うん、本当に良かった。最近のルーカスはモニターに向かいっぱなしで、顔色も少し優しくなかったからね」
後ろから静かに歩み寄ってきたカイルが、ルーカスの毛布をそっと肩まで掛け直し、満足そうに目を細めた。
「カイルお兄様、今日のサプライズ温泉旅行は大成功でしたわね!」
「ああ、リリィが真っ先に『お兄様を休ませたい!』と言ってくれたおかげだよ。ルーカスのあんなに嬉しそうな笑顔、久しぶりに見られた気がする」
二人はそっとドアを閉め、足音を殺して廊下へと出た。
いつもはルーカスが真ん中にいて、その周りで賑やかに騒いでいる兄妹だが、今夜は二人だけでテラスの月を見上げている。
「ねえ、カイルお兄様。私、決意いたしましたの」
リリィが小さな拳を胸の前でギュッと握りしめ、大きな瞳に強い意志を宿させた。
「ルーカスお兄様は、いつだってご自分のことよりみんなの幸せや安全を一番に考えてくださっていますわ。温水も、二重サッシも、ペニシリンも、全部みんなが困らないようにって……! だからこそ、私たちがルーカスお兄様の安らぎと健康を絶対にお守りしなければならないんですの!」
「……うん、その通りだね、リリィ」
カイルも穏やかな笑みを絶やさないまま、深くうなずいた。
「ルーカスは『自分は目立ちたくない』『ただ静かに長生きしたい』と言っている。それなのに、世界中から次々と人が押し寄せてルーカスを疲れさせてしまう……。弟想いの兄として、これ以上の不覚はないよ。ルーカスが部屋でいつでも100%リラックスできる環境を作るのが、僕の役目だ」
カイルの手が、腰の長剣の柄にそっと触れる。
日々のラジオ体操で体幹と脱力の極意を極めた剛剣士の威圧感が、一瞬だけ心地よい夜風に乗って揺らめいた。
「よし……それじゃあ、リリィ。ルーカスが最後にお湯の中で呟いていた『あの構想』……本格的に取りかかろうか」
「はいッ! お兄様の『|絶対会員制プライベートリゾート《キャッシュレス・スパ》構想』ですわね!」
リリィがスカートのポケットから、年季の入った愛用の『ルーカス語録メモ帳』をサッと取り出した。
◇
その夜、男爵家の地下大会議室。
深夜にもかかわらず、そこには国防総監ラグナル、大商人シルヴィア、広報セザール、建築長ブラム、そして警備隊の面々がずらりと集結していた。
円卓の上座に立ったのは、17歳のアロイス男爵家長男カイルと、10歳の末娘リリィである。
「皆様、夜分にお集まりいただき感謝いたしますわ!」
リリィが愛用メモ帳をババァンッ! とテーブルに広げた。
「本日、ルーカスお兄様がプライベート温泉にて下された新たなる御神託……『会員制プライベートリゾート&キャッシュレス街構想』の全容を発表いたします!」
「「「おおおおおッ……!!」」」
会議室にどよめきが走る。
大商人シルヴィアが、目を爛々と輝かせて身を乗り出した。
「リリィ様! それはつまり、選ばれし者のみに『黄金の会員証』を発行し、その会員証一枚で温泉も、高級パンも、スイーツもすべて手ぶらで決済・即時配達されるという……究極のV.I.P空間のことですわね!?」
「その通りですわシルヴィアさん! そして会員以外は、どんな大国の王族であろうと絶対に入場できない完全バリア空間といたします!」
「素晴らしい……ッ!」
元SSランク冒険者のラグナルが、拳を握りしめて涙を流した。
「ルーカス様の安らぎを脅かす不審者や、不躾な訪問者を100%シャットアウトする絶対聖域……! 我が警備隊とロルフの狙撃部隊、ヨハンの顔認証ゲートを総動員し、第一期・プライベートリゾート防衛網を敷きますぞ!」
カイルが前に出ると、会議室全体がすっと静まり返った。
「みんな、感謝するよ。……ただし、ひとつだけ僕から絶対に守ってほしいルールがある」
カイルはどこまでも優しい笑顔のまま、静かに言葉を紡いだ。
「この工事やシステムの構築で、絶対にルーカスの睡眠を妨げないこと。音を立てず、静かに、ルーカスが起きる頃には何事もなかったかのように完璧に仕上げること。……もしルーカスの安眠を邪魔する者がいたら、僕が『脱力』してお相手するよ?」
ニコニコとしたカイルの笑顔の背後に、一瞬、山をも断ち切るような圧倒的な体幹の威圧(圧)が立ち上った。
「「「ひっ……!! 承知いたしましたカイル様ッ!!」」」
ドワーフのブラムも、錬金術師ギドも、背筋をピンと伸ばして直立不動で敬礼した。
こうして、最愛の弟(お兄様)の睡眠を守りつつ、世界最高の会員制リゾートを誕生させるための「無音爆速工事」が、兄と妹の指揮のもとで開始されたのだった。
◇
翌朝。
「ふあぁぁぁ……よく寝たぁ……ッ!」
自室のスプリングベッドの上で、ルーカスはすっきりと目を覚ました。
昨日の温泉の効能と美味しいご飯のおかげで、連日の疲れは完全に吹き飛んでいた。目のショボショボも消え、体調はまさに絶好調である。
「ううん、身体が軽い! カイル兄さんとリリィのおかげで、すごく良い休日になったなぁ」
ルーカスはご機嫌でテラスの窓を開けた。
心地よい朝風とともに、鳥のさえずりが聞こえてくる。外はいつもと変わらない、静かで平和な男爵領の風景が広がっていた。
(うんうん、昨日僕が最後にボヤいた変な会員制リゾートのこと、誰も気にしてないみたいで良かった〜! みんなメモ取ってたからちょっと焦ったけど、やっぱりただのお礼として受け取ってくれたんだね)
ルーカスはホッと胸を撫で下ろし、温かいハーブティーを一口すすった。
彼は知らなかった。
窓から見える深い森林の向こう側で、ドワーフのブラムたちが「完全無音魔法陣」を張り巡らせながら、わずか一晩で「世界初の超ハイテク会員制プライベートスパ&自動決済街」を9割方完成させていたことを。
そして、その外周では、カイル兄さんが笑顔で脱力しながら見回りを行い、リリィが『ルーカス語録』を手に、王都からやってきたオークション関係者たちを完璧にコントロールしていたことを。
「ふふ、今日も一日、怪我なく安全にぬくぬく過ごすぞ〜!」
自室で可愛らしく拳を握りしめる少年の平和は、今日も兄と妹のどこまでも深い愛によって、完璧に(そして過剰に)守られているのだった。
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