第13話「最初のホテルマン」
聖騎士団がHotel Aequitasを再び訪れるまで、あと三日。
そして同じ日、黒衣の客はこのホテルを出る。
昨夜そう告げられてから、私はほとんど眠れなかった。
「……最悪だ」
翌朝。従業員用宿舎の鏡に映っていたのは、見事な寝不足顔だった。
目の下にはうっすらと隈。髪も若干まとまりが悪い。ホテルマンとして客前に出るには、少々よろしくない仕上がりである。
冷たい水で顔を洗い、無理やり眠気を追い出す。制服に袖を通してネクタイを締め直すと、どうにか見られる程度にはなった。
それでも頭の中は昨夜からずっと同じことを考えている。
――あの手紙を書いた人間は、私と同じ世界から来たのか。
――なぜHotel Aequitasを作ったのか。
――そして、なぜ帰れなかったのか。
何より最後の一つが気になった。
もし彼が私と同じように別世界から来た人間だったとして、元の世界へ帰れなかったのなら。
私は?
「……いや、朝から考えることじゃないな」
考えたところで答えは出ない。
今夜、黒衣の客が話すと言った。それなら今は待つしかない。
私は両頬を軽く叩いた。
「仕事、仕事」
そう呟いて部屋を出た。
◇
Hotel Aequitasのロビーは、昨日あれほど物々しい騒ぎがあったとは思えないほど、いつも通りだった。
巨大な正面玄関から朝の光が差し込み、宿泊客たちが次々とチェックアウトしていく。翼のある者、全身を毛に覆われた者、半透明の身体を持つ者。最初こそ驚いていた光景も、最近ではすっかり見慣れてきた。
慣れとは恐ろしい。
半透明の客が荷物を持って歩いているのを見ても、「どうやって持ってるんだろう」くらいしか思わなくなっている。
「おはようございます」
フロントへ入ると、ナナリーがこちらを見た。
「おはようございます、ナナサキ。……眠れませんでした?」
「どうして分かるんです?」
「顔です」
「そんなに酷いですか」
「接客に支障が出るほどではありません」
「絶妙に嬉しくない評価ですね」
ナナリーは小さく息をつくと、一枚の業務表を私へ差し出した。
「本日は午前中、チェックアウト補助。その後はベル業務に入っていただきます」
「ベル?」
「はい。昨日までフロント業務が中心でしたから」
なるほど。
ホテルのベルスタッフとは、主に宿泊客の荷物を預かったり、客室まで案内したりするポジションだ。ホテルによって業務範囲は異なるが、玄関やロビー周辺で客を迎える重要な役割でもある。
私の元いたホテルにも、もちろん存在した。
ただし――。
「こっちのベルって、絶対普通じゃないですよね」
「何をもって普通とするかによります」
「その返答でもう嫌な予感しかしない」
背後から笑い声がした。
「大丈夫だって。荷物運ぶだけだから」
振り返ると、サンディーがいた。
「昨日も“チェックインするだけ”みたいなこと言ってませんでした?」
「言ったか?」
「言いました」
「覚えてないな」
「便利な記憶ですね」
サンディーは楽しそうに笑いながら私の肩を叩いた。
「まあ頑張れ、新人」
「支配人なんだから助けてくださいよ」
「もちろん。本当に困ったらな」
その“本当に”の基準が非常に怖い。
◇
午前十一時。
チェックアウトが最も集中する時間帯を迎え、フロントは一気に忙しくなった。
「508号室、チェックアウトです」
「承知いたしました。ご滞在はいかがでしたでしょうか」
「とてもよかったよ」
見覚えのある甲殻族の老人だった。
第10話――私が初めてチェックインを担当した日に、高層階から低層階へ部屋を変更した客だ。
「ああ、君か」
老人も私に気づいたらしい。
「人間のホテルマン」
「アラタです。そろそろ覚えていただけると嬉しいです」
「はっはっは。そうだったな、アラタ」
老人は楽しそうに笑う。
「五階の部屋、快適だったよ。ありがとう」
「それはよかったです」
自然と笑顔になった。
こういう瞬間は、やっぱり嬉しい。
以前の私は、それを忘れていたのだろうか。
「また来るよ」
「ぜひお待ちしております」
私は一礼し、老人がロビーを出ていくのを見送った。
その背中を眺めていると、隣からナナリーの声が飛んでくる。
「ナナサキ」
「はい」
「感傷に浸るのは結構ですが、次のお客様がお待ちです」
「すみません!」
余韻、約三秒。
ホテルは忙しい。
◇
昼過ぎから、私はベルスタッフとして正面玄関付近へ配置された。
そこで待っていたのが、チーフのアシュリー・D・マリアネットだった。
「よろしくね、アラタ」
「お願いします」
「まず基本。お客様が到着したら荷物を確認。勝手に触らない。必要なら客室まで案内する」
「そこは元の世界と同じですね」
「そうなの?」
「はい」
「じゃあ簡単ね」
「……その言葉、最近信用できなくなってるんですよね」
アシュリーが首を傾げる。
「どうして?」
「この世界で“簡単”って言われた仕事、一回も簡単だったことないので」
「大丈夫よ」
アシュリーは満面の笑みで答えた。
「今日は大型種の団体予約が入ってるだけだから」
「ほら!」
絶対何かあると思った。
その予感は、十分後に的中した。
ホテル正面に到着した巨大な魔導車両から降ろされた荷物を見て、私は言葉を失った。
「……これは荷物ですか?」
「荷物よ」
「岩じゃなくて?」
「荷物」
私の身長ほどある巨大な金属製の箱が、ずらりと八個並んでいる。
どう見ても一個数百キロはある。
「これを?」
「運ぶ」
「私が?」
「みんなで」
「ああ、よかった……」
一瞬、この世界のホテルマンには筋力まで要求されるのかと思った。
実際には専用の魔導台車があった。
荷物を載せると、重量を軽減する魔法が働くらしい。異世界文明、こういうところだけ妙に便利である。
「最初からこれ出してくださいよ」
「驚くかなと思って」
「チーフまでサンディーさん化してません?」
「それは嫌ね」
「本人に聞かれたら怒られますよ」
「アラタが言ったことにするから」
「上司が強い!」
そんなやり取りをしながら、私たちは荷物を運び始めた。
Hotel Aequitasは今日も通常営業。
昨日、国家規模の組織から事実上の最後通告を受けたホテルとは思えない。
宿泊客を迎え、荷物を預かり、客室を整え、料理を出す。
スタッフも不安ではないのだろうか。
私は台車を押しながら、アシュリーへ尋ねた。
「怖くないんですか?」
「何が?」
「聖騎士団です。三日後、また来るんですよね」
アシュリーは少しだけ黙った。
「怖いわよ」
意外だった。
いつもの調子で「別に」とでも言うと思っていた。
「じゃあ、どうして普通に?」
「普通にしてないと、お客様が不安になるでしょう?」
アシュリーは前を向いたまま答える。
「ホテルって、お客様が安心して休む場所じゃない。スタッフが全員怯えた顔してたら、休めないでしょ」
「……なるほど」
「だから笑うの」
アシュリーがこちらを見る。
「ホテルマンだから」
最近、この言葉をよく聞く。
ホテルだから。
ホテルマンだから。
最初は何でもそれで押し切っているように聞こえた。
でも今は、少し違う。
たぶんこの人たちは、それを言い訳にしているんじゃない。
誇りにしているのだ。
「アラタも、最近いい顔するようになったわよ」
「そうですか?」
「うん。最初は“今すぐ辞めたいです”って顔だった」
「実際、ホテル業界から転職する途中で死にましたからね」
「重い話をさらっとするわね」
「もう死んだものは仕方ないので」
「それもそうね」
「納得するんだ……」
異世界の死生観は、まだよく分からない。
◇
その日の業務を終えた頃には、二つの月がフレーレオの空へ昇っていた。
私は従業員通路ではなく、宿泊フロアへ向かっていた。
手にはいつものトレイ。
月蜜のホットドリンク。
ただし今夜は、仕事だけが目的ではない。
約束がある。
黒衣の客は昨夜、私に言った。
――お前に話しておく。
人間のこと。
Hotel Aequitasのこと。
手紙を書いた人間が何者だったのか。
なぜこの世界へ来て。
そして。
なぜ帰れなかったのか。
客室の前に立つ。
私は一度、深く息を吸った。
そして扉を叩く。
「失礼いたします。アラタです」
「入れ」
いつもの声。
扉を開けると、黒衣の客は窓辺に座っていた。
二つの月を背負うその姿は、初めて会った夜とほとんど変わらない。
「お飲み物です」
「そこへ」
「はい」
月蜜を置く。
今日は冗談を言わなかった。
向こうも、それに気づいている。
「聞きたいか」
先に口を開いたのは彼だった。
「……はい」
「後悔するかもしれん」
「それでも」
私は黒衣の奥にある瞳を見た。
「知らないままの方が嫌です」
彼はしばらく私を見つめ、それから小さく息を吐いた。
「座れ」
「勤務中なんですけど」
「長くなる」
「……じゃあ失礼します」
今夜だけは許してもらおう。
私は向かいの椅子へ腰を下ろした。
「まず」
黒衣の客が口を開く。
「あの手紙を書いた人間についてだ」
私は黙って頷いた。
「お前が読んだ通り、あいつはこの世界の生まれではない」
やはり。
胸の奥が大きく脈打つ。
「私と同じ世界から?」
「それは分からん」
「え?」
「お前とあいつが同じ世界から来たという証拠はない。文字が同じ。それだけだ」
確かにそうだ。
英語が存在するからといって、私と完全に同じ世界とは限らない。
「では、どこから?」
「本人も分からなかった」
「……どういうことです?」
「突然だったらしい」
黒衣の客は窓の外へ目を向けた。
「気がついた時には、この世界にいた」
私は息を呑んだ。
似ている。
あまりにも。
「森で?」
「違う。荒野だ」
「事故は?」
「知らん」
「死んだと言っていましたか?」
「いや」
そこは違う。
私は交通事故で死んだ――少なくとも、自分ではそう認識している。
だが彼は、死んだかどうかすら分からない状態でこの世界へ来た。
「名前は?」
ついに聞いた。
何度も尋ねて。
そのたびに避けられてきた質問。
黒衣の客は黙った。
長い沈黙だった。
けれど今回は、拒絶ではなかった。
忘れていた記憶を、遠い場所から拾い上げているように見えた。
「……ノア」
「ノア?」
「ああ」
黒衣の客は静かに言った。
「ノア・ウィンスレット。それが、あいつの名だ」
ノア・ウィンスレット。
Hotel Aequitasの歴史に深く関わった、かつての人間。
私はその名前を、忘れないよう心の中で繰り返した。
「ノアは、ホテルマンだったんですか?」
「違う」
「前にも言ってましたね。旅人だったって」
「ああ。ただし本人は、自分を旅人だとは思っていなかった」
「じゃあ?」
黒衣の客の口元が、ほんのわずかに緩んだ。
「迷子だと言っていた」
「……迷子」
「この世界へ来た初日に、帰る場所も分からない自分は迷子以外の何者でもない、と」
「なんというか……」
親近感がすごい。
私だって、最初は森の中を彷徨っていただけだ。
「最初から立派な人だったわけじゃないんですね」
「立派?」
黒衣の客が鼻で笑った。
「程遠い」
「そんなに?」
「弱い。魔術は使えない。剣も使えない。野営もできない。魔獣を見れば逃げる」
「……普通の人だ」
「さらに金もなかった」
「致命的ですね」
「三日ほど食事も取れず、街道で倒れていた」
「Hotel Aequitasの創設に関わる人ですよね?」
「そうだ」
「始まりが情けなさすぎません?」
「本人にも言った」
私は思わず笑ってしまった。
伝説の人間。
Hotel Aequitasの理念を作った人物。
勝手に、もっと英雄のような存在を想像していた。
でも。
違った。
ただの人間。
弱くて。
何も知らなくて。
この世界に放り出された。
私と。
同じように。
「あなたとノアは、どうやって出会ったんです?」
笑いが消えた。
黒衣の客は月蜜へ手を伸ばしたが、飲まずにカップを見つめた。
「私が拾った」
「……拾った?」
「街道に落ちていた」
「人を落とし物みたいに言わないでください」
「事実だ」
「倒れてたんですよね?」
「ほぼ死にかけていた」
「助けたんですか?」
「ああ」
「優しいじゃないですか」
「気まぐれだ」
「またまた」
「殺すぞ」
「お客様、その発言は館内規則に抵触する可能性があります」
「…………」
「…………」
黒衣の客が黙った。
私は勝ったと思った。
「……お前」
「はい」
「ホテルマンらしくなったな」
「ありがとうございます」
「褒めていない」
でも私は少し笑った。
たぶん、今のは半分くらい褒めていた。
「それから?」
「仕方なく連れていった。近くの集落へな」
「そこから一緒に旅を?」
「まさか」
即答だった。
「置いていった」
「薄情!」
「助けただけでも十分だろう」
「まあ、それはそうですけど」
「だが」
黒衣の客が言葉を止める。
「数日後、別の街でまた会った」
「偶然?」
「ああ。そして、その一月後にも」
「すごい偶然ですね」
「その次は三月後だった」
「……」
私は少し考える。
「それ、本当に偶然です?」
「私もそう思った」
「ですよね」
「だから聞いた。私を追っているのか、と」
「ノアさんは?」
黒衣の客の口元が。
わずかに。
確かに笑った。
「“道が同じだけだろ”」
私は吹き出した。
「絶対嘘でしょう、それ」
「私もそう言った」
「で?」
「殴られた」
「ノアさん、強い!」
「弱い」
「あなたを殴ったんですよね?」
「攻撃ではない。腹を立てて腕を叩いただけだ」
「それでも度胸あるなあ……」
私は笑いながらも、気づいていた。
黒衣の客の声が。
いつもと違う。
穏やかだ。
何百年。
何千年。
どれほど昔なのか分からない。
それでも。
ノアという人間との旅を。
大切に覚えている。
「……友達だったんですね」
私は言った。
黒衣の客の表情が、わずかに止まる。
「違う」
「またまた」
「違う」
「じゃあ何です?」
「腐れ縁だ」
「それ、だいたい友達が言うやつですよ」
「黙れ」
怒られた。
◇
「ノアは帰ろうとした」
しばらくして、話は本題へ戻った。
私は背筋を伸ばす。
「やっぱり」
「あいつはこの世界へ来てから、元の世界へ帰る方法を探し続けていた。魔術師、学者、神官、古代遺跡。考えられるものは全て調べた」
「見つからなかった?」
「いや」
黒衣の客の答えに、私は固まった。
「……え?」
「見つけた」
心臓が跳ねる。
「帰る方法を?」
「可能性だ」
「それでも!」
思わず身を乗り出す。
「どうやって!?」
「落ち着け」
「無理です!」
帰れる。
その可能性が。
本当に。
この世界にある。
「方法は?」
「分からん」
「え?」
「私には理解できなかった」
「どういう……」
「あいつは古代の文献から、世界と世界の間に“門”が存在すると考えた」
「門……」
「場所も特定した」
「どこです?」
「現在の地名で言えば」
黒衣の客が私を見る。
「フレーレオの北方だ」
近い。
少なくとも。
世界の果てではない。
「じゃあ、ノアさんはそこへ?」
「ああ」
「帰った?」
私は聞いた。
だが。
答えは。
もう知っている。
黒衣の客は。
ゆっくり首を横へ振った。
「帰れなかった」
「……なぜ」
「門は開いた」
「え?」
「確かに」
黒衣の客の声が。
低くなる。
「あいつの目の前に、元の世界へ繋がるはずの道が現れた」
だったら。
なぜ。
「ノアさんは入らなかった?」
「入れなかった」
「どうして」
黒衣の客は。
答えるまでに。
少し時間を置いた。
「門が」
静かな声。
「ノアを拒んだ」
「……拒んだ?」
「ああ」
「何で?」
「分からん」
胸の中に。
冷たいものが落ちる。
「じゃあ」
私は。
恐る恐る聞く。
「ノアさんは、そのままこの世界に?」
「ああ」
「……それで」
手紙。
最後。
――今度こそ、帰れるといいな。
意味が。
変わる。
あれは。
未来の人間へ。
自分が叶えられなかった願いを。
託した言葉。
「ノアさんは」
私は聞いた。
「諦めたんですか」
「いや」
黒衣の客は即答した。
「最後まで諦めなかった」
「じゃあ」
「だが」
そこで。
声が変わった。
「帰ることより」
一拍。
「やるべきことができた」
私は。
何も言わない。
「あいつが門を探していた頃、この地方では二つの勢力が争っていた」
「敵同士」
「ああ」
分かった。
「雨の日……?」
黒衣の客が。
ゆっくり頷く。
「そうだ」
全て。
繋がり始める。
元の世界へ帰ろうとしていた人間。
ノア・ウィンスレット。
その旅の途中。
激しい雨。
敵対する二つの集団。
街道。
壊れかけた宿。
――今夜だけは、同じ屋根の下で眠れ。
「その夜」
黒衣の客が言う。
「Hotel Aequitasが始まった」
私は。
静かに。
息を吐いた。
「じゃあ、ノアさんがホテルを?」
「最初からホテルを作るつもりなどなかった」
「え?」
「あいつがやったことは」
黒衣の客は。
少しだけ。
懐かしそうに。
言った。
「翌朝」
「はい」
「壊れた屋根を直しただけだ」
「……屋根?」
「ああ」
「それだけ?」
「それだけだ」
私は。
ぽかんとした。
壮大な。
Hotel Aequitas創設。
その第一歩。
屋根の修理。
「なぜ?」
私が聞くと。
黒衣の客は。
かつての人間が口にした言葉を。
そのまま。
私へ伝えた。
「――“また雨が降った時、誰かが困るだろ”」
その瞬間。
胸の奥が。
妙に。
温かくなった。
英雄じゃない。
王でもない。
偉大な魔術師でもない。
ただ。
次に来る。
名前も知らない誰かが。
雨に濡れないように。
屋根を直した。
それだけ。
でも。
もしかすると。
ホテルという場所は。
そういうものなのかもしれない。
まだ顔も知らない。
明日来る客のために。
今日。
部屋を整える。
ベッドを作る。
食材を仕込む。
予約を確認する。
壊れたものを直す。
全部。
まだ来ていない。
誰かのために。
「……最初のホテルマン」
私は。
小さく呟いた。
「何?」
「いや」
少し。
笑う。
「ノアさん」
窓の外。
Hotel Aequitas。
巨大な建物。
無数の客室。
明かり。
その全てが。
一枚の屋根から。
始まった。
「最初のホテルマンだったのかもしれないなって」
黒衣の客は。
何も言わなかった。
ただ。
月蜜のホットドリンクを。
ゆっくり。
一口。
飲んだ。
そして。
「……本人が聞けば」
静かに。
「絶対に否定するだろうな」
私は。
笑った。
「なんとなく分かります」
だが。
その笑いは。
長く続かなかった。
「アラタ」
「はい」
「ここから先は」
黒衣の客の声が。
再び。
重くなる。
「Hotel Aequitasが作られた理由ではない」
「……?」
「なぜ」
彼は。
私を見た。
「人間が」
部屋の空気が。
冷える。
「この世界から消えたのか」
私は。
笑顔を消した。
「ノアさんと関係が?」
「ある」
「……」
「そして」
黒衣の客は。
静かに。
告げた。
「私が聖騎士団に追われている理由とも」
一拍。
「同じだ」
私は。
何も言えなかった。
聖騎士団が再び来るまで。
あと二日。
Hotel Aequitasの過去と。
この世界から消えた人間。
そして。
目の前にいる黒衣の客。
今まで。
別々に見えていた謎が。
ようやく。
一つへ。
繋がろうとしていた。
――第13話 完




