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涙の上に  作者: ぬるま湯
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 夢を見た。

 今でもはっきりと思い出せる部屋。はじめに引き取られた春子叔母さんの家だ。

 台所でフライパン片手にこちらに向かって微笑んでいる。顔ははっきりと見えない。だがにこやかな空気をまとっているのが夢の中なのにはっきりと感じられる。

 数年前まで慣れ親しんできた叔母さんの家の懐かしい家具たち。背もたれに傷のあるいす。薄緑の花柄の急須。手をのばせば届く。なのに夢の中の自分は触れようとしない。もどかしくて仕方ない。ああ、どこに行くの、ここには春子叔母さんがいるのにーー。

 あたしの足は気持ちとは裏腹にゆっくりとその場を離れてゆく。叔母さんが見えなくなる。

 階段にさしかかり、そのまま上がっていく。二階につくはずなのに、見えた景色はなぜか寺のものだった。

 向こうから誰かがやってくる。また顔ははっきりと見えない。

 ああでも、知ってる人だ。あの人。


「りくと、さん……」


「はいよ」


 途端、夢と現実を隔てていた薄い膜のようなものがぱちんとはじけた。


 なに? なんか、重ーー


「きゃああああああ!!??」


 あたしは布団からばっと飛び出した。

 机に思い切りぶつかったが、そんなことを気に留める余裕もないほどに、とにかくびっくりして目を見開いていた。


「朝からいい反応、ほんっとおもしろいわ」


 悪気ゼロの眩しい笑みをむけてきたのは紛れもない陸斗さんだった。


 そうだった。陸斗さんはもう以前の陸斗さんじゃないんだった。


「……っ、……っありえない!」


 最大限のにらみをきかす。効果なし。

 あたしが怒れば怒るほど、陸斗さんはそれを楽しそうに見るのだ。

 恥ずかしさと怒りと、なんだかよくわからない感情がごちゃまぜになって半分涙目になる。


「うなされてたから大丈夫かと思って見にきただけ。そんな驚くなよ」


「心配したら、人の上に乗るんだ。知らなかった」


 混乱をおさえて精一杯言い返したつもりだ。だが彼は聞き流して部屋を出て行った。


 ああーーっ、もう!!

 朝っぱらからこんなんだったら心臓もたないよ!!



 結局、逃げるようにして寺を出た。自転車をこぎながら、さっきまで見ていた夢を思い出す。

 懐かしい夢だった。たとえ夢でももう一度あのあたたかい思い出に触れられて泣きそうになった。

 でも惜しい。もっと見ていたかった。

 起こされさえしなければ。







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