第六十七話 こんな軽く扱えるの
どうにかドラゴンを流血させるまで削った俺は、更に追い打ちを掛けようと、攻撃に拍車を掛けようとしていた。
「ッらぁッ!」
縦に、横に斬っていき、そしてナイフが深紅に染まる。
出血は少量だが、それでも傷は増えていくだろう。
HPはじわじわと減っていくのだ。
この世界でのHPの自然回復は存在しないか、または極端に遅い。
または眠っている時に回復するかの可能性だけだと考えている。
動いているならば尚更だ。
回復なんてするハズもない。
「このまま……! このまま!」
何事も無く、死んでいってくれ……!
攻撃せずにおっちんでくれ!
それを願い、俺は攻撃の雨を降らせる。
コメットもコメットで、アクションを起こしているようだが、視界の隅でしか捕らえられず、何をしているかまではハッキリと分からない。
「ギャォオオオオオッ!!」
咄嗟に耳を塞ぐ。
爆音とも怒号ともとれるその声が鳴り響き、俺の行動を妨害した。
瞬時にまずいと考える。
必死に耳を塞ぎながらで行動を起こし、跳躍でドラゴンから離れる。
どうやらそれが正解のようで、ドラゴンは所構わず踏み荒らし、地響きを起こしていた。
「ゲホッ……ガハッ……くそっ……風邪だか怪我だか分からんな」
血の塊を口から吐き出し、笑いながら言う。
精神状態がおかしいのか、それとも元からか……。
誰がおかしいだ。
「……今のうちに……食っとこう」
幸い、HP回復用の薬草は腐るほどある。
俺はRPGでは回復呪文を使わず、HP回復薬をマックスにしてそれで回復してた派だしな。
まぁ、後々面倒で魔法使って持ち腐れてたが。
しかし、自分が回復魔法使えないとなると、こういう行動で回復しないといけないよな。
いつでもティナに任せっきりには出来ねぇし。
「徐々にっつうのが面倒だよな……」
ゲームのように瞬時に数値が回復しない。
薬草を食べると、1ずつ回復していっているのだ。
……3秒に1ずつだろうか、そのくらいの早さで回復する。
買った意味だわまじで。
苦いし即回復しねぇし苦いし食べんの時間かかるし。
そうこうしているうちに、ドラゴンは暴れるのをやめる。
俺もHPの回復を止め、攻めに転じる。
HPは26だ。
全然だな。
額に腕を置き、いつの間にかかいていた汗を拭う。
「行くぜ……」
タンッと地を蹴り、空を舞い、ドラゴンの背へ軽々と舞い降りる。
そしてククリナイフを突き刺そうとするものの、刃が通らなくなっていた。
「……効果時間延長しておくべきだったな」
そんなこと言ってもしゃあないと諦め、ダウンガードを唱える。
そして、何発も打ち込み、ククリナイフを刺す。
ズブッと気持ちの悪い感触が俺を襲う。
最近では慣れた感覚のハズなのに、時々意識してしまうのは何故だろうか。
「よいっしょぉッ!」
縦に切り裂き、鮮血を飛び散らせる。
顔に返り血を浴びるものの、付着した血糊は腕で擦っても中々取れず、舌打ちする。
丁度、目の所に付着して鬱陶しい。
「あー……クソッ……」
悪態をつきながらも、短剣を振るうのをやめない。
やめては、いけない。
「まだか……!」
かなり斬ってるだろ!!
それでもまだ斬らなきゃならないのか!
短剣を振る力は強まり、そして、
「……ッ」
キィンッという金属音と共に、ブロンズククリの刃が折れ、飛んだ。
クルクルと刃が飛び、ドラゴンの背を滑りながら、何処かへといってしまう。
「……詰んだ……?」
……武器が、ない?
どうすれば攻撃出来る……?
攻撃魔法もない、力もない。
武力もましてや戦闘技術もない。
あるのはありったけの素早さと唯一の魔法のデバフ。
……折れたククリナイフを見て思う。
「後は……貧乏性か」
後々に使えるかもしれないと思って、素材袋に取ってあるのもいくつかある。
例えば、異世界に来て初めて手にいれた本や花瓶。
未だに何かに使えるのかもしれないと思ってしまう。
売れるか分からねぇしな。
「……そうか……何忘れてんだ俺……」
取っておいたって使わなければ意味がない。
このぶっ壊れたナイフも、使わなければただのゴミだ。
用は、使い様……。
「ゲホッ……くくっ……あははっ……」
武器が無くても、足掻いてやる……。
死にかけだからこそ、足掻く……。
「……俺の、意地汚さ……なめんなよぉおおッ!」
ほぼ柄だけのナイフを振るい、ドラゴンの背から頭部へと駆け出した。
踏み外さないように、中央を駆け、走り、そして頭へと跳躍する。
ニヤリと笑い、頭に着地。
ドラゴンの額にしがみついた。
「ギャォオオオッ!!」
「ッ……」
こんな間近で咆哮をされるとは思わなかったが、離さない。
離しはしない。
ぶちっという音を最後に、周りの音がハッキリとは分からなくなる。
……あークソッ!
頭がボーッとした為、両手で頬を思いっきし叩く。
気を取り直して、俺はドラゴンの顔へとたどり着く。
眉間辺りを這いつくばり、巨大な瞳が辺りをギョロギョロと見渡していた。
「さぁて……コイツでぇッ!」
小さく跳躍し、ドラゴンの瞳の目の前へと躍り出る。
そして、ナイフの柄を両手で持ち、その瞳に向かって……降り下ろした。
「潰れなぁあああああッ!!」
手応え……あり……!
刺したと同時に手の感覚が途絶えた。
「ッ……」
思い切り目蓋を閉じられて、肩から先が弾き飛ばされていたのだ。
全く……これで腕が飛んでくのは何回目だ?
しかもかなり遠くまで飛ばされていったのが分かる。
分かりたくねぇけど。
エリアルステップを行い、体と足だけで重心を保ちながら、ドラゴンから離れる。
HPが既に一桁の俺に、まともに相手できる余裕がない。
「────ッ!」
ビリビリと、空気の振動だけが感じられる。
おうおう……暴れすぎじゃねえの?
周囲の見境もなく、ドラゴンが暴れている。
幸運な事に村から離れていってるので、よしとしようか。
……ぁ、薬草を取れねぇ。
両腕無くなったんだったな。
「……ふぅ……ゲホッ……ゲホッゲホッ……」
風邪でもよくやった方だろ……。
これで仮面女にどやされずに済むな。
それに、餓鬼どもも無事だろうし。
「しかし、辺りの音が殆ど聴こえねぇな」
鼓膜が破れたのだから仕方ないが。
つうか、破れたの初めてだな。
そんなことを思いながら、ドラゴンを見ていると、後ろから何かがぶつかったような衝撃が加わった。
ぶつかったという程、強くはないが。
「────! ──────!」
「……ん……ぁ、ティナ……」
見るからに泣き顔になっているティナが俺に話し掛けてきていた。
更に今度は肩をポンッと、仮面女にまで叩かれる。
やっと……来たな。
「──────。────」
「聞こえねーんだよな。ちょい、耳やっちまって」
そんなことを言うとパンッと両耳を誰かに塞がれる。
グッと顔を強制的にティナと面を合わせる事になる。
「引っ張んなよ……」
「────……」
口だけが動いてるので、なんと言ってるかは分からないが、優しく話してくれているのは分かる。
「────……ぁー……あー……聞こえる……? あー……」
「……おっ……聞こえる。ってそうか、この手はヒールを唱えてたんだな」
「また……無茶して……本当に……無茶して……」
涙をポツポツと流しながら、ティナは俺に言ってくる。
なんで、泣いてくれるんだ?
別に俺がどうなろうと知ったこっちゃないハズだろ?
まぁ……ちっとばかし嬉しい気もするが。
……俺は最低だな……。
こんな考えになるなんて。
「生きてて……良かった……死ななくて……良かった……」
「心配してくれたのか……?」
「当たり前でしょ!? メイさんが死んじゃったら私……どうしていいか……ッ!」
「放浪の旅が終わっちまうからな」
ティナの家が無いしな。
まぁ、カートナード達の元に行けば大丈夫だろうけど。
「そうなったら、カートナード達の仲間になれよ。そうすりゃ、悪い暮らしには……」
「そうじゃないよッ! なんで自分の命を、こんな軽く扱えるのッ!?」
……うぇい?
どういうことだ?
「別に軽くなんて……」
「だったらこの傷は何!? その腕は何!? 体は!? HPは!? そんなボロボロにいつもいつもなって!! それで軽く扱ってないって言えるの!?」
また説教かよ……聞き飽きるぜ流石に……。
お前は俺の親かって。
「扱ってねぇって。この話はこれで終わりな」
「終わらないよ! ねぇ! もっと自分を大切にしてよッ!」
俺は早めに切り上げるつもりだったのだが、ティナの説教が何故か続く。
悪いことはしてねぇつもりなのに、なぜこうもティナは怒ってるのか?
「メイさんが……いなくなったら……」
「別にどうもなんねぇよ。俺なんか消えたって」
心の中でいつも、考えている事だ。
自分なんかいなくたって、世界はなんら支障ない。
むしろ、俺がいなくなった事で俺と接していた人はマシな方向に進むだろうと。
ま、俺は生きてるうちは生きてるからな。
他人を不幸にしようが生きていかなきゃなんねーよ。
死ぬなら今回みたいに戦って死んだりするのが理想だな。
もとの世界じゃ味わえないだろうし。
「違う……違うよ……メイさん……!」
「はいはい、違うな。よし、仮面女は……」
ティナから視線を外し、仮面女の方へ顔を向けた。
……丁度、ドラゴンの額に槍を刺して、絶命させた瞬間を俺の瞳が捉えていた。
「……笑えねー」
あのドラゴンがああも簡単に……俺の苦労って一体なんなんだ……。
そんな事を思いつつも、ドラゴンが倒された事に安堵していた。
「ま、これで一件落着だな」
両腕ないと不便だなと、伸びをする腕が無いことに気づいて思う。
そんな俺を後ろからティナは寂しげで悲しげな表情をして見ていた。




