蒼の章・狂ったシナリオの夜(前)
お久しぶりでございます。
まだ、再就職はしてませんがちょっと書きためたのだけ投稿しますね。
狂ったのは私なのか、それとも貴女なのか。
この恋情は、まるで煉獄のように私の心を苛み、身を焦がす。
仮面に口づけを、眠れぬ夜に乾杯を
この日、この時に貴女があれば、私は何も構わない。
優しさの檻に貴女を繋ぎ、杯に美酒を満たしましょう。
貴女が望むなら、私の全てを捧げ、光あれかしと神に祈り歌いましょう。
さあ、幕を開けて愛しい人よ。
今夜も狂わしい舞踏会のはじまりだ!
─響き渡る甘いテノールの歌声と共にその舞踏会は幕をあけた。
「ぶ、舞踏会!?」
「ああ、君にパートナーになってほしいんだ。」
「っ…!」
思いもよらない誘いに、ルナは困惑した。
「仮面舞踏会」は、クラウスルートのライバル
、カーリア・オシュテンと期末テストの順位を競い、勝って漸く手にする事ができる重要イベントだ。
それをあっさりクラウスから誘われるなんて、何かのブラフと勘違いしても可笑しくない。
「クラウス様、そのいきなりで良くわからないのですが、何故私なのですか?」
「おや?気になる?」
やや、面白そうな笑顔にルナはキュッと唇を引き締める。
これは、何かのブラフに違いないと真剣に考えているルナだが、残念ながらクラウスは素で誘っている。
どこかのツンギレのように拗らせるつもりはないのだが、彼女の表情をみてクラウスはすんなりといきそうもないなと判断して、プランを切り換えることにした。
「…君はラハル・ノールの物語を知っているかな?」
「…嫌われた貴族令嬢と、美しすぎた王子の物語話ですよね?」
ラハルは6世代前の実在した王子で、後に王となる青年であり、ノールはその妻になり、王妃となった少女である。
ルナが大好きな物語で、週に一回は必ず読むラブストーリーだ。友人達はラハル・ノールの物語はあまり好きではないようだ。
何故なら、ノールは稀代の悪女だったからだ。
王妃としては賢妃だったが、人間性は非常に残忍で、悪事をしたとはいえ、自分の両親を斬首刑に追い込みその首を晒し、妹を娼婦にまで落としたうえで、火炙りの刑に処した冷酷な女性だった。
なぜ、彼女が王妃となれたのかは、皮肉な事に妹と両親を告発したからである。
ノールの腹違いの兄が家を継ぎ、ノールはラハル王子に溺愛されてハッピーエンドを迎えるが、何分史実だから後味が悪い。
肉親を平気で殺すヒロインが好きかと聴かれたら遠慮したいというのが、一般の意見である。
でも、中々に深い話なのだ。その時代の風潮や事件がリアルに書かれているし、美しいが昼行灯な王子にペースを乱されていく冷徹ヒロインの恋模様が実に面白い。
クラウスは何が言いたいのか解らず首を傾げると、クラウスは口の端を吊り上げて、ゆっくりとした動作でルナの髪の毛に手を伸ばした。
「《ああ、君の髪は本当に美しい…》」
「っ!?」
うっとりとした、やや芝居がかった声は…かつて、数多くのファンを失神させた魅惑のボイスだった。
ルナは腕を掴まれ、引き寄せられると、腰を抱えこまれ頤を持ち上げられる。
あまりの早業に、ルナは混乱した。
「《…鈴蘭の香りがするね。摘み取ってしまうのが惜しいな》」
(まさかの、囲まれる中庭のシーンだとッ──!?)
因みにここはじめじめした裏庭である。
だが、ルナはそれどころではない。
普段、のほほんロールキャベツ男子のラハル王子に、ノールが壁どんされるラブシーンを、クラウスは再現しているのだ。
これは、普通の男子や、不細工がやったら顰蹙を買いそうなシーンだが、再現しているのは、ラハル王子に勝るとも劣らない、美しいクラウスだからこそ、いたたまれない。
蛇の生殺し状態に、うっかり昇天してしまいそうなルナは、足腰に力をいれて何とか踏ん張る。。
恐るべし王家DNA。
「く、クラ…っ」
「《…その唇を閉じないと…私が閉ざすよ?》」
「…ぁっ」
(ぎゃあああああ!!耳がぁ耳がぁ)
クラウスの唇が、耳朶に微かに触れ、やや掠れた声に彼女はム〇カになった。
滅びの呪文をうっかり叫びそうになるのをこらえているが、彼女の心臓は既に某ウルト○星人なみに点滅している。
チョロインのレッテルが貼られそうなぐらい、彼女は陥落寸前だ。
真っ赤にそまった白い肌に、今にも泣き出しそうな潤んだ瞳、プルプルと震える様はクラウスの嗜虐趣味をくすぐるのを知ってか知らずか、上目で「もう、やめて!」と訴えると、クラウスは追撃の手を緩めて、ルナを解放した。
「──君、僕の声に弱いでしょ?」
「!!(ギクゥ)」
「もし、パートナーになってくれたら、君が図書館で、週一で借りてるラハル・ノールの物語全12巻をプレゼントしよう。」
「こ、拒んだら?」
「ん?」
「いや、だから、誤魔化さないで下さい」
「ん、そうだな。全巻のラハルのラブシーンを今のように再現してあげるよ?もちろん君の耳元で─好きなんでしょ?ラハル・ノールの物語」
「か、勘弁してくださぃぃぃい~!!」
本気で泣き出した情けない少女の声が、湿った裏庭に盛大に響き渡った。
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「クラウス、そのほほはどうしたんですか?」
「うーん、ちょっと悪戯がすぎたかな。」
「何してるんですか、貴方は。」
心底呆れたように言うとキースはクラウスの頬に手を当て、腫れた頬の熱と腫れを取り除く。
「女の子って…難しい生き物だよね。」
「おや?珍しいことをおっしゃるのですね。」
「うん、一筋縄ではいかないんだよね。駆け引きとか向かない子なのに…天然で翻弄するタイプはだからね。中々に難しいね。」
難しいと言いながら、どこか楽しそうなクラウスにキースは、珍しいと驚いた。
いつも、大人っぽい彼がやけに子供のようなあどけない表情を浮かべている。
前のクラウスなら絶対にしない…寛いだ表情にキースは苦笑を漏らした。
「クラウス、あまり相手を追い詰めてはだめですよ?」
キースの忠告に、クラウスは目を細め、先程まで腫れていた頬を軽くなでた。
『クラウス様は、不公平です』
『不公平?』
『はい。クラウス様とダンスしたい人はたくさんいるのです。私がパートナーとして不満を持つ人も、泣いてしまう人も当然でると思います。』
『つまり君は、周りを気にしているのか。君の気持ちはどうなの?』
『…っお、踊りたいです。…クラウス様と』
『なら、』
『でも、だめなんです!それでは』
『…君は何が言いたいの?』
理解に苦しむように、クラウスは彼女をみると、彼女の瞳はどこまでも真っ直ぐに彼の瞳を見つめていた。
『…私、正々堂々とクラウス様と踊りたい。誰からも依怙贔屓だとか、クラウス様をたぶらかしてパートナーになったなんて言われたまま、クラウス様の横に並びたくないのです。』
『…言われているの?』
『…っとにかくです、次の定期試験で二位以内に入ればクラウス様のパートナーになります!』
潔いほどに、澄んだその声が堪らなく愛らしかった。
頬を真っ赤にそめて、頑張ると意気込む彼女につい錯覚をしてしまう。
彼女はクラウスのものではないのに。
卑怯だ。あんなに、自分に会いに来ておいて、此方が攻めれば途端に逃げ腰になる。彼女は自分をどう思っているのだろうか?と腹のそこがぐるぐると渦巻く。
恋の駆引きを知らぬ天然さが予想外で、かえって攻めにくい。
(なんだ、あの可愛い生き物。)
クラウスは口許を押さえる。あの生真面目な優等生かがあんなに嬉しそうに笑って、「クラウス様と、踊りるために頑張ります。」って…あれは卑怯だ。
思わず抱き締めたら、頬に一発くらってしまった。
泣きながら謝られたから、きっと咄嗟の事だったのだろう。
「…本当にままならないね。」
「貴方はまだ良い方ですよ。僕なんて…十数年も翻弄されているんですから。」
「それはそれは、君も大変だな。」
「うぅ…。」
泣き崩れるキースを尻目にクラウスは密やかに微笑んだ。
「……早く堕ちてくれるといいね。」
それはキースへの励ましなのか、それとも彼女への要望なのか…酷く優しい声音でクラウスはそう呟いた。