第12話:固いパンと冷え性に悩む少年の独り言が、王国の食卓と防寒衣料に革命を起こす
「あぐ……うーん、やっぱりこの世界のパンって、ちょっと噛みごたえがありすぎるんだよね……」
肌寒い秋の朝。ダイニングルームでスープに固い丸パンを浸しながら、ルーカスは顎を押さえてポロリとボヤいた。
「前世の『イースト菌』を使った、焼き立てフワフワの食パンが恋しいなぁ。ちぎったらスーッと裂けて、バターを塗るとじんわり溶け込むような柔らかい食パンがあれば、毎朝の朝食がもっと楽しみになるのに。歯も痛めないし、喉に詰まらせる事故も防げて長生きできるのにね」
さらに、ルーカスは自分の袖をすりすりと触りながら身を縮こませた。
「それに、これから寒くなると着ぶくれして肩が凝るんだよ。前世の『ヒートテック』みたいに、薄手なのに自分の体温や汗で発熱する不思議なインナーがあれば、軽やかで動きやすいし、冷え性も予防できて風邪なんて絶対ひかないんだけどなぁ……」
固いパンで顎を痛めるリスクと、冬の冷え性による免疫力低下を恐れた少年の、切実で安全第一な独り言。
……のはずだった。
(膨張の精霊の加護により魂を柔らかにほぐす神の聖パン(フワフワショクパン)! そして着用者の微小な気体を灼熱の炎陣へと変換する極熱の防護衣……!?)
ダイニングの物陰で、朝のバターナイフを磨いていた妹リリィが、神の光を浴びたような顔でメモ帳を走らせていた。
カリカリカリカリカリッ……!
「すごいですわお兄様……! 毎朝のお食事の幸せだけでなく、冬の寒さという死の危険から身体を内部から温めて守る『食と衣の大革命』まで見据えておられるなんて……! 私、すぐにパン屋のザハールさんと裁縫師のエマさんに伝えなくっちゃ!」
目を輝かせた天使(妹)は、磨きたてのナイフを置くと、風のように街へ爆走していった。
◇
「——なんですって……!? 麦粉を酵母の気泡で限界まで膨らませ、雲のように柔らかく焼き上げる……!?」
街の老舗パン屋『ザハール堂』。
頑固一徹なベテランパン職人・ザハール(50歳)は、リリィのメモ帳を握りしめ、ひげを震わせて落涙していた。
「俺は40年間、日持ちのする固いパンこそが至高だと信じて疑わなかった……! だが、ルーカス様の発想は『食べやすさと至福の食感』を極限まで高める神の領域……! 麦の天然酵母を抽出し、魔導発酵釜で極限までフワフワに膨らませてやるぜぇぇぇッ!」
ザハールは職人魂を激しく燃やし、工房の窯に薪をくべ始めた。
一方その頃。男爵家の仕立て室では——。
「薄手なのに……着ているだけで体湿を熱に変換するインナー……!?」
若き天才裁縫師エマ(19歳)が、目をギラギラと輝かせながら生地の山を取り囲んでいた。
「ルーカス様の冷え性を防ぐためなら、どんな素材でも使います! サラマンダーの極細糸と、吸湿発熱の極小魔法陣を編み込んだ極薄生地……名付けて『バルデン特製・極熱ヒートインナー』ですッ!」
◇
数日後。
「……ねえ、なんで我が家の朝食に雲みたいなパンが出てきて、僕の着ている下着から湯気が出てるの?」
自室で朝食をとっていたルーカスは、あまりの出来事に白目を剥いていた。
テーブルの上には、ザハールが完成させた「バルデン特製・角型食パン」が鎮座していた。
ナイフを入れると吸い込まれるようにスッと切れ、口に運ぶと「フワッ……」と雲のように解けて小麦の甘みが広がる。
「美味しい……っ! 固くない! フワフワだぁぁぁッ!」
ルーカスが感動していると、隣で誇らしげに立っていた裁縫師のエマが拳を握りしめた。
「ルーカス様! その食パンの美味しさに加え、今ルーカス様が服の下に着ておられる『ヒートインナー』の効果はいかがでしょうか!?」
「あ、うん……すっごく温かいよ! 全然着ぶくれしてないのに、ポカポカして背中から湯気が出そうなくらい……って、本当に湯気出てるよね!?」
エマが開発した「ヒートインナー」は、薄手でありながら着用者の微細な水分を感知して完璧な適熱(約37度)を保つという、恐ろしいほどの高性能防寒着だった。
「ふふふ……! これでルーカス様が冬の寒さで冷え性になったり、風邪をひく心配はゼロとなりました!」
見れば、男爵領の街道には、フワフワの焼き立て食パンを求める人々や、極寒の地へ挑む冒険者、冷え性に悩む貴族たちが「バルデン特製・食パン&ヒートインナー」を買い求め、街を埋め尽くすほどの大行列を作っていた。
さらに、王都の高級仕立屋や有名ベーカリーの職人たちが「ルーカス様のもとで最新の製パンと紡績技術を学びたい!」と雪崩のように押し寄せてきている。
「また人が押し寄せてるーーーッ!?」
ルーカスが悲鳴を上げる。
自分の部屋で、フワフワの食パンにバターを塗って頬張り、超温かいインナーを着てぬくぬくしながら、ルーカスはガタガタと震えた。
「あ、あれ……? 僕はただ……固いパンで歯を痛めたくなくて、冬に肩が凝らない温かい下着が欲しかっただけなのに……なんで我が家が『王国の食卓と防寒アパレルの聖地』になってるの……!?」
ただ噛みごたえと冷え性を恐れ、快適に朝を過ごしたかっただけの少年のささやかなボヤキは、王国の食文化と衣料技術を爆進化させ、全人類の温かく美味しい冬を守っていくのだった。
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