第4話
クロード様の二十歳の誕生祝いは、レーヴェルト侯爵邸の大広間で盛大に催された。
招待客は百名を超え、広間は水晶の燭台の光と楽団の調べに満ちていた。次期侯爵の成人の祝いであると同時に、婚約者たる私が「未来の侯爵夫人」として披露される場でもある。少なくとも、私はそう聞かされていた。
婚約者である私の席は、当然、主役の隣に用意されているはずだった。半年前から夫人と打ち合わせを重ね、招待客の席次にも目を通していたのだから、間違いはない。
けれど当日、案内された先で私が見たのは、主役の隣で楽しげに笑うミレーヌ様の姿だった。
「ああ、ヴィオレッタ。すまない、席を少し変えたんだ。ミレーヌとは昔話が弾むから、近くのほうが場が和むだろう」
悪びれもせず、クロード様は言った。私に宛がわれたのは、彼から三つも離れた席。侯爵夫人が気まずげに目を伏せるのが見えた。夫人が決めた席次を、息子が当日になって覆したのだと、それだけで察しがついた。
「……左様でございますか。皆様が和やかであることが、何よりですもの」
私は微笑んで席に着いた。祝いの席で波風を立てるのは、淑女のすることではない。そうやって呑み込んできた言葉が、もう何百になるのかは考えないことにした。
晩餐の間じゅう、上座からは二人の笑い声が絶えなかった。幼い頃に登った木の話。二人だけが知る川辺の話。周囲の客たちは愛想笑いを浮かべながら、ちらちらと私の顔色を窺っている。私は完璧な角度の微笑を保ったまま、味のしない料理を口へ運び続けた。隣席の老伯爵が気の毒そうに話題を振ってくださるのが、かえって身に沁みた。
やがて、贈り物を披露する時間になった。
私が用意したのは、彼の亡き祖父君の形見の懐中時計だった。長く壊れたまま侯爵家の宝物庫に眠っていたと聞き、半年をかけて職人を探し、王都一の時計師に修復を依頼したのだ。幼い日の彼が、祖父君の思い出を懐かしそうに語ったことを、私はずっと覚えていた。
「これは……祖父様の時計か。動くのか、これが」
蓋を開けたクロード様の目が、わずかに見開かれる。ようやく届いた、と思った。その矢先だった。
「クロード様、私からも! つたないものですけれど」
ミレーヌ様が差し出したのは、少し形の崩れた焼き菓子の籠だった。
「まあ、手作りですって」「なんて健気な」と、客席から歓声があがる。クロード様は破顔して籠を受け取り、その場で一つを頬張ってみせた。
「ああ、懐かしい味だ。昔、よく別邸の厨房で作ってくれたな」
沸き立つ場の隅で、懐中時計は静かに卓へ置かれた。彼は思い出したように私を振り返り、屈託なく言ったのだ。
「時計、ありがとう。立派なものだな。でも君は何でも持っているから、こういう手作りのものは新鮮なんだ」
悪意はないのだろう。ただの一片も、彼の中には。それが一番、深く堪えた。
何でも持っている。ええ、そうでしょうとも。あなたの心以外なら、何でも。
私は完璧に微笑んで「お気に召したなら幸いです」と答えた。卓の上の懐中時計は、修復されたばかりの針で、祝宴の時間を正確に刻み続けていた。
帰りの馬車の中で、エルネスタは一言も口をきかなかった。怒りを堪える主従の沈黙だけが、車輪の音に混じって揺れていた。
半年かけた贈り物の行き場所を、私はもう探さなかった。想いというものは、受け取る気のない人の前では、値打ちのある置物にしかならないのだと、あの晩餐の卓が教えてくれたから。




