第103話:寝たままリモート画面が見られる「ベッド用アームスタンド」を作ったら、邪神たちが全員ベッドから動かなくなった件
「ぷるぷる……う、腕が……もう限界だよぉ……っ」
お風呂上がりの温もり冷めやらぬ自室のベッドで、僕は掛け布団にくるまりながら、両手で持ち上げた薄型ポータブル魔導モニターを仰向けで見つめていた。
お気に入りの絵本や領内ニュースを寝転がったまま読めるのは最高の贅沢なんだけど、いかんせん腕を天井に向けてピンと伸ばし続ける体勢は、筋力のない僕にとって過酷な筋トレ以外の何物でもない。
乳酸が溜まって指先がプルプルと震え——。
ツルッ……!
「あっ——!?」
ゴッッッ!!
「いっっっっっっっっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいッッ!? は、鼻! 僕の鼻の軟骨が折れたぁぁぁぁぁっ!?」
手元から滑り落ちた角張ったモニターのフチが、僕の鼻の頭をピンポイントで直撃した。
あまりの激痛に視界がチカチカと白光し、目尻からポロポロと涙がこぼれ落ちる。
足元では驚いたシャドウキャットのミミが「フニャッ!?」と跳び上がり、丸っこいAIのぬくぬく君が「ピュイ!? ピュイ……!」と慌てて小さな保冷剤アームを伸ばして僕の鼻を冷やしにきてくれた。
「ルーカス、大丈夫かい!? 鼻血は出ていないね!?」
すっと無駄のない滑らかな足運びで駆け寄ってくれたカイル兄さんが、慣れた手つきで僕の顔の怪我を検分し、優しく冷タオルを当ててくれた。
「危ないよルーカス。仰向けのまま重たい板を持ち上げちゃダメだよ。手首の腱鞘炎にもなっちゃうし、顔面強打の事故は危険だからね」
「兄さんありがとう……。前世の病室でもさ、スマホを仰向けで見てて顔面に落として悶絶したこと何回もあるんだよね……。でも、お布団にぬくぬく潜ったままゴロゴロ画面を見たいっていう欲望には勝てないんだよぉ……」
コタツから自前のポータブルモニターを掲げていた時間の神クロノスが、手首をさすりながら深いため息をついた。
「……ルーカス様、その痛恨の事故、神としても痛いほど身に染みるぞ。仰向けで視覚板を見るという行為は、首や手首に凄まじい神気的負荷を強いる。腕を布団から出せば肩口が冷え、持ち上げ続ければ筋肉が麻痺して顔面へ墜落する。現世の『寝転がり鑑賞』には常に重力という試練が立ち塞がるのじゃ……」
「神様でも顔面スマホ落下のトラウマがあるんだね……。でもさ、手首や肩を痛めるのも嫌だし、かといって寒い部屋でわざわざ起き上がって机に向かうのも絶対に嫌なんだよね!」
僕は痛む鼻をさすりながら、特製クッションを抱きしめて切実にボヤいた。
「こういう時にさ……前世のズボラ人間たちが全員愛用してた、あのベッドサイドに固定する『寝ながらアームスタンド(フレキシブルホルダー)』があれば最高なのに! ベッドの宮棚やサイドテーブルに頑丈なクランプでガチッと挟み込んで、自由に曲がる多関節の金属アームで、モニターを空中にピタッと固定できるやつ……! 360度どんな角度にも調整できるから、仰向けで大の字に寝たままでも、目線のど真ん中に画面がフワリと浮いてくれるんだよね。両手はぬくぬくお布団の中にすっぽり突っ込んだままでいいし、腕の疲労もゼロ、顔面に落下して鼻を痛める危険も完全ゼロ! 一度設置したら二度とベッドから出られなくなる、究極の自堕落快楽アイテムなのにさぁ……」
鼻の打撲を防ぎつつ、布団から一歩も手を出さずにゴロゴロしたい僕の、切実で怠惰第一なボヤキ。
ビビビビビッ! ギュオオオオオオンッ!
その時、壁一面の『全自動遠隔拝謁陣』から、耳を劈くような真っ赤な緊急アラートが鳴り響いた。
『緊急警報! 緊急警報! 混沌星雲の最深部【虚無重力断層】より、全銀河の動向を監視し破壊の機を窺い続ける多眼の終末邪帝【虚無邪帝・ネビュラス】率いる、十万の監視邪神軍団が活動を再開いたしました!』
モニターの向こうでは、天を覆い尽くすほどの漆黒の虚無の渦が広がり、その中心から千の触手と無数の光る眼球を持った、小惑星のように巨大な邪帝が身を起こしていた。
だが——その怒号は、冷徹な征服の宣言ではなく、極限の肉体疲労による絶叫だった!
『グシャアアアアッ! 腕が……! 腕と首の筋が千切れそうなのだぁぁぁッ! 数万年間、この巨大な暗黒監視水晶球を全腕で頭上に掲げ続け、全次元の様子を観察し続けるこの地獄の重労働……ッ! 腕が痺れて感覚がない! 首がバキバキに凝り固まって発狂しそうだぁぁぁッ! この苦痛、全星系を粉砕して晴らしてやるぅぅぅッ!』
邪帝は巨大な水晶球をプルプルと震える触手で必死に支え、今にも自重で水晶を顔面に落としそうになりながら、あまりの筋疲労と肩こりに涙目で暴れ回っていたのだ!
四六時中、重たい水晶球を腕を上げて掲げ続け、激しい腱鞘炎と頸椎の痛みに苛まれ、そのストレスで全宇宙を滅ぼそうとしていたのである。
前世の僕なら恐怖で気を失っていただろうけれど、さっきモニターを鼻に落として悶絶した今の僕には、その暴れる理由が痛いほどよく分かってしまった。
「ひ、ひえぇぇっ!? あ、あの邪神さんたち、数万年間も手で水晶球を持ち上げて画面を見続けてたの……!? そんなの、腕がちぎれそうになって肩がバキバキに凝って、発狂したくなっちゃうに決まってるよ……! 重たい水晶を顔の上に掲げ続けるなんて、安全面でも健康面でも大敵だよ!」
僕は冷タオルをぎゅっと握りしめ、ベッドから身を乗り出して思わず叫んだ。
「あんな腕がプルプルした状態で暴れたら、水晶球を自分の顔の上に落っことして大惨事になっちゃうよ! 誰かあの子たちのベッドのフチに、超頑丈なクランプと多関節の巨大『フレキシブルアームスタンド』を取り付けて、水晶球を空中にガチッと固定してあげてよ! 手を使わずに目線の位置に画面を浮かべて、お布団の中でぬくぬく眺めさせてあげれば、腕のイライラも消えて、大人しく丸くなってくれるはずなのに……!」
腕の疲労と画面落下に苦しむ邪神たちへの心からの共感と、アームスタンド第一なボヤキ。
……のはずだった。
(全宇宙の重力負荷から四肢と頸椎を完全に解放し、寝転がりながら万象を睥睨せしめる神の多軸自立保持具……! そして立ち上がる破壊の意志すらも至高の仰臥安眠へと沈め去る創世の骨抜き固定具……!?)
ドアの物陰で、本日の室内家具を点検していた木工職人オットー、鉄工技師カール、時計職人ニコ、そして妹リリィの目が、カァァァッ! と超新星爆発をも凌駕するほどの白銀と黄金の光を放った!
「す……凄すぎますわお兄様……ッ!」
リリィが感涙で胸の前で愛用のメモ帳を強く強く抱きしめる。
「武力で討伐するのではなく、数万年の腕の痺れと腱鞘炎の苦しみを慈しみ、手ぶらで画面が見られるアームスタンドで全身を脱力させて救済なさろうとなされるなんて……! 私、すぐに『虚無邪帝様・手ぶら仰向け自堕落プロジェクト』を発足いたしますわッ!」
「お命救済と多関節油圧保持の極致だぁぁぁッ!」
オットーとカール、ニコが、超合金フレキシブルシャフトと超強力魔導クランプを掲げて叫ぶ。
「三六〇度自由自在に曲がりミリ単位で位置をピタッと静止させる、山脈級『特製バルデン・フレキシブルアームスタンド』を、ただちに虚無断層へ投下いたしますぞッ!」
「待って四人とも!? 僕はただ『手ぶらで画面見られたら楽だね』って言っただけだよ!?」
僕の悲鳴を置き去りにし、狂乱の家具&金属&妹チームは時空転送ゲートへと爆走していった。
◇
数分後。
虚無の宇宙で腕をプルプルと震わせ、重たい水晶球を掲げて絶叫していた虚無邪帝ネビュラスの真下に、突如として巨大な時空の扉が開いた。
そこへボフンッ! と出現したのは、ふかふかの特大マットレスと毛布。
そして——ベッドのヘッドボードにガチリと固定された、鈍い銀色に輝く巨大な多関節アーム——『バルデン特製・超巨大多関節アームスタンド』。
シュルルルルッ……カチッ!
『な……何事だぁぁぁッ!? 我が手から暗黒水晶球が……ッ!?』
先端の超強力衝撃吸収クローが、邪帝の手から巨大水晶球をフワリと受け止め、目線の真正面、地上数十メートルの空中に寸分の揺らぎもなくピタッと静止させたのだ。
腕にかかっていた何千万トンもの負荷が、一瞬にして——完全に「ゼロ」になった。
サササッ……!
さらに、頭の上から爪先まで、モコモコの巨大羽毛布団がふわりと掛けられ、すべての触手が温かな布団の内側へとすっぽり収められた。
ジュワァァァァァ……!
その瞬間、邪帝の巨体がビクンッ! と跳ね上がった。
『な……っ!? な、なんだこの感覚は……!? う、腕を……上げなくてよいのだ……!? 手を……布団から出さなくてよい……だと……!?』
多関節アームが絶妙な角度で水晶球を保持しているため、仰向けに寝転がったまま、一ミリも首を曲げずに全銀河の映像が視界いっぱいに飛び込んでくる。
『あ……心地よい……! 数万年間バキバキだった肩の筋が……ふにゃあぁぁぁっと蕩けていく……! 腕がだるくない……! 画面が落ちてこない……! というか……布団が温かすぎて……手足を一ミリも動かしたくない……』
邪帝の千の眼球から、赤い警戒の光がスウッと消え去り、トロンとした眠たげな薄緑色へと変わっていく。
巨大な触手は布団の奥深くへとだらしなく脱力し、破壊のエネルギーなど完全に霧散してしまった。
『世界征服……? 銀河の破壊……? なぜ我はあんな疲れることをしようとしていたのだ……。我が任務は……このアームに水晶球を掲げさせたまま……お布団の中で一生ゴロゴロ動画を眺めることである……スースー……』
天地を滅ぼしかけていた最凶の邪帝は、完全に起き上がる気力を失い、そのまま巨大ベッドで手ぶら引きこもり邪神へと変貌してしまったのだ!
そこへ、誇らしげなリリィ、オットー、カール、ニコが駆け込んできた。
「お兄様! 虚無邪帝ネビュラス様の『完全仰向け自堕落化&ベッド拘束』を達成いたしましたわ!」
リリィが金文字の安息証明書を掲げて天使の笑顔を咲かせる。
「邪帝様は『このアームスタンドとお布団があれば、ベッドから立ち上がる理由が宇宙に存在しない。一生ここで寝ながら銀河を見守る』と、全兵器を廃棄して完全引きこもり宣言をなさいましたの!」
「世界を滅ぼす邪神がアームスタンドで完全引きこもりになってる!?」
さらにベッドの脇では、時間の神クロノスが、自分用のベッドサイドに設置された小さな特製アームスタンドにポータブルモニターを挟み込み、「ふほほ……! 仰向けで大の字になりながら、両手を懐に入れてお茶請けを待てる……これぞ全時空を統べる神の究極ズボラ具じゃな」と極上の笑顔で蕩けていた。
「神様までベッドから動かなくなってないでーーーーッ!?」
僕は悲鳴を上げ、特製クッションで顔を覆った。
「あ、あれ……? 僕はただ……仰向けで画面を見てて鼻に落とすのが痛くて、手ぶらで固定できるアームスタンドがあれば便利だよねって思い出しただけなのに……なんで僕の一言で『全次元の邪神たちが全員ベッドから動かないダメ人間化』してるのーーーーッ!」
画面の落下と腕の筋肉痛を嫌った少年のささやかなボヤキは、身近なズボラ器具の圧倒的な快適さによって恐るべき破壊神すらもあっさりとベッドの住人へと変えてしまい、本日も彼は鼻の痛みを忘れ、目線の先にふわりと浮かぶ画面を眺めながら、温かなお布団の中で静かな安らぎを噛みしめるのだった。
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