第26話:多忙に疲れた少年のために、兄と妹が至高のプライベート温泉旅行をサプライズプレゼントしてくれたお話
「うぅ……もう駄目……頭がウニになっちゃうよ……」
自室のふかふかスプリングベッドの上で、ルーカスは特製クッションに顔をうずめて、弱々しい声を上げていた。
『バルデン子爵』への就任、リモート通信陣の開通、そして全500室の超防音ホテル『バルデン・イン』の爆誕生。
領地とルーカスの平穏を守るための技術革新だったはずが、その凄まじすぎる成果により、連日世界中の要人や技師たちから画面越しに相談や打診が殺到していたのだ。
「部屋から一歩も出てないのに、なんでこんなにクトクトに疲れてるの……。目の奥はショボショボするし、お腹もあんまり空かないし……これじゃストレスで免疫力が下がって病気になっちゃうよ……」
ルーカスがぐったりと白目を剥いて横たわっていた、まさにその時。
カチャン。
静かに自室のドアが開き、兄のカイルと妹のリリィがそっと室内へ入ってきた。
「ルーカス……最近、ずっと画面に向き合って、少し根を詰めすぎているんじゃないかい?」
カイルがどこまでも優しい眼差しで、ルーカスの枕元に腰掛けた。
「お兄様……私、知っていますの。お兄様がみんなのために一生懸命考えてくださっていること。でも、お兄様がお顔を青くして倒れちゃったら、私、悲しくて泣いちゃいますわ……!」
リリィが大きな瞳に涙を溜めて、ルーカスの手をギュッと握りしめた。
「カイル兄さん……リリィ……」
「よし! 今日は特別だ!」
カイルが爽やかに笑い、ルーカスを軽々と姫抱っこ……ではなく、優しく抱き起こした。
「今日は『仕事』も『モニター』も一切禁止だ。僕とリリィで、ルーカスを最高に甘やかして休息してもらう日を用意したんだよ」
「えっ……サプライズ……?」
ルーカスがパチクリと目を丸くしている間に、目隠しの柔らかいシルクの布が優しく目に巻かれ、カイルの滑らかな腕に抱えられて馬車へと運び込まれたのだった。
◇
馬車が揺れること約10分。サスペンションが効いた滑らかな走りが止まり、パッと目隠しが外された。
「……うわぁぁぁッ!?」
目の前に広がっていた光景に、ルーカスは思わず歓声を上げた。
そこは、男爵領の奥深い森林に囲まれた静寂のプライベートエリアだった。
木々の間からは、真っ白で温かい湯気が立ち上り、見たこともないほど豪華で風情ある『総ひのき造りの隠れ家露天風呂』が鎮座していた。
さらにその奥には、ザハールの焼き立て食パンやウィルの特製スイーツ、冷たいフルーツソーダがズラリと並んだ、色とりどりの可愛らしい『貸切ショッピングストリート』が広がっていたのだ。
「ここは……!?」
「ふふふ! 『|ルーカス様専用・絶対秘密の極楽プライベートスパ《プライベートリゾート》』ですわーッ!」
リリィが胸を張ってパチパチと手を叩く。
「ラグナル殿やブラム殿、シルヴィア殿にも協力してもらってね。一般の訪問者さんたちが絶対に入れない、ルーカスだけの完全貸切の癒やしエリアを一晩で作ったんだ」
カイルが優しくルーカスの背中を撫でた。
「みんなが……僕のために……?」
胸の奥がじんと熱くなったルーカスは、カイルとリリィに手を引かれ、まずは『総ひのき露天風呂』へと浸かった。
「ふはぁぁぁあ……っ! 気持ちいい……っ!」
湯船に足を伸ばし、背もたれに身を預けると、連日の疲れとストレスが湯の中に溶けていくようだった。
ひのきの香りと柔らかな源泉、そして鳥のさえずりしか聞こえない静寂。
「お兄様、どうぞ! 湯上がりの特製イチゴソーダですわ!」
湯船の縁に、リリィがキンキンに冷えたグラスを置いてくれる。
「ありがとうリリィ。……美味しい! 身体にしみわたるよ……」
温泉で身体を温めた後は、カイルとリリィと一緒に貸切ストリートでお買い物(食べ歩き)を楽しんだ。
手ぶらで好きなパンや洋菓子を選べば、整理整頓係のディアナや配送のボリスが即座に自室へ届けてくれる完璧なシステムだ。
「カイル兄さん、この食パン美味しそう!」
「よし、全部買いだね。ルーカスの笑顔が見られるなら何だって買ってあげるよ」
「カイル兄さん甘すぎるよ! でもすっごく楽しい……!」
ずっと部屋に引きこもっていたルーカスにとって、家族と一緒に温かい日差しの下で笑い合い、美味しいものを食べる時間は、何物にも代えがたい「最高の癒やし」だった。
ふかふかの芝生の上で、特製クッションに寝そべりながら、ルーカスはポロリと心からの呟きを漏らした。
「ふぅ……みんな、本当にありがとう。僕、部屋に引きこもるのも好きだけど……たまにはこうやって家族と家族だけの貸切空間で、手ぶらで買い物したり温泉に入ったりするのって……すごく幸せだなぁ。……前世の『会員制高級リゾート』みたいに、いつでも完全プライベートで誰も入ってこられない癒やしの隠れ家があれば、心も体も100%健康で、永久に長生きできるのになぁ……」
疲れが吹き飛び、心身ともに完璧にリフレッシュした少年の、心からの感謝とささやかなボヤキ。
……のはずだった。
(全人類の憧れ……選ばれし者のみが入口を許される神の隠れ家(会員制リゾート)……! そして手ぶらで至福を享受する完全自動決済街……!?)
物陰で静かに見守っていた国防総監ラグナル、大商人シルヴィア、そして妹リリィの目が、感涙とともに爛々と輝いた。
カリカリカリカリカリッ……!
「すごいですわお兄様……! サプライズを喜んでくださっただけでなく、全王国の傷ついた人々を救う『会員制極楽リゾート構想』まで授けてくださるなんて……! 私、すぐに建築ギルドと観光協会に伝えなくっちゃ!」
「ルーカス様の安らぎを守るため、全世界に『バルデン会員制プライベートスパ』を展開いたしますわッ!」
「よし、これでまたお兄様のために美味しいお菓子を準備できますわーッ!」
「えっ……? みんな、なんでまたメモ取ってるの……?」
ハッと顔を上げたルーカスが白目を剥いた時には、すでにラグナルとシルヴィアが「第1号会員権オークション」の開催に向けて爆走を開始していた。
「あ、あれ……? 僕はただ……今日がすごく楽しかったって……みんなにお礼を言いたかっただけなのに……なんでまた新しい『会員制リゾートビジネス』が始まろうとしてるの……!?」
家族の愛によってすっかり元気を回復した少年のささやかなボヤキは、またしても王国の観光・リゾート業界を次元の違う領域へと爆進させていくのだった。
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