第11話:夜道の転倒を恐れた少年のボヤキが、領地を不夜城ナイトマーケットに変えたお話
「うぅ……夜の屋敷って、やっぱりちょっと暗くて怖いなぁ」
深夜、冷たいお水を飲もうと自室を出たルーカスは、壁に手をつきながら慎重に廊下を歩いていた。
「この世界の夜って、廊下のフットライトも街灯もないから本当に真っ暗なんだよね。もし暗闇で足元を踏み外して階段から落ちたら、骨折どころか頭を打って大事故になっちゃうよ……。前世の『懐中電灯』とか、人が通ると自動で点く『センサーライト』があれば転倒事故も防げるのに」
さらに、ルーカスは足元に転がっていた小さな木屑に足を取られそうになり、ひやりと汗をかいた。
「危ない危ない……! 床にゴミや障害物が落ちてるのも転倒の原因だよ。前世の『全自動掃除機』みたいに、勝手に走り回って床をピカピカにしてくれる魔導具があれば、転んで怪我するリスクもゼロになるのになぁ……」
夜間の転倒事故と怪我を心から恐れる少年の、切実で安全第一な独り言。
……のはずだった。
(暗黒の死角から忍び寄る転落の罠を払う聖なる光柱! そして床上の邪気を自動で吸引粉砕する自律型清掃神具……!?)
廊下の物陰で、深夜の巡回中に小腹が空いて焼き芋を食べていた妹リリィが、月明かりの下で猛烈な速度でメモ帳を走らせていた。
カリカリカリカリカリッ……!
「すごいですわお兄様……! 昼間だけでなく、夜の闇に潜む怪我や事故の脅威から全領民を守る『夜間安全と自動清掃の革命』まで見据えておられるなんて……! 私、すぐに見張り番のスヴェンさんと掃除婦のアリスさんに伝えなくっちゃ!」
目を輝かせた天使(妹)は、焼き芋を握りしめたまま廊下を爆走していった。
◇
「——なんですって……!? 暗闇の事故をゼロにする『常時発光&人感感知の光柱』だと……!?」
男爵領の外壁見張り台。
見張り番の青年・スヴェン(24歳)は、リリィのメモ帳を凝視しながら突風に吹かれたように慄いていた。
「俺たち見張り番は、夜間の暗闇による視界不良に長年悩まされていた……! だが、屋根職人クルツ殿の『ソーラー魔石瓦』で昼の光を蓄え、人が近づいた瞬間だけ超高輝度で照らす魔法陣回路……! これがあれば、夜間の不審者侵入も足元の転倒事故も100%防げる……!!」
スヴェンは血走りながら、開発部のギドと屋根職人クルツの元へ爆走した。
一方その頃。館の用務員室では——。
「床のゴミを自動で吸引しながら走り回る『全自動魔導清掃機』……!?」
元・掃除婦の侍女アリス(22歳)が、金属製の丸い鍋のような試作機を取り囲み、狂喜の笑みを浮かべていた。
「これがあれば、広い館の床掃除を24時間体制で無人化できるわ! 吸込口に集塵風陣を組み込んで……名付けて『全自動清掃機アリス1号』よッ!」
◇
数日後の夜。
「……ねえ、なんで我が家と街全体が、スタジアムみたいにピカピカ眩しいの?」
自室のテラスに出て目を開けたルーカスは、あまりの明るさに眩しすぎて白目を剥いていた。
男爵家の館の廊下や階段、さらには領地の街道沿い全域に、スヴェンとクルツが開発した「蓄熱ソーラー街灯&人感センサーライト」がずらりと設置されていた。
人が歩くたびに「パッ! パッ!」と昼間のような眩しい光が灯り、夜の暗闇が領地から完全に消滅していたのだ。
さらに、街道や館の廊下では、アリスが開発した丸い金属製の魔導具「アリス1号」たちが「ブォォォォン!」と重低音を響かせながら、猛スピードで走り回っていた。
「ご覧くださいルーカス様ぁぁぁッ!」
見張り番のスヴェンが、サングラスをかけながら叫んだ。
「スヴェン特注の『不夜城サーチライト』です! これにより、夜間の転倒事故発生率はゼロ! 不審者の侵入率もゼロとなりました!」
「眩しすぎて夜なのに昼間みたいになってるよ!? 眠れないよ!」
そこへ、ほうきを持った侍女アリスが誇らしげに駆け寄ってきた。
「ルーカス様! 『アリス1号』の稼働により、館と街道のチリ一つ残らず吸引いたしました!……あ、逃げ遅れた兵士の靴やスリッパも何足か吸い込みましたが問題ありません!」
「スリッパ吸い込んじゃダメでしょーーーッ!?」
見れば、夜になっても昼間のように明るく安全になった男爵領の街道には、近隣の領地から「夜市」を楽しもうとやってきた観光客や商人が溢れかえり、夜通し大賑わいとなっていた。
さらに、王都の警備隊や夜警たちが「ルーカス様のもとで最新の夜間防犯技術を学びたい!」と雪崩のように押し寄せてきている。
「夜なのに人が大勢押し寄せてるーーーッ!?」
ルーカスが悲鳴を上げる。
自室のベッドの上で、アイマスクを装着して眩しい光を遮りながら、ルーカスはガタガタと震えた。
「あ、あれ……? 僕はただ……夜の廊下で転んで痛い思いをしたくなかっただけなのに……なんで我が家が世界初の『24時間眠らない不夜城ハイテクテーマパーク』になってるの……!?」
ただ怪我を恐れ、足元の安全を守りたかっただけの少年のささやかなボヤキは、男爵領の夜の概念を覆し、全人類の安全な夜の暮らしを守っていくのだった。
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