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私の紅茶を、あなたは一度も褒めなかった  作者: 小林翼


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第24話

 王家とアルディエール公爵家の縁組み内定――その報せは、レーヴェルト侯爵家にとって、最後の希望の糸が切れる音だった。


 わずかに残っていた取引先は、雪崩を打って手を引いた。当然だった。王子妃の実家を袖にした家と組む商人など、この国のどこにもいない。賠償金の支払いのため、侯爵家は代々受け継いだ領地の一部と、王都の別邸を手放した。売却の交渉の席で、先方の商人が容赦なく値を叩いたのは、もはや同情の余地すら残っていない証だった。


 家格は二段階の降格が内定し、由緒ある侯爵家は、一代のうちに子爵相当まで転げ落ちることが決まった。


 そして期限の日、クロードはついに、どちらの書類にも署名をしないまま、父の執務室に立っていた。


「……時間切れだ、クロード」


 侯爵の声には、もう怒りすらなかった。


「おまえは最後まで選ばなかった。ならば、私が選ぶ。――本日をもって、おまえを廃嫡とする。爵位と家督は、分家のユリウスに継がせる」


「父上、待ってください。俺は、俺はただ」


「ただ、何もしなかった。それだけのことだ」


 侯爵は署名を終えた書類を封じ、息子を見た。


「おまえに悪意がなかったことは、父として知っている。だがな、クロード。悪意のない怠慢は、悪意ある裏切りと、同じだけ人を傷つける。むしろ質が悪い。本人に、傷つけている自覚すら生まれんのだからな。……私も同罪だ。おまえの甘えを、家の名で覆い隠してきた」


 最後の一言は、息子にというより、自分自身に向けられた声だった。


 屋敷を出るクロードに持つことを許されたのは、身の回りの品と、僅かな支度金だけだった。使用人たちは誰も、見送りに出てこなかった。十年前なら考えられないことだった。けれど彼らの敬意は、家名にではなく、家を支える人に向けられるものだったのだ。



 その夜、王都の外れの安宿で、クロードは一通の手紙を受け取った。宿の主人が無言で差し出した、薄い封筒だった。


 差出人の名を見て、彼は縋るように封を切った。ミレーヌ・フォスター。こんな時でも、彼女だけは――そう思いながら開いた便箋には、見慣れた愛らしい筆跡で、こう記されていた。


『クロード様


 風の便りに、ご廃嫡の由を伺いました。長い間、よくしていただきましたこと、感謝申し上げます。


 つきましては、今後わたくしどもフォスター家と貴方様との間に、いかなる関わりもなきよう、お願い申し上げます。わたくしにも、これからの人生がございますので。


 どうかお探しにならないでください。ごきげんよう。


 ミレーヌ』


 絶縁状だった。


 十年間、家族同然と信じた相手からの、便箋一枚の絶縁状。守り続けた「か弱い妹」は、彼が守る力を失った瞬間、一片のためらいもなく彼を切り捨てた。かつて彼が、婚約者を切り捨て続けたのと、同じ軽さで。


 紙一枚の重さしかない別れを受け取って、彼はようやく、自分がヴィオレッタに渡し続けてきたものの正体を知った。あの断りのカードの一枚一枚が、どれほど冷たかったのかを。


 クロードは、安宿の軋む寝台に腰を下ろしたまま、長いこと動けなかった。


 窓の外には、王都の夜空が広がっていた。あの華やかな社交界の灯りも、侯爵家の威光も、隣で笑っていたはずの誰かも、もうここにはない。すべてを失ってようやく、彼は自分が何を持っていたのかを、一つずつ数えはじめていた。


 その数の中で一番大きなものが、夜明け色のドレスを纏って王子の隣で笑っていることを、彼はもう、知っている。


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― 新着の感想 ―
あ、まだ自分は悪くないって思ってるな 後、お前が持ってたのは裕福な家に生まれた運だけだよ?
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