第七十七話 鈴の音
仮面女は何を持っているのだろうか。ふと、そんな疑問が頭に過った。とても大切そうに抱かれたそれは、仮面女の隣に居ようが、少したりとも見ることさえ出来ない。
……結構小さいもんなんだな……。
俺はチラチラと仮面女の腕の中身を気にするように歩いていた。
「リューナちゃん!」
仮面女を見ると、急いで駆け寄ろうと立ち上がる。しかし、痛みがまだ退いていないのだろう、立ったまま痛みを堪えるようにして、その場で立ち止まってしまった。そんなティナのもとへと仮面女はゆっくり歩いて近寄っていく。
「……すまない。私がもっと強ければ、怪我を負わせずにすんだのに」
「い、いいのいいの! それより、見つかったんだね……」
「……ああ、やっと……やっと会えた」
仮面女はいとおしそうに、手に抱いていたもの────銀色の鈴を撫でていた。その鈴から透き通るような音が鳴り、そして何処からかまるで共鳴するようにして鈴の音がまた、鳴り響いた。
「……セレスティナ、そしてメイ……ありがとう……これで何もかも、吹っ切れた……」
「……何がっつうのは聞かねぇけども……大切なもんなんだな」
俺は言動に気をつけて返答を行う。ティナは事情を全て知っているんだろうな。そう思い、ティナの方を見ると、仮面女の事を潤んだ瞳で見ていた。
「ああ……私達の母の……遺品だ……」
うわっ……スゴく重かった。だから聞きたくなかったんだよ。俺は頭をかきむしりながら、仮面女の話を聞いていた。
「母は、私が十の頃、私に弟たちと妹たちを託して何処かへ行ってしまったんだ……何日も、何年も……」
鈴を儚げな表情で見ながら、俺にそう言ってくる。
「……別に話したくねぇなら話さなくても……」
「……いや、話したいんだ……聞いてほしいんだ……駄目か……?」
「……いや」
そんな風に言われたら流石に弱る。だから、俺は何も言わないように、仮面女の声に耳を傾けるようにして聞くことにする。
「私達の母は、とても素敵だった……優しくて、分からないことも教えてくれて、そして、私達を愛情を注いで育ててくれて……」
思い出に更けるようにして、目を細めながら言う。
「そんな母だから……最後まで私達を…………」
グッと拳を固めて、仮面女が悔しげに話す。その様子をティナが同情するような眼差しで見ている。俺は、静かに仮面女の言葉を聞く。
「……この鈴が、母と私達を結んだ最後の物だったんだ……」
そう言って、金色の鈴と、銀色の鈴を取り出してくる。片方が鳴るともう片方も鳴る。綺麗な透き通るような、澄んだ音色で、聴いていてもうるさくは感じない。逆にとても心地のよい音だった。
「本当に……ありがとう」
実感のない、感謝の言葉を受け取って、俺達は村へと戻ることになった。
結局、母の形見である、銀色の鈴を取り戻したかったが為に、ボグアリゲイタを倒したらしい。……しかし、何故あの魔物の胃袋の中にあったんだ? それを疑問に持ちながらも変に突っ込まずに歩いていった。
村に戻ると、餓鬼どもがグッスリと眠っている最中だった。魔物が来たりとかはしなかったようで、一安心だな。俺らは起こさないように、仮面女の家へとも戻る。
「ティナ、怪我は大丈夫か?」
さっきまで立つので精一杯だったのだから、心配してしまう。そんな言葉にティナはクスッと笑う。
「大丈夫。心配しなくても、ね?」
「ゆっくり休んでくれ。私の為に負った怪我なのだから、そうしてほしい」
ティナのその言葉に仮面女が心配して言った。仮面女の言葉にティナはふるふると横に首を振る。
「役に立たなかったけど……ね」
力になれなかったと、悔やみながら俯いて仮面女に言った。その言葉を仮面女が否定する。
「セレスティナが居たからこそ、私は迷いなくあの魔物に立ち向かえた。セレスティナがいなくても、この戦いは勝ちを得られなかったんだ」
微笑みながら、仮面女はそう言った。ティナはそれに驚いて、俺の方を見てくる。
「だから、言ったろ。手伝われた側は、そんなこと思ってねぇって」
「……そう……なんだ……」
ティナは今にも泣きそうな顔で呟いた。その姿を見て、まだティナの事を理解できていない自分に気づく。やはり、他人を理解するというのはとても難しいようだ。今、ティナになんと声を掛ければいいのか、全然分からない。だから、ポンッと頭に手を乗せる。その様子を仮面女は温かい目で見ていて、俺は少しこっ恥ずかしいと思いながらそっぽを向いて、女の小さなすすり泣きが響いていた。
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「結局こんな長居しちまったな」
約一週間くらい滞在しただろうか、俺とティナとコメットは、今まさに旅立ちの瞬間だ。そして見送りに餓鬼どもと、仮面女が村から出てきていた。
「本当、ありがとう、リューナちゃん」
「ティナも、また来るといい。メイは変態な行動を慎んでくれ」
「俺がいつ取ったんだこのアマッ!」
ニヤニヤと仮面女が俺に皮肉を言ってきやがる。俺に対する反応とティナとの反応が全然違うじゃねぇか。餓鬼も餓鬼で俺らに群がってきていて邪魔ったらありゃしねぇ。
「離れろ! お前らッ!」
「残念だなー」
「またですね」
「まったねー!」
「……また」
「また会える日まで……待ってます」
「またねぇー」
「……またです」
餓鬼どもも最後まで自分の言葉でお別れの挨拶をしてくる。
「…………おう、またな」
少しだけ、何か引っ掛かるような感情があったものの、その感情を表に出さずに素っ気なく挨拶をする。
「んじゃ、またな」
「また、会おうね!」
「ギャアッ!」
最後に俺らは仮面女に挨拶をして、行こうと思った時だった。
「待て、メイ、ティナ」
ふと、俺らを引き止める。仮面女の方に俺らが向くと、仮面女の掌には金と銀の鈴が置かれていた。
「……これを持っていくといい」
「でも……これ、リューナちゃんのお母さんの……」
そうだ、この鈴は母の形見とか言ってたろ。それをなんで差し出してくるのだろうか。
「いいんだ。私達には、もういらない……こうして、皆で生きていられる。それだけで、もういいんだ。だから、この鈴はお前たちに持っていて欲しい」
ニッと笑い、仮面女……リューナは言ってくる。
「……わーった。……ありがたく、貰うわ」
「うん……ありがと、リューナちゃん!」
俺は金色の鈴を、ティナは銀色の鈴を手にとる。綺麗な音色が共鳴して、まるで合唱を行っているようだ。
「……願わくは、いつまでも鳴り続けますように」
リューナの言葉を背に、俺らは歩き始める。その歩調と共に、俺とティナを繋ぐ音色が高らかに鳴り響いていた。




