第20話
その面会の申し入れは、公爵家の門番に三度追い返された末に、正式な書状の形でようやく届いた。
差出人、クロード・レーヴェルト。用件、大切な話があるため、ヴィオレッタ嬢との面会を願いたい。
「お会いになる必要など、欠片もございません」
エルネスタは珍しく語気を強めた。お父様も「私が代わりに会って追い返そう」と仰った。けれど私は、少し考えてから首を振った。
「いいえ。私が会います。……最後の一度だけ」
彼が何を言いに来るのか、およその見当はついていた。そして、その寝言をきっぱりと断ち切れるのは、ほかの誰でもない、私だけなのだった。
約束の日、応接間に現れたクロード様は、ひと回り痩せて見えた。
「ヴィオレッタ。……会ってくれて、ありがとう」
「ご用件を伺います」
着席を勧めもしない私に、彼は一瞬怯み、それでも意を決したように口を開いた。用意してきたのだろう言葉を、順番に思い出しながら話す、あの癖は昔のままだった。
「あの夜会のことは……色々と、行き違いがあったと思うんだ。俺も言葉が過ぎた。君にも誤解があった。だから、その誤解を解いて、もう一度――やり直せないだろうか。婚約のことも、両家のことも」
誤解。行き違い。言葉が過ぎた。やり直す。
予想した通りの言葉が、予想した通りの順番で並んだ。私は静かに問い返した。
「誤解、と仰いましたね。伺いますが――私は、何を誤解していたのでしょう」
「え?」
「十七度の同伴放棄は、私の誤解ですか。九度の約束反故は? 病の床に一度も来てくださらなかった七日間は? 大夜会の約束を、断りもなくお譲りになったことは? ……どれが誤解なのか、具体的に仰ってくださいませ。事実誤認があれば、この場で謝罪いたします」
クロード様は口を開き、閉じ、また開いた。出てきたのは、答えではなかった。
「……そういう、細かいことじゃないんだ。俺が言いたいのは、心の話で」
「心の話でしたら、なおのこと簡単です」
私は立ち上がった。
「クロード様。あなたは私を失ったのではありません。――最初から、持とうとなさらなかったのです」
彼の顔から、表情が抜け落ちた。
「席も、約束も、時間も、心も。あなたは十年間、一度も私に差し出さなかった。差し出さなかったものは、失えません。あなたが今感じておられるのは喪失ではなく、ただの不便です。私という便利な采配役がいなくなった、不便。どうぞお間違えなきよう」
言うべきことは、それで全部だった。私は退室の礼をとり、扉へ向かった。背後で、掠れた声がした。
「……待ってくれ。俺は、今度こそ」
「その『今度』を、私は十年待ちました。もう十分でしょう。お引き取りくださいませ」
振り返らなかった。もう一度あの顔を見たら、憐れみが湧いてしまいそうだったから。憐れみは、あの人への最後の情けにすらならない。扉が閉まる音を背中で聞いて、私の十年は、今度こそ本当に終わった。
玄関広間に出ると、ちょうど来訪したばかりの殿下が、外套も脱がずに立っていた。今日の茶会には、まだずいぶん早い刻限のはずなのに。
「……様子を見に来た。要らぬ世話だったようだが」
ばつが悪そうに視線を逸らす殿下に、私は思わず頬が緩んだ。
入れ違いに玄関へ出てきたクロード様と、殿下の視線が交錯した。すれ違いざま、殿下は静かに、一言だけ告げた。
「拾う価値の分からぬ者に、二度目はない」
クロード様は何も言い返せず、逃げるように馬車へ乗り込んでいった。




