表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の紅茶を、あなたは一度も褒めなかった  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/30

第20話

 その面会の申し入れは、公爵家の門番に三度追い返された末に、正式な書状の形でようやく届いた。


 差出人、クロード・レーヴェルト。用件、大切な話があるため、ヴィオレッタ嬢との面会を願いたい。


「お会いになる必要など、欠片もございません」


 エルネスタは珍しく語気を強めた。お父様も「私が代わりに会って追い返そう」と仰った。けれど私は、少し考えてから首を振った。


「いいえ。私が会います。……最後の一度だけ」


 彼が何を言いに来るのか、およその見当はついていた。そして、その寝言をきっぱりと断ち切れるのは、ほかの誰でもない、私だけなのだった。



 約束の日、応接間に現れたクロード様は、ひと回り痩せて見えた。


「ヴィオレッタ。……会ってくれて、ありがとう」


「ご用件を伺います」


 着席を勧めもしない私に、彼は一瞬怯み、それでも意を決したように口を開いた。用意してきたのだろう言葉を、順番に思い出しながら話す、あの癖は昔のままだった。


「あの夜会のことは……色々と、行き違いがあったと思うんだ。俺も言葉が過ぎた。君にも誤解があった。だから、その誤解を解いて、もう一度――やり直せないだろうか。婚約のことも、両家のことも」


 誤解。行き違い。言葉が過ぎた。やり直す。


 予想した通りの言葉が、予想した通りの順番で並んだ。私は静かに問い返した。


「誤解、と仰いましたね。伺いますが――私は、何を誤解していたのでしょう」


「え?」


「十七度の同伴放棄は、私の誤解ですか。九度の約束反故は? 病の床に一度も来てくださらなかった七日間は? 大夜会の約束を、断りもなくお譲りになったことは? ……どれが誤解なのか、具体的に仰ってくださいませ。事実誤認があれば、この場で謝罪いたします」


 クロード様は口を開き、閉じ、また開いた。出てきたのは、答えではなかった。


「……そういう、細かいことじゃないんだ。俺が言いたいのは、心の話で」


「心の話でしたら、なおのこと簡単です」


 私は立ち上がった。


「クロード様。あなたは私を失ったのではありません。――最初から、持とうとなさらなかったのです」


 彼の顔から、表情が抜け落ちた。


「席も、約束も、時間も、心も。あなたは十年間、一度も私に差し出さなかった。差し出さなかったものは、失えません。あなたが今感じておられるのは喪失ではなく、ただの不便です。私という便利な采配役がいなくなった、不便。どうぞお間違えなきよう」


 言うべきことは、それで全部だった。私は退室の礼をとり、扉へ向かった。背後で、掠れた声がした。


「……待ってくれ。俺は、今度こそ」


「その『今度』を、私は十年待ちました。もう十分でしょう。お引き取りくださいませ」


 振り返らなかった。もう一度あの顔を見たら、憐れみが湧いてしまいそうだったから。憐れみは、あの人への最後の情けにすらならない。扉が閉まる音を背中で聞いて、私の十年は、今度こそ本当に終わった。



 玄関広間に出ると、ちょうど来訪したばかりの殿下が、外套も脱がずに立っていた。今日の茶会には、まだずいぶん早い刻限のはずなのに。


「……様子を見に来た。要らぬ世話だったようだが」


 ばつが悪そうに視線を逸らす殿下に、私は思わず頬が緩んだ。


 入れ違いに玄関へ出てきたクロード様と、殿下の視線が交錯した。すれ違いざま、殿下は静かに、一言だけ告げた。


「拾う価値の分からぬ者に、二度目はない」


 クロード様は何も言い返せず、逃げるように馬車へ乗り込んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
まあ、ヴィオレッタに悪いところがあるとすれば尽くしすぎたってことかな? 無償で提供される便利は当たり前すぎてクロードは価値を見出せなかったんでしょうね。まぁ、それだけを惜しむ奴ならどのみち尽くす価値は…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ