第14話:宴の夜と小さな感謝が、暴走する従者たちの忠誠心を限界突破させたお話
「第一回・バルデン大感謝イノベーションフェスティバル」の熱気は、夜が更けても衰えることを知らなかった。
夜空にはギドとヤーコプたちが打ち上げる絢爛豪華な魔導花火が咲き誇り、街道にはルーベンが奏でる優しく心地よいBGMが響き渡っている。
そして男爵家の広大な庭園には、街道沿いの舗装を手掛けた石工ペーターや、給湯配管を設置したマルク、全自動掃除機を走らせる侍女アリスなど、これまでルーカスのボヤキから誕生した「バルデン領イノベーション組」の全従者と職人たちが一堂に会していた。
「ルーカス様! カステラとイチゴのケーキ、おかわりをお持ちしましたぞ!」
巨漢の料理長ウィルが、焼き立ての甘い香りを漂わせた大皿を恭しく捧げてくる。
「ありがとうウィル。すごく美味しいよ」
ルーカスがケーキを頬張ると、隣に座っていた衛生長官クララが即座に清潔な布巾を差し出した。
「ルーカス様、口元にクリームがついておりますわ。……ふふ、手洗い・消毒の指導も皆様完璧に行き届いておりますので、この会場は完璧に無菌の清潔空間に保たれております」
「クララさん、いつも衛生管理ありがとうね」
「もったいなきお言葉……!」
暗殺者時代の冷徹さを完全に失ったクララが、胸の前で手を組んで目を潤ませる。
その周りでは、冷たいフルーツミルクで乾杯する国防総監ラグナルとカイル兄さん、オセロ盤を囲んで真剣勝負を繰り広げる大商人シルヴィアと父アロイス、二重サッシの窓枠の強度について熱弁を振るうドワーフのブラムと屋根職人クルツなど、誰もが満面の笑顔で盃とグラスを交わしていた。
「ふふ、お兄様! みんなとっても幸せそうですわーッ!」
妹のリリィが、天使のような笑顔でルーカスの隣で跳びはねる。
ルーカスはその賑やかで温かい光景を、手に持った温かいハーブティー越しに見つめていた。
(……すごいなぁ)
ふと、ルーカスの脳裏に前世の「あの記憶」が蘇ってきた。
白い天井。
規則正しく鳴る心拍モニターの電子音。
点滴の管を繋がれたまま、誰とも話せずに一人で静かな夜を過ごしていた病院のベッド。
外の世界でどんな楽しいお祭りが開かれていても、自分は画面越しに見つめることしかできなかった、あの孤独で冷たい日々。
(あの頃の僕は……ただ、誰かと一緒に笑って、美味しいものを食べて、温かいお部屋で長生きしたかっただけだった)
だが、今の自分はどうだろう。
風邪ひとつひかない健康な身体がある。
優しく包み込んでくれる温かい家族がいる。
そして、自分の何気ないボヤキを拾い上げ、目を輝かせて形にしてくれた、こんなにも大勢の温かい仲間たちがいる。
ルーカスは胸の奥がじんわりと熱くなり、ぽつりと小さな呟きを漏らした。
「……みんな、ありがとう」
その言葉は、賑やかな歓声の中では消えてしまうほどの小さなボヤキだった。
だが——。
ピタリ。
広場にいた全員の動きが、寸分の狂いもなく完全に停止した。
元SSランク冒険者のラグナルも、元暗殺者のクララも、ハイエルフのフィオナも、ドワーフのブラムも、大商人シルヴィアも、錬金術師ギドも。
彼らの超人的な聴覚と集中力が、ルーカスのその「一言」を逃さず完璧に捉えていたのだ。
「「「……ルーカス様……!?」」」
全員が弾かれたようにルーカスを振り返り、息をのんだ。
ルーカスは少し照れくさそうに頭をかきながら、特製クッションを抱きしめて微笑んだ。
「僕、前世……じゃなくて昔、ずっと病気で一人ぼっちだったから。こうやって温かいお部屋で、みんなで美味しいものを食べて、笑い合えるのが……本当に夢みたいに幸せなんだ。みんなが居てくれたから、僕は毎日健康で楽しく長生きできそうだよ。本当に、いつもありがとう」
少年の、偽りのない心からの感謝。
それが、その場にいた大人たちの魂を……そして忠誠心を、限界突破させて吹き飛ばした。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」」」
ドカァァァァンッ!! と庭園全体が揺れるほどの雄叫びが上がった。
「ルーカス様ぁぁぁッ! なんというありがたきお言葉……ッ!」
ラグナルが豪快に大涙を流しながら地面にドゲザした。
「俺たちの作った温水やサスペンションが、ルーカス様の『幸せ』になっていたなんて……! 職人冥利に尽きるぞぁぁぁッ!」
ブラムとギドが固く抱き合って嗚咽している。
「見えた……! 私には見えましたわッ!」
シルヴィアが金貨の入った袋を掲げて叫んだ。
「ルーカス様のこの尊き笑顔と平和を永遠に守るため! 我がロザンティ商会は全世界の富を買い叩き、バルデン領を世界一の楽園へと変貌させますッ!!」
「衛生隊、ただちに第二期・防犯衛生強化体制に入りますわッ! ルーカス様の睡眠と健康を脅かす微小な害虫・雑菌・不審者は、世界の果てまで追い詰めて全滅させますッ!」
白衣のクララが眼光を鋭く光らせる。
「「「ルーカス様のために!! バルデン領に永遠の栄光あれぇぇぇッ!!」」」
「えっ……!? いや、普通にお礼を言っただけなんだけど……!? なんでみんなさらに燃え上がってるのーーーッ!?」
感謝を伝えたはずが、従者たちの狂信的な忠誠心にさらに油を注いでしまい、ルーカスは白目を剥いて悲鳴を上げた。
夜空に打ち上がる大輪の魔導花火の下、男爵領の熱い宴はどこまでも続いていくのだった。
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