第10話:害虫と猛暑を恐れた少年のボヤキが、王国の害虫防除と冷房技術を神の領域へ導いた件
初夏の爽やかな風はどこへやら、バルデン男爵領にも本格的な夏の暑さが押し寄せていた。
「ブ〜〜〜ン……」
「ひっ……!? 蚊……!?」
自室のテラスで冷たいフルーツミルクを飲んでいたルーカスは、耳元で聞こえた羽音に跳び上がり、必死で両手で空を叩いた。
「危ない……! この世界の虫って、地球の蚊よりちょっと大きいし、もし刺されてデング熱やマラリアみたいな感染症になったらどうするの!? それに夜中に痒くて眠れなくなったら、睡眠不足で免疫力が下がって万病の元だよ……!」
ルーカスは自分の腕をさすりながら、青ざめた顔で身震いした。
「はぁ……前世の『蚊取り線香』とか『ハッカ油の虫除けスプレー』があれば、虫なんて寄り付かないのに。それに、うちの部屋は二重サッシで断熱はバッチリだけど、閉め切ると蒸し暑いんだよね。パタパタ団扇で仰がなくても涼しい風を送ってくれる『扇風機』とか、部屋の温度を自由に調整できる『魔導エアコン』があれば、熱中症にもならず快適に長生きできるのになぁ……」
病床で過ごした夏の思い出と、前世の快適な冷房家電を懐かしむだけの無害なボヤキ。
……のはずだった。
(吸血して恐ろしい熱病を撒き散らす悪魔の羽虫を滅殺する聖なる煙! そして、閉ざされた部屋に清涼な神の風を巡らせる奇跡の風陣……!?)
ドアの陰で、本日分の『バルデン週刊新聞』を丁寧に折りたたんでいた妹リリィが、光の速さでメモ帳のページをめくっていた。
カリカリカリカリカリッ……!
「すごいですわお兄様……! 目に見えない病原菌だけでなく、血を吸う死の害虫や猛暑の脅威から全領民を守る『安眠と環境の革命』まで見据えておられるなんて……! 私、すぐにお薬師のフィオナさんと錬金術師のギドさんに伝えなくっちゃ!」
目を輝かせた天使(妹)は、メモ帳を抱えて館の廊下を爆走していった。
◇
「——なんですって……!? 植物の抽出液で……害虫だけを選択的に遠ざけ、殺滅する……!?」
男爵領の薬草研究室。
ハイエルフのフィオナは、リリィのメモ帳を凝視したまま、目を見開いて震えていた。
「従来の防虫は『煙でいぶす』くらいしか無かったわ……! だが、除虫菊やハッカ草の成分を抽出し、渦巻き状の香やスプレーに加工するという発想……! これなら人体に無害なまま、害虫による感染症の媒介を完全に遮断できる……!!」
フィオナは狂おしいほどの情熱で、薬草園の害虫防除セクションへ飛び出していった。
一方その頃。男爵家の地下研究室では——。
「風の魔石で微風を起こし、吸熱の陣とサーキュレーター回路を組み合わせる……『魔導エアコンディショナー』だと……!?」
錬金術師ギドとドワーフのブラムが、室内に取り付けられた金属製のスリット型器具を取り囲んでいた。
「ギド殿! この二重サッシの気密性と組み合わせれば、部屋全体の温度を15度から25度まで1度刻みで自在に制御できるぞ!」
「フハハハ! ルーカス様のご神託『静音魔導冷房システム』の完成だぁぁぁッ!」
◇
数日後。
「……で、なんで庭で渦巻き状の煙がモクモク焚かれてて、部屋がシベリアみたいに涼しいの?」
自室で涼んでいたルーカスは、目の前の光景と完璧すぎる室温に白目を剥いていた。
男爵家の庭や館の周囲には、フィオナが開発した「特製ハッカ&除虫菊香(バルデン蚊取り線香)」が焚かれ、領地全体から蚊や蝿などの害虫が完全に一匹残らずシャットアウトされていた。
さらに、部屋の壁に設置された「魔導エアコン」からは、静かに心地よい冷気が吹き出し、室温は絶妙な22度に保たれている。
「ルーカス様ぁぁぁッ!」
扉が豪快に開き、白衣を着たギドとフィオナ、そして元暗殺者の衛生長官クララが並んで立っていた。
「ご覧くださいルーカス様! フィオナ殿の『絶対防虫アロマ』と、我らの『全自動冷房システム』の融合! これにより、バルデン領は害虫発生率ゼロ、熱中症発生率ゼロの『絶対快適防虫エリア』となりました!」
「本当に害虫が一匹もいない! 部屋も適温で凄く快適だけど……!」
「ふふふ……感謝いたしますルーカス様」
侍女服のクララが眼光を鋭く光らせて微笑んだ。
「これで、夜中に害虫の羽音でルーカス様の睡眠が妨げられる心配は永久になくなりました。睡眠妨害は万病の元……即刻排除いたしましたわ」
見れば、男爵領の街道には、猛暑に喘ぐ他領の貴族や、害虫による作物被害や感染症に悩む農園主たちが「バルデン特製・防虫スプレー」と「魔導エアコン馬車」を求めて押し寄せ、過去最大の超大長蛇の列を作っていた。
さらに、王都の建築家や魔導技師たちが「ルーカス様のもとで最新の環境制御技術を学びたい!」と雪崩のように押し寄せてきている。
「また人が押し寄せてるーーーッ!?」
ルーカスが悲鳴を上げる。
自分の部屋で、害虫の気配が一切ない完璧な適温のなか、冷たいハーブティーを飲みながら、ルーカスは遠い目をしてガタガタと震えた。
「あ、あれ……? 僕はただ……蚊に刺されるのが嫌で、部屋が蒸し暑かったから涼しくしたかっただけなのに……なんで我が家が世界初の『絶対環境制御&防虫シェルター都市』になってるの……!?」
ただ虫と猛暑を恐れ、快適に安眠したいだけの少年のささやかなボヤキは、王国の環境技術と衛生防除を神の領域へ爆進化させ、全人類の快適な夏を守っていくのだった。
「ここまでお読みいただきありがとうございます!『続きが気になる!』『ボヤキ生活を応援したい』と思ってくださったら、画面下の【ブックマーク登録】や、【評価の★★★★★】をポチッと押していただけると、執筆の凄まじい励みになります!どうぞよろしくお願いします!」




