第23話:叙爵の噂に怯える少年のボヤキが、王国の農業革命と家畜ワクチンを爆誕生させたお話
王都・アルカディア城の極秘会議室。
重々しい絨毯が敷かれた室内に、アルカディア王国第15代国王エドワード7世と、王国貴族院の重鎮であるフォン・ハルトマン伯爵が顔を突き合わせていた。
「ハルトマン伯爵、例の件だが……貴族院の意見はまとまったか?」
国王エドワード7世が真剣な面持ちで尋ねると、ハルトマン伯爵は深くうなずき、手元の羊皮紙を広げた。
「はっ、陛下! 議員満場一致でございます! バルデン男爵家の次男ルーカス殿がもたらした『遠隔通信』『特効薬』『顔認証』『超耐熱合金』などの偉業は、もはや一領地の少年に留まるものではございません! 即刻、ルーカス殿に『子爵』……いや、功績に見合う『伯爵』への特別叙爵を執り行うべきです!」
「うむ……! 異論はない。だがハルトマン伯爵、ルーカス殿は『自室から一歩も出たくない』と強く希望されておられてな。叙爵式のために王都へお越しいただくのは難しいかもしれん」
「なれば陛下! 全自動遠隔拝謁陣を用いた『|史上初のオンライン叙爵式《リモート叙爵》』を挙行いたしましょう! 国家最高の栄誉を授け、ルーカス殿を我が王国の至宝としてお迎えするのです!」
「素晴らしい! すぐに叙爵の準備を進めよ!」
熱く盛り上がる国王と伯爵。
……しかし、彼らは気づいていなかった。
その通信の音声が、テスト稼働中だったリモートモニターのスピーカーから、ほんの少しだけバルデン男爵家のルーカスの部屋へ漏れ出ていたことに。
◇
「ひ、ひえぇぇぇぇッ! 叙爵!? 子爵に伯爵!? 絶対嫌だよーーーーッ!?」
自室のベッドの上で、ルーカスは毛布を頭から被ってガタガタと震えていた。
「爵位なんて上がったら、王都のドロドロした貴族の派閥争いに巻き込まれて、毒を盛られたり暗殺者に命を狙われたりして長生きできないよ! 僕はただの田舎の男爵家の次男でいいんだよ! 目立ったら死んじゃう!」
ルーカスは青ざめた顔で特製クッションを抱きしめ、必死で考えを巡らせた。
「それに……権力争いも怖いけど、万が一にも作物が病気で全滅したり、家畜が感染症で全滅して飢饉になったら、食べるものがなくなって命に関わるでしょ。前世の『有機肥料』や『家畜用ワクチン』みたいに、土を健康にして野菜がドッカン爆産して、牛や豚が病気にならずに最高のお肉やミルクを提供してくれる仕組みがあれば、どんな危機が来ても永久に安全に長生きできるのに……」
貴族の権力闘争と食料危機による飢餓を心から恐れる少年の、切実で安全第一なボヤキ。
……のはずだった。
(国家の叙爵という最高の栄誉すら『目立つのは危険』と一蹴し、全領民の胃袋と命を永久に保障する『超農業&畜産予防医学の大革新』まで見据えておられるなんて……!)
ドアの陰で、リモート装置の音量ダイヤルを拭いていた妹リリィの目が、爛々と怪しい光を放った。
カリカリカリカリカリッ……!
「すごいですわお兄様……! 爵位の誘惑に惑わされず、土と命の根幹を守る『バルデン食糧安全保障計画』をすでに立案されているなんて……! 私、すぐに土壌研究者のルトガーさんと獣医のシュテファンさん、それに会計士のアンドレさんに伝えなくっちゃ!」
目を輝かせた天使(妹)は、メモ帳を抱えて農園と牧場へ爆走していった。
◇
「——なんですって……!? 土の中の微小な微生物を活性化させ、作物の免疫力を極限まで高める『魔法腐葉土』だと……!?」
男爵領の広大な農園。
土壌研究者のルトガー(33歳)は、リリィのメモ帳を握りしめ、土に顔を埋めて歓喜の叫びを上げていた。
「俺はこれまで化学薬品の肥料ばかり試していたが……微生物の力を借りて土そのものを蘇らせる……! ルーカス様のご神託通りに腐葉土を練り上げれば、野菜の収穫量は5倍! 病気知らずの超栄養野菜がドッカン爆産するぞぁぁぁッ!」
一方その頃。男爵領の巨大牧場では——。
「家畜に弱毒化した病原体をあらかじめ投与し、体内に『抗体』を作らせて病気を未然に防ぐ『家畜用予防薬』だと……!?」
獣医のシュテファン(29歳)が、牛や豚の群れを取り囲んで涙を流していた。
「素晴らしい……! 病気になってから治すのではなく、病気そのものを寄せ付けない……! これで感染症による家畜の全滅リスクはゼロ! 極上のミルクと霜降り肉が永久に提供できるぞッ!」
さらに、男爵家の執務室では——。
「な……なんですのこの試算結果は……!?」
最新の計算魔導具を弾いていた会計士のアンドレ(31歳)が、弾き出された数値を見て白目を剥いていた。
「ルトガー殿の農園改革とシュテファン殿の畜産ワクチンにより、バルデン領の食料自給率は3000%オーバー……! 収穫された作物の輸出利益だけで、我が領地の国家予算は小国の国家予算を遥かに超えますわ!!」
◇
数日後。
「……ねえ、なんで我が家の庭にキャベツとカボチャが山積みになってて、廊下を丸々太った牛が歩いてるの?」
自室でハーブティーを飲んでいたルーカスは、窓の外と廊下の光景に白目を剥いていた。
庭には、ルトガーが完成させた「魔法腐葉土」によって育った、人間の胴体ほどもある超巨大な野菜が壁のように積まれていた。一口かじれば果物のように甘く、病気予防の栄養が凝縮されている。
そこへ、会計士のアンドレと獣医のシュテファンが、黄金の額縁に入った巨大な「羊皮紙」を持って駆け込んできた。
「ルーカス様! おめでとうございますわ!」
会計士アンドレが嬉しそうに書類を掲げる。
「ルトガー殿とシュテファン殿の爆発的成果により、我が領地は『絶対食料安全保障特区』に指定されました! そして……先ほど国王陛下とハルトマン伯爵より『オンライン叙爵式』の正式通知が届きましたわ!」
「叙爵式届いちゃったのーーーッ!?」
書類には、達筆な活字でこう記されていた。
『創世の神童・ルーカス・フォン・バルデン殿。その不滅の功績と国家への貢献を讃え、本日付で『バルデン子爵』の爵位、ならびに『王国初代・最高農務・食糧安全保障長官』の役職を授与する。なお、本人の意向を尊重し、叙爵式は自室からのリモート参加を認める』
「部屋から出なくていいのは助かるけど……子爵になって長官にも就任させられてるーーーーッ!?」
ルーカスは悲鳴を上げ、特製クッションを強く抱きしめた。
「あ、あれ……? 僕はただ……貴族の権力闘争が怖くて、美味しいお肉と野菜を安全に食べて長生きしたかっただけなのに……なんで僕が『王国の食糧安全保障を牛耳る子爵様』になってるの……!?」
ただ目立たず安全に暮らしたい少年のささやかなボヤキは、王国の農業と畜産技術を異次元へと爆進させ、国家の歴史にその名を深く刻んでいくのだった。
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