第6話
病み上がりの体で最初に出席した公の場は、王宮での午後の茶会だった。
王妃殿下が主催なさる、限られた家格の子女だけが招かれる集まり。本来なら婚約者と連れ立って出席するものだが、クロード様からは前日になって「外せない用がある」との短い書状が届いた。用の中身は、もう尋ねなかった。
王宮の薔薇園に面したテラスで、私はいつも通り、そつなく振る舞った。夫人方との歓談、令嬢たちへの気配り。病み上がりであることも、また一人であることも、誰にも悟らせないように。王妃殿下がすれ違いざま「あなたはいつも見事ね」とねぎらってくださり、私は深く頭を垂れた。見事、という言葉の裏に何が透けているのかは、考えないことにした。
人の輪が途切れた頃合いを見て、私は庭園の奥の東屋へ足を向けた。ほんの少しだけ、微笑むのを休みたかったのだ。
「――レーヴェルト卿は、今日も欠席か」
背後からかけられた声に、私は弾かれたように振り返った。
東屋の柱にもたれて立っていたのは、この国の第二王子、ジークハルト・ヴァイスラント殿下だった。夜色の髪に、切れ長の銀灰の瞳。剣も政務も非の打ち所がないが、笑わず、世辞を言わず、氷のように冷徹――社交界でそう囁かれる御方。
「殿下。ご挨拶が遅れましたことを――」
「よい。堅苦しいのは好かん」
礼を取ろうとした私を手で制し、殿下は静かにこちらを見た。値踏みでも、憐憫でもない、ただ事実を確かめるような眼差しだった。
「先の建国祭も、バルシュ伯爵家の夜会も、卿は途中で消えるか、最初からいなかった。……君は、いつも一人で立っているな」
心臓が、跳ねた。
社交界の誰もが知っていて、誰もが遠回しにしか口にしないことを、この御方は真正面から言葉にした。慰めの色は一切ない。なのに、どんな慰めよりも、その一言は深いところに届いた。
――見ていて、くださったのか。
「……お見苦しいところをお目にかけております」
「見苦しい? 逆だろう」
殿下は僅かに眉を上げた。
「支えなしで立ち続けるのは、支えられて立つより余程の膂力が要る。私はそれを見苦しいとは呼ばん」
声は素っ気なく、表情も動かない。けれどその言葉は、十年間、誰にもかけてもらえなかった種類のものだった。頑張っているね、でもなく、可哀想に、でもなく。ただ、立っている姿をそのまま認める言葉。
不意に目の奥が熱くなりかけて、私は慌てて視線を薔薇園へ逃がした。泣くわけにはいかない。婚約者に袖にされても泣かなかった私が、他人の何気ない一言で泣くなんて、そんな馬鹿な話があるものか。
「……もったいないお言葉です」
ようやくそれだけを返すと、殿下は柱から身を起こし、通りすがりのように付け加えた。
「先日の王妃の茶会で、君の淹れた茶を飲んだ。――城下で評判のどの茶葉より旨かったが、あの男は、その理由を知っているのか」
答えに詰まった私を残し、殿下は振り返りもせずに歩み去っていく。夜色の背中が回廊の向こうへ消えるまで、私はその場を動けなかった。
理由なら、ある。相手の好みを覚え、湯の温度を計り、茶器を温め、注ぐ最後の一瞬まで心を配るからだ。その心配りを十年間注ぎ続けた相手は、私の淹れた茶を、一度も褒めたことがなかった。
風が薔薇園を渡り、花の香りを運んでくる。
冷徹と噂される御方の素っ気ない言葉が、どうしてこんなにも胸に残るのだろう。答えの分からないまま、私は東屋の椅子に腰を下ろし、少しの間だけ、微笑むことを忘れて空を見上げていた。




