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第八十一話 腑に落ちない

「ふぁ……」


 欠伸を噛み殺しながら、俺は長い伸びをした。やはり、習慣というのは身についてしまうものだと気付かされる。野宿しても、平気になってきたし、コメットの鳴き声ですっかり目が覚める。そしてなにより、朝日が顔に当たったと同時に眠気が多少あろうとも、脳は活動を開始するのだ。


「……休日寝過ごしてたのが嘘みたいだ」


 異世界に来る前の平日なんかはいつも遅刻ギリギリになるまで眠っていたし、休日は寝過ごして午後の四時とかに起きるのがザラだった。


「って過去を掘り返すのはいいんだよ……ティナは……」


 静かに立ち上がって確認をしてみると、まだ眠っているようだ。よし、今日は勝ったな……と握り拳を作り小さくガッツポーズをする。


「起きるまで……そうだな……」


 グッグッと準備運動を始め、起き始めの体を起こす。じっくりと、体が延びたのを確認してしっかり体が温かくなっていくのを感じた。……未だに自分の素早さに振り回されてばかりで、全力疾走を扱えない。それもあって、称号を解放するのを今は止めている。これ以上速くなっても、制御は確実に出来ない。それどころか、軽いジョッグでさえも動きが悪くなるかもしれない。


「よっと……朝の……運動……っつうのは……んっ……! ふぅ……ラジオ体操以来か?」


 戦闘でいちいち走り回るせいで、スタミナの方はだんだんついていくし、生活の不摂生が削ぎ落ちて、めっちゃ健康体になってきたな。そんな事を考えて、俺は走る準備を終える。そしてそのまま、


「……とおっ!」


 まずはジョッグを行い、徐々に速くしていくスタイルで自身の素早さに慣れようとする。始めの制御は簡単なのだが、5割くらいを出すと少しずつ視界が追いつかなくなっていく。8割でもはや見えない。全力疾走でそりゃ転ぶわけだ。


「ヴォフゥッ!」


 見事に今回も大胆に転んだわけで……普通に自分の世界なら擦り傷がいくらあってもいい位のレベルだ。HPは8割になって少し減りすぎだろとは思うが……。つうか俺そんな脆いの? 頭を掻きむしりそんな事を考える。


「……つうか俺だってレベル上げていきてぇよ……定番だろ」


 今更感めっちゃ漂うが、良いだろう。第一に俺はチート並の能力を持って、異世界を無双していきたかった。第二にレベルを上げて、コツコツと生きていきたかった。第三に普通の村人だけど、実は強いって感じで裏で修行してる的な。第二と同じか。……なのに、今では謎の素早さ特化に魔法もデバフのみ。完璧立ち位置がモブなんだけど。


「しかもパッシブのみで能力上げるとか、どんな鬼畜ゲー……新しいことに挑戦してけってか」


 グチグチと愚痴を溢しながら、来た道を歩いて帰っていく。……新しいこと……ねぇ……称号増やしたくないんだよな……今は。……いや、新しいことだからこそ称号開けっていう手もあるか。でもそうなると全力疾走は怖くて出せねぇよ……。はぁ……と頭を抱えてしまう。どうすれば正解なのか、何をすれば正攻法なのか、そればかり考えてしまう。


「……ホント、どうしたら良いんだ?」


 自身が草を踏む音さえ聴こえないほど、迷って何も考えつかなかったのだった。



 ・



 ・



 ・


 ・


 ・

 ・

 ・


 俺が歩いてティナとコメットの元へと帰ると、膨れっ面でティナがお出迎えした。見るからに機嫌は悪く、俺はその顔を見た途端に苦笑いするしかなかった。


「えっとな……おはよう」


「そうだね、おはよう。そして、言うことは……ないの?」


「ただいま」


「お帰り、うん、違うよ?」


 ニッコリと笑いながらも、ティナはまるで青筋を浮かべているかのような雰囲気を漂わせていた。俺は少しだけ小さくなり、目線を逸らす。


「こっち見なさい!」


「……ハイッ!」


 肩をビクッと震わせて、正座になりながら、ティナの目を見る。その目には怒りと……怒りしかなかった。他の感情を捨て去って怒りのみが集中していた。そこまで怒るか!?


「……メイさん、また怪我したでしょ?」


「怪我って……血は出て……」


「黙って」


 俺の肩は更に下がり、頭を垂れた。なんでこんなことしなきゃならないんだ……? 自分で自分が不思議になりながらも、俺はティナの言葉に耳を傾ける。


「本当に……やめて。私の傍を離れないで? 貴方じゃ、いつどこで大怪我してくるか分からないの」


「……へぃ」


「私が貴方を守るの。だから、傍にいなさい。いいわね?」


 突然の束縛宣言。俺は首を縦に振るわけがない。もちろん横に振ったのだが、それでもティナは聞いてくれそうもない。


「死んでからじゃ……後悔しても、遅いの……だから、お願い」


「……えぇ……」


「返事は?」


「……へぃ」


 もう、諦めた。きっと何を言ってもティナはこの決断を覆さないだろう。そんな気がしたからだ。俺が肯定すると、今度は笑顔になって撫でてくる。その手をパシッと振り払って俺は立ち上がり、拳を握る。


「俺は子供じゃねえっつうの!」


「弟でしょ? ならこれくらい……」


「すんなよ!」


 俺は朝っぱらから機嫌が悪くなったのに対して、ティナは上機嫌になっていた。……腑に落ちない。

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