第七十五話 誇れる所
「……流石に倒したろアレ」
ボグアリゲイタの胴体に槍を投擲して、その槍が鱗を、肉を、内臓を抉っていったのだ。どす黒い液体が辺りに飛び散っており、ボグアリゲイタの真下には黒の湖が出来ているように見える。
俺は仮面女の元へ歩いて寄っていく。その仮面女はというとボグアリゲイタを倒すや否や、ソイツの近くへと駆け寄っていた。
「……お母さん…………」
「どうした? 仮面女。んなシケた面して」
おちょくるような口調で俺は仮面女にいい放つ。それに仮面女はコクリと頷いて、
「……すまない」
と謝られてしまう。なんか予想していた態度とは違ったのでガシガシと頭を乱暴に掻いた。なんか、こっちが悪い気がしてきたぞ……。少しだけ足で地面を鳴らした後、再度話し掛ける。
「謝んなよ……別に倒したんだからお礼を言ってほしいね、全く……」
……あれ、なんだこれ。ティナのヤツが移っちまったか……。そんな言葉を仮面女は俺に視線を向けながら呆けた面で聞いていた。すると、クスッと笑い、笑みを浮かべる。
「な、なんだよ……」
「いや、セレスティナにも言われたからな。似た者同士というワケか」
「似てねぇって」
「……ありがとう。私より、セレスティナの様子を見てくるといい。お前も心配だろう」
そう聞くと、コイツは行かないのか? そう思ったので聞いてみると、
「私は少し、用がある」
と言って、行くのを拒否った。……きっとそれが、この魔物を倒した最大の理由であり、目的なのだろう。この事を、ティナに報告しないとな。HPを見る限りは半分近くは回復しているようなので、薬草の効果が効いたのだろうか。
「んじゃ、お前も後から来いよ」
「必ず行くさ」
そう言ったのを聞いて俺はティナのいる岩影へと向かった。
……向かった俺は、その近くでコメットが徘徊しているに気がつく。
「ギャアッ!」
「ゴフッ!?」
コメットからの謎の突進を受けて、腹を抑えて踞った。まさか、頭から激突してくるとは思わない。暫く踞った後、ゆっくりと立ち上がってコメットを見る。大きな尻尾をぶんぶんと振り回して、嬉しそうな表情をしている。多分。
「何すんだお前……」
「ギャウッ」
「いや、言ってる言葉は分からんけどさ」
何、動物……魔物と会話しようとしてるんだ俺は。そんなん出来るワケねぇだろ。俺は頭を掻きながら、ティナのいる方へと向かう。そして……見つけた。
岩に背をもたれさせながら、俯き、一筋の雫を流している、長い銀髪の少女。いやなんで泣いてんの。
「お、おい……」
「……ぁ…………おかえり」
静かに腕で涙を拭うと、暗い表情で、それでも笑顔で言ってくる。その様子を見て、少しだけ複雑な感情を抱く。俺はなんと言えば……どんな言葉を掛ければ良いのか……。
「怪我は……少しだけかな……無理しないでくれたんだね……」
「……おう」
ティナの返答に小さくそう応えた。……何を話せばいいか、未だに定まらない。何か、こんな表情をしてるティナに、何か言葉を掛けてやれるハズだと、そう思った。
「あのな、ティナ……」
「……何?」
キョトンとした顔でティナは言ってくる。俺は何を言えばいいか、まだ出ない。
「えと……その……なんつうんだ……」
「うん……?」
手の甲を噛みながら、思考を巡らす。どんな言葉で、どんな表情で、ティナに言葉を伝えよう……。そんな事を考えている内に沈黙は長くなり、少女の声で俺の切り出した会話は途切れてしまう。
「リューナちゃんは……? 無事なの?」
「……えっ……あ、お、おう。何ともなかった」
「そっか…………」
嬉しそうな表情をしながらも、心なしか、その表情にも陰りが見える。……何でそんな表情をしているんだろう。何がそんな表情をさせているのだろう。どれだけ思考を巡らそうとも、答えが出てこない。……だから、
「……どうした?」
どストレートで、ティナに聞いてみる。その言葉を聞いて、ティナは分からないような顔をして首を傾げた。
「何が?」
「その……なんからしくねぇっつうか……」
その言葉にティナはまたキョトンとして、俺を見た。すると、また暗い表情をする。何か、俺、悪いこと言ったのだろうか。そう思い、謝罪の言葉を言おうかどうかを迷っていた時に、ティナは口を開いた。
「……私、最低だよね……」
「……は?」
いきなりだったので、俺は聞き返してしまう。ティナの表情を見ると、今にも泣きそうな顔をしている。
「私が手伝うって言ったのに……結局は……メイさんの力、借りたんだもの……おまけに私はこんな状態だよ……? ……笑っちゃうでしょ……?」
「んな……笑うなんつーことは……」
「笑っちゃうよ……! 弱い癖に私、手伝うって言って……役立たずの弱虫で……いつも……メイさんに頼って……」
手に力が入っているのだろう。グッと地面を掴み、土を抉る。……そんなティナを見て、俺は……口を開いた。
「……頼れよ。仲間だろ」
「でも……私……私…………!」
「弱いのに、出来ないことでも、手伝おうとすんのがお前だろ。……お節介で、ドジで、それでも懸命に手伝おうとして」
そのどれも、俺には無いものだ。……だからなのかは分からないのだが、手伝うのは苦にはならない。……いや分かってるんだろうな……認めたく無いだけで。
「……」
「それを役立たずっつって何になるよ。手伝われた側はきっと、そんなこと思って無いだろうよ」
「……そんなことない……私が……馬鹿だから……!」
「あのなぁ……自分を下げるの、やめような? お前の誇れる所だろそこは」
ティナの目を見て、そう言う。相変わらず、泣きそうな顔でやんの。それに、なんで俺はこんな事を言ってるんだろうな。……慰めなんて、望んで無いだろうに。
「お前はお前のやりたいようにやれよ。助けるのは……俺だ」
「ギャウッ!」
「あとコメット」
そう言って、俺は自分の言いたいことをぶちまけた。単なる自分勝手な暴論だろうか。しかし、自分にない部分だからこそ、きっと羨ましいとか思うのだろう。そうは思ってなくても、大切にしてほしい部分だとは思う。人を信じて、すぐ手を貸す甘ちゃんなんだから。
「……」
それでもまだ、暗い顔をしている。なので、頬を引っ張って、表情を無理矢理変えた。
「ひはひひはひ!」
「いい加減気分変えろ馬鹿」
パッと頬から手を離すと、ティナは自分の頬を手で撫でる。その後、少しだけ俺を睨みながらムッとする。
「もう…………馬鹿」
「どっちがだよ」
「メイさんですー!」
イーッと挑発ぎみにティナは言った後、表情を変えて微笑んでくる。
「でも……ありがと」
「……別に、お礼を言われる事してねぇけど」
素っ気ない態度で、俺はティナに言った。……でも、力になれたのが少し嬉しくて、それで内心喜んでいたのは秘密だ。




