第13話 錆びた遊園地
朽葉温泉旅館を出て半日。山道を下り、森の中の細道を進んでいた。
途中、すれ違った老人が足を止めた。久遠木の町を出たところだった。ルカの顔を見て、目を細めている。
「あんた……誰だっけ。写真館の——」
老人はルカの名前を忘れかけていた。先月、写祓の依頼を持ち込んだ常連だった。ルカは名乗り直し、老人は「ああ、ああ」と曖昧に頷いた。だが目の奥に、靄がかかっている。
クロが低く言った。
「始まっている。町の人々の記憶が溶け始めた」
ルカの胸ポケットには声の欠片がある。時折、結晶に意識を向けると、チヨの声の残響がかすかに返ってくる。「引き継いで」。その意味は、まだ分からない。
もう片方のポケットには、空洞がある。両親の最後の言葉があった場所。今は何もない。何があったかも、もう分からない。
「月影遊園地は、この先五キロだ」
クロの声が前方から聞こえた。夕暮れが近づいている。
「今夜でなければならない。上弦の月だ」
「月と何の関係があるの」
「ここの欠片は、月が出ている間しか姿を見せない」
木々が途切れ、視界が開けた。
錆びた鉄柵。色あせた看板。「月影遊園地」の文字がかろうじて読める。その下に、半ば消えかかったキャッチフレーズ——「月光の下で願いが叶う」。
ルカは足を止めた。
観覧車、ジェットコースター、お化け屋敷。すべてが朽ち果てた姿で立っている。空気に古い金属の錆と湿った土の匂い。風がどこかを通り抜けるたびに、金属が軋む音がした。高く、細く、間隔がまちまちの音。人の声のようでもあった。
コーヒーカップの乗り物が傾き、カップの縁から草が生えている。ジェットコースターのレールは途中で断裂し、車両が宙吊りになっている。お化け屋敷の入口に、色褪せたペイントの骸骨が笑っていた。すべてが壊れている。だが、すべてがまだ「ここにいる」。遊園地は死んだのではなく、眠っているのだ。
中央に、メリーゴーランド。
円形の舞台の上に、十二頭の木馬が静止している。直径は十メートルほど。天蓋は八角形で、縁に小さな電球の列がある——もちろんすべて切れている。支柱は真鍮で、緑青が吹いて青緑に変色していた。白い馬は灰色になり、赤い鞍は茶色に褪せている。彼らは何十年間、同じ姿勢で止まっていた。前脚を上げたまま、鬣を風に靡かせたまま。走り出す寸前の姿勢で、永遠に止まっている。
だがその中の一頭——星の模様が彫られた馬だけが、他より状態が良かった。関節部分に、新しい油の跡がある。
「誰か手入れしている」
ルカが言った瞬間、背後で声がした。
「そいつは俺だ」
振り返ると、七十代くらいの男が立っていた。作業着に工具箱。節くれだった手。深い皺の中に、鋭い目がある。
「田村健太。この遊園地の元技術者だ」
六十代の男性。作業着を着ている。油と金属の匂い。手が大きく、指先が黒ずんでいる。何十年もの間、機械に触れ続けた手。背は低いが、肩幅がある。頑丈な体つき。だがその頑丈さの中に、疲労が沈殿している。長い時間をかけて体に染みついた疲労。
ルカとクロは顔を見合わせた。
「こんな場所に、なぜ」
「メンテナンスさ。今夜は特別な夜だからな」
田村は星の馬に歩み寄り、レンチで軸受けを確認した。その手つきは丁寧だった。撫でるように。油を差し、ボルトを締め、関節の動きを確かめる。一つ一つの動作に、何十年分の反復が宿っている。体が覚えている手順。考えなくても手が動く。それが彼の贖罪の形だった。
「あの子の馬だからな。きちんとしてやらないと」
「あの子?」
田村の手が止まった。工具を握る指が白くなった。
「昔、事故があった。回転中に木馬が外れた。設計の——俺のミスだ。乗っていた子が、二度と歩けなくなった」
声が低くなった。
「カナという子だった。バレリーナになりたいと言っていた」
ルカは黙って聞いていた。田村の目が、星の馬の首筋に固定されている。そこを撫でる手は震えていない。何十年も同じ動作を繰り返してきた手だった。
「許してもらった。カナに。だが俺は、自分を許せない」
夕日が完全に沈んだ。空が暗くなっていく。
「そろそろだ」
田村が空を見上げた。東の稜線に、上弦の月が顔を出し始めている。
「何が」
「見てりゃ分かる」




