第三十二話 殺って嫌って
鳴り響き、吹き荒れる風の音……
それが徐々に、徐々に止んでいく。
聞こえてくるのは兵士の叫ぶ声。
皆を案じる声、恐怖で怯える声、喝采をあげる声。
だが、未だ大多数の兵士が戦う事を止めようとはしていない。
私の手は震えている。
左手は相変わらずシュルちゃんに繋がれたままだけれど、そっちじゃない。
私の右腕が、震える。
剣を地につけ、路を削る。
金属の金切り声がするが、そんなことはどうでもいい。
────人を斬りたくない。
「はぁ……ッ! はぁ……ッ!」
視界の焦点がぶれる、ぶれる……
合わない。
ハッキリさせようと、頭では分かっているハズなのに。
右手は震え、剣を持つので限界。
足もまるで生まれたばかりの魔物のようだ……
立つことを知っていながら立つことが出来ず、腕を持ち上げる方法を知りながら腕が上がらない。
役に立たなきゃいけないのではないのか。
もっと……もっと人の為に尽くすのではないのか。
震えを止める……
止める……
止まって……
お願い……
止まって……!
震える体は、頬に風を感じなくなっても震えていた。
「第一部隊! そこの女、二人だッ! 特に後ろの魔法使いを優先に狙えッ! 第二部隊は王様の護衛ッ! 第三部隊は市民の安全を確保しろッ!」
兵士の誰かが言い放ち、私達の目の前にいる兵士達は皆、剣と盾を抜いてくる。
……胸が激しく脈動する。
息がこれまで以上に荒くなり、視界が霞む。
喘ぎが止まらず、どうしたらいいか分からなくなる。
どうしたら……
どうしたら……
「セレスティナちゃん! 来ますですよッ!」
「あっ……はっ……ぁ……」
左手は離されて。
右手の剣をデタラメに振り回す。
怖い……
怖い……!
怖い…………!
怖い………………!
掴んでいて……この手を……
そうじゃなきゃ……私、何を……目印にすれば……
目の前も見えない。
力無く振るうこの剣は何も乗っていない。
助けを乞いたい……
死にたくない……
まだ、生きたい……
「たす……助けて……メイ……さ……」
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私のHPが減っていた。
「ぁっ……かはっ……」
オナカニナニカササッテル
イキガクルシイヨ
「けほっ……ごほっ……」
お腹に何かが貫いている感覚。
痛いだけじゃない。
それだけでは済まない尋常じゃない痛み。
痛い。
前にナイフで刺されたとも違う感触。
痛い。
それもそのはず……
ササレテイルノダカラ
「おらぁっ!!」
乱暴に腹部に刺さった剣を抜かれ、私は、前のめりに倒れこむ。
殺したくない……
殺されたくない……
なんで私はここにいるの……
なんでこんなに痛いの……
シニタクナイヨ
イキタイノ
「ぁっ……ぁ……」
HPは半分以上を保っているのに、体は動かない。
逃げたくても、立ち向かいたくても、立ちたくても、歩きたくても。
何もかもを体は拒絶し、動きはしない。
手も……足も……肩も……顔も……
嫌……
死にたくない……
「メイ……さん……」
彼ならこの状況をなんとかしてくれただろう。
彼なら私を助けてくれただろう。
でも彼はここになんかいない。
だって……
私が決めたんだから。
「風よ……吹き飛ばせッ! スコールッ!」
うつ伏せに倒れている私の後ろで詠唱が聞こえた。
そして、前方に立っていたハズの兵士が吹き飛ばされる。
「早く立つですよッ!」
シュルちゃんが……私を助けてくれた。
こんなのじゃ私……
いない方がマシじゃない……!
立て……
立って……
立ってぇえええッ!
震える足で立ち、震える手で剣を構え、震える体で対峙する。
助けなきゃならないの……
助けなきゃいけないの……
「困ってるのに……困らせちゃったら……本末転倒だよね……」
小さな声で呟いて、自分にしか聞こえなかったであろうその言葉を杖にする。
足手まといになんかなっちゃいけないの……
それがどんな……時でも……
「はぁああッ!」
私は走る。
兵士達を倒しに……!
「────!」
誰の言葉が聞こえたのかよく分からない。
でも。
倒さなきゃいけない。
それが私の……
やるべきことだから!
「──────!」
斬る……
斬る……
魔物と同じ……ように……
斬って、斬って、斬って、斬って!
「貫いてぇええッ!」
剣を盾にしていた兵士もそんなに多くの攻撃は防げなかった。
途中で流血していたのだろうか。
私が剣で貫いた時、兵士が盾にしていた剣を滑り……
胸の……真ん中……
心臓を……
貫いた。
頭が……覚醒する。
今────自覚した。
私は……
人を殺した。
斬っただけでは飽きたらず……
──────人を、
「ころ……し……た…………?」
震える剣は兵士の銀色の鎧を貫いて、背中に通じている。
剣の色は青銅から真っ赤な真紅の色へと変わっていく。
嫌……
嫌…………
嫌………………
「いやァアアアアアアアアッ!!」
・
・
・
「あれは共闘というよりも……」
俺は目の前の現状に口ごもる。
……ティナが一方的に守られている。
そうとしか表現出来ない。
膝を崩したティナは震えている。
そのティナの目の前にはシュルネイルがいた。
杖を振りかざし、何やら魔法を唱えているのか?
シュルネイルの前の兵士、一人一人が次々と吹き飛ばされている。
だが、魔法なら何故、広範囲にやらない?
覚えてないのか?
いや……カートやリドルグの強さから言ってそれはあり得るか?
仮にレベルがティナより高いとなると……
「詠唱時間か……」
この世界の魔法とは、特定の魔法を繰り出すには、特定の言葉を発していなければならないみたいだ。
例えば……
麻痺の力、宿れ
が俺のパラライズの詠唱。
早口で言うのは問題ないみたいだが、強い範囲魔法というと、ゲーム的には詠唱も長いハズ……
てぇことは……
「稼いでやるか」
敵意を俺に惹き付ければいいだけだ。
それだけなら魔物相手に何十とやっている。
パラライズを駆使していけば、行動を遅くする事が少なからず出来る。
拳を握り、気合いを入れる。
「うっし……コメット、行く────」
「ギャウッ!」
俺が指示する前に、ティナ達のいる方向に走り出していた。
……あいつ、たまに俺の指示聞かないけどなんなんだ?
取りあえず、俺も行かなきゃならないな。
足を踏み出し、それなりの速さで走っていく。
短剣に手をかけて、兵士の群れを睨み付ける。
数は、無数と呼ぶに相応しいほどいる。
この状況をどう突破するか……
あの魔法使いを頼るっきゃねぇんだよな……
「よっ……とぉ」
跳躍し、無意味にシュルネイルの前に割り込もうとする。
こういう場面で共闘するので、上から颯爽と登場。
ってのをやってみたかった。
「スコールッ!」
着地の瞬間だった……
突如、シュルネイルの口から発せられた言葉と同時に、俺の体はあらぬ方向へと飛んで行く。
「ぉぁあああああッ!?」
きりもみしながら兵士の軍団へと飛んでいき、見事にストライクショットをかました。
俺の出現によって、沈黙が辺りに落ちる。
味方も、敵も……
何も発することが出来ない。
「……何……この空気」
いてぇ……上になんだこの扱い……
なんか風景が逆さだし。
結構気まずい……
「メイ……さ……ん……?」
沈黙を第一に破ったのはティナだった……
まるで信じられないとでも言いそうな顔だな……
「んだ? まるで死人を見たような顔して」
「だって……えっ? ……なん……で?」
「戦えないヤツは下がってろ……っと。俺が時間を稼ぐからっよ!」
俺は勢いをつけて、立ち上がり、挨拶がわりに短剣を振るう。
兵士の一人に当たり、仰け反り倒れこむ。
そしてタンッと後ろへ飛んでシュルネイルの前へと出た。
「アンタ……バカでけぇ魔法、使えるか?」
シュルネイルに話を持ち掛ける。
相も変わらず、表情の変化が見えないヤツだ。
「……驚いたですよ。勢いよく吹き飛ばされたから」
「傷口ほじくんの止めてくんない?」
声を荒げて抗議をする。
第一声がそれって結構傷つくわ。
まー……慣れてるけど。
「それで……なんでそんなこと聞くんですよ……」
顔が見えないから分からないが、疑いの目を掛けられてるのは分かる。
俺はにやっと気持ちの悪い笑みを浮かべながら話をする。
「俺が稼いでやるよ。その必要な時間を……」
「……へ……?」
「何秒で詠唱が終わる?」
にやにやと笑みを浮かべている。
攻撃を受ける心配なら、殆どない。
何故ならば、近づかせないだけで済むのならそんなの簡単だからだ。
伊達に何回もやっていることじゃない。
「二十秒……二十秒もあれば充分ですよ」
「おうけい……さて……と」
短剣でひゅっと風を切り、兵士達へ刃を向ける。
「俺を二十秒で殺せよ? さもないとアンタらの命はねぇよ」
威勢のいいことを言葉にしている自覚はある。
それだけ余裕って事だしな。
「皆、魔法使いを狙えッ! 優先だッ! 残った者は男の妨害だ!」
「数の暴力ってか!? うっざッ!」
これはイライラする……
自分の思い通りにいかなかったからだけどな。
「ギャアッ!」
「どこいってたんだお前……」
いつの間にか俺の隣で鳴いているコメットがいた。
だが、これなら少しは余裕が出るか……
「た、隊長ッ! どうしますか!? 魔物がいます!」
兵士の一人が頭に鶏冠が生えている兵士に問い出る。
鶏冠じゃねぇな。
兜によくついてる……あれだ……
えっと……鶏冠みたいな。
「ッ……魔法使いに注意しつつ、男と魔物を殺せッ! 注意しろッ! ヤツは魔物を使役しているッ!」
へぇ……あいつが命令してたのか……
なら、アイツを殺せりゃあ、少しは形勢を曲げれるか?
「暴れてこい!コメットッ!」
「ギャアッ!」
兵士らを指して、指示をする。
コメットは鳴き声をあげ、突進。
兵士の群れへと紛れ込んだ。
……大丈夫か?
「とりま、いいか……俺は俺のやるべき事を……」
路を蹴り、走り跳躍。
狙いは隊長殿。
さぁて……
「やるだけだッ!」
空からの踵落としッ!
勢いが増していき、隊長は俺の方を唖然として見ている。
「喰らえ……!」
踵は兜に当たり、少しだけ凹む。
俺の踵は痛む。
「イッ……たァ!?」
激痛が走る。
ヒビが入ってもおかしくない痛み。
じんじんと痛みを感じる……
「っく……この男を殺れッ!」
見えないが青筋を浮かべているのが分かる。
いきなり隊長に踵落としはあり得ないからか。
鼻息を荒くして、うるさい。
「殺ってみろよ……!」
若干、鼻に触るように挑発する。
これで狙いは俺とコメットくらいになっただろうか。
四方八方から剣を向けられて、俺は跳躍。
兵士の頭を足場にして、移動。
次々と足場を変えて、決まって戻るのは隊長の頭。
短剣を抜き、首を刈り切る。
他の兵士には頭だけしか触れず、隊長にのみ攻撃していく。
やはり遅い。
騎士っていうのはやっぱり素早さは低めか。
風と共に宙を駆け抜け、シュルネイルの方を見やる。
すると、杖を振り上げている……
嫌な予感がする……
「トルネイドッ!!」
女の叫びと共に、肌に今までとは違う微風を感じる。
ものっそい嫌な風だったので、俺は一旦退避。
シュルネイルの元へと戻る。
「ちょうどいい所ですよ」
「ちょうどいい所って……詠唱終わったのか?」
「はいですよ」
突如暴風が吹き荒れ、身を固める。
足をしっかりと踏み、路から外れないようにする。
やっぱファンタジーだわ……こりゃあ……
正直羨ましい。
「な、なぁっ! まだ勢い強くなるのか!?」
「勿論ですよ!」
足が浮きそうになる……
踏ん張ってはいる。
それなのに、足が正直浮きかける。
「ギャウッギャウッ」
……一瞬、竜巻に巻き込まれていた魔物を発見したが、気にする必要はあるまい……
そして、風が強くなり続ける内についに俺の体が浮いた。
「おっ……うぁ……」
まるで足を滑らせたような感覚が襲い、宙へと浮いた。
手も足も、思い通りにならず、虚空にばたつかせているだけになる。
「早く……終われって……!」
味方の攻撃で死ぬとかマジあり得ねぇからッ!
それでも無情に俺の体は暴風に連れていかれそうになる。
「メイ……メイさん!」
ふと、足に違和感を感じた……
まるで両手で掴まれているような感覚……
見ると、ティナが俺の足を引っ張ってくれている。
「ん……!!」
「む、無茶すんなッ! そんなんでお前まで飛ばされたら面倒だッ!」
「無茶……じゃない……メイさんが……頑張ってるのに……このくらい……ッ!」
ティナまでジリジリと動き出す……
こんなんじゃあ共倒れだっつうのに……!
「いいから離せッ! お前まで巻き込まれたら……誰がそいつを守るんだ!?」
「私じゃッ! 出来ないのッ! メイさんじゃなきゃ……出来ないの……」
「そんなんッ! やってみなきゃ分からねぇだろ────」
「分かってるのッ!!」
ティナの怒鳴り声に反応したように、風が徐々に弱くなっていくのを感じた。
俺の体は、勢いよく着陸し、顔面を殴打する。
「いっ…………」
無茶苦茶痛い。
顔面から入るとか中々体験出来ねぇよ。
「……良かった……メイさん……良かった……良かった……」
安堵した表情に変えてティナは言う。
さっきの怒鳴り声……尋常ではなかったな。
ここ最近聞いた声と変わらなかったんじゃねぇか?
「ギャウッ」
「お前はいつの間にいんだよ……」
ふと見れば、コメットは隣に立っていた。
つか、さっきまでぐるぐる竜巻ん中で回ってたろ!
どうやってここに来た!?
「まだ安心するのは早いですよ」
シュルネイルが兵士らを睨み付ける。
ムクッと兵士達は立ち上がってきている。
「……まだ……やるの……!?」
顔面蒼白になっているティナ……
やるっきゃねぇだろ……
まだ隊長も倒せちゃいねぇんだから。
「やるぞ……ティナ。時間稼ぎを」
俺とコメットだけじゃキツかった……
隊長ってヤツも馬鹿だといいのだが、そうではないだろう。
一度は挑発に乗ってくれたが、今度も乗ってくれるかと言うと厳しい。
「手伝ってくれ」
俺の言葉にティナは……
「……ごめんね……出来ないよ……!」
否定という言葉を選んだ。




