第3話「白き雪のプリンセス」(4)
階段を一つ、二つ降りて廊下をしばらく歩いた。すると廊下の先には少し開けた空間が見え、あたしはそこに向かって歩を速めた。そして
「うわぁ……」
そこは屋根の無い開放的な庭園だった。吹き抜けの廊下と建物に囲まれ、広がるのは彩色豊かな花々の群だ。その間を大理石の石版や砂利によって作られた道が通っており、庭園の中心部には白い簡易なテーブルと椅子が置かれていた。
トン……トン……
整備された道を石版から石版に飛び移るようにしながら進んだ。歩きながら周りを眺める。花がらや傷んだ葉も詰まれており、しっかりと手入れはされているようだ。今しがた水を与えられたのか、花々は水滴をその身に纏いながら光っている。
綺麗だな。と思った。
花の観覧をしながら歩き……時折立ち止まってはまた歩き……やがて中心に着いた。テーブルを見るとやはり綺麗に汚れなどはふき取られた状態だった。
(誰かいるのかな?)
そう思って辺りを見渡すと
(あ……)
いた。
花々の向こう側に白いレースのリボンが顔を覗かせひらひらと揺れている。メイドさんが花の手入れでもしているのだろうか?
あたしはその正体を確かめるべく花々の裏に回ろうと石畳の道を歩き、丁度その曲がり角に達したところで
「きゃあっ!」
急に聞こえてきたのは悲鳴だった。そして
「あ……危ない!」
「え?」
と、曲がり際にあたしの視界に飛び込んできたものは
「はさ……み……?」
あたしがその姿を捉えた時にはもう、回転しながら飛んできたそれはあたしの胸元に……
ドスッ
「ぬぅぅぁああんじゃぁあくぉりゃああああああああっ!?」
白の守護者――――完――――
(そんなわけあるか)
頭の中にあの謎の少女の声が響いた気がした。(多分きっとおそらく間違いなく幻聴)
「ハッ!」
あれ? 生きてる。
思わず閉じてしまっていた目を開く。尻餅をついてしまったようだが、どうやらあたしは生きているらしい。飛んできた鋏が胸にグッサァ! って行った気がしたから死んだかと思った……。
確認に胸を触ってみる。少しばかり痛みは残っていたが、見れば鋏は足元に転がっており、制服も少し汚れている程度で血が滲んでいる様子は無い。ああ、きっと柄のほうが当たったんだな。助かった……。
「大丈夫ですか。」
メイド服の少女が駆け寄ってきた。
「うん、なんとかね。」
死んだかと思ったけど、とおしりの砂を払いながら立ち上がる。そしてあたしが初めて間近に見た少女の姿は
(うわぁ……)
思わず感嘆が出るほどの美しさを持った少女だった。
風に流れ輝く、黒檀のように黒く長い髪。雪のように白い肌。それでいて唇は血のように赤い。
まるで童話の中の白雪姫を髣髴とさせるような……。
そんな少女がその綺麗な瞳であたしを覗き込み
「あの……本当に大丈夫ですか?」
「え……あ、うん。本当大丈夫だから!」
思わず見とれてしまっていた。それをばれまいとあたしは慌てて話題をすり替える。
「そういえばどうして鋏を飛ばしちゃったの?」
「すいません……その……そこでお花の手入れをしていたんですが……」
なるほど、あのときメイドキャップが揺れていたのはしゃがんで作業をしていたからか。作業中に何かトラブルでもあったのだろうか? 例えば虫が出てきたとか……
「傷んでいた枝葉があったので、鋏で切ろうとしたら……鋏が飛んで行っちゃって……」
「……?」
あれ? 聞き逃したかな? 明らかに過程が飛んでいるような……
「ごめん、もう一度言ってもらって良い?」
「はい。ですから傷んでいた枝葉があったので、鋏で切ろうとしたら……鋏が飛んで行っちゃって……」
「…………えっと……傷んでいた枝葉があったから鋏で切ろうとしたんだよね?」
「はい。」
「そしたら飛んで行ったの?」
「はい。」
「その間は?」
「?」
首を傾げられた。
「えっと……『枝を切る→鋏が飛んでいく』の間は?」
「?」
首を傾げられた。
「その……虫に驚いた! とか小石に躓いた! とかなかったの?」
「いえ別に……切ろうとしたら飛んでいったんですけど……。」
「うん、分かった……。」
どうやらこの問答は無駄なようだと気がついた。
暖簾に腕押し、ぬかに釘、三途の川で人工呼吸ってやつだな。うん。
こんな感じであたしが悶々している間も少女はきょとんとしていた。くそう、これが茜だったらチョークスリーパー物だが……この子は許しちゃおう。だって可愛いし。
「あの、お詫びといっては何ですが……」
と、そんなあたしに向かって少女は
「お茶でも如何ですか?」
何時の間にか取り出したティーポットとカップを掲げ言った。
どこから出した!? とはつっこまない。
だって、可愛いし。
庭園の中心部のあのテーブルにあたしと少女は向かい合って座った。
「初めまして、私はクリスティナと言います。クリスと呼んでいただいてかまいません。」
クリスが二人分のカップに紅茶を注ぐ。
「どうぞ。」
そこに白い花びらが浮かべられ、あたしの前に差し出された。
「ありがとう。」
あたしはそれを受け取りカップに口をつけた。熱い液体が喉を通ると共に、花と紅茶の香りが口内から鼻腔にかけて広がっていく。
「どうですか?」
「うん、おいしいよ。」
少し心が落ち着いてきたように感じた。
「良かったです。それであの……」
クリスの視線が向けられるのはあたしの服だ。
「あなたが、光をもたらす者の真白様ですか?」
まあ当然の質問だよね、と思った。ギルナークさんの話だともうあたしの話はかなり広まっているようだったし、この奇妙な服(制服)を見たら一発でバレるか。
あたしはクリスの目を見つめた。
期待に満ちた目だ。きっとこの子も光をもたらす者が世界を救ってくれると信じているのだろう。
「うん、そうみたい。」
意気地なしの自分を見せないように、必死に作り笑いであたしは答えた。虚勢だった。だって、あたしはそんなみんなの期待を裏切ろうとしているのだ。きっとこの子も悲しむだろう。光をもたらす者が戦いが怖くて逃げ出すような臆病者だと知ったら。でも、この子を悲しませたくは無かった。だから今だけは世界を救う勇者として嘘を突き通そうと思った。
だけど、そんなあたしに来たのは予想外の言葉だった。
「辛くは……ないですか……?」
「え?」
「怖くは無いですか? 寂しくは無いですか?」
「…………」
「この世界に来て……あなたは今、幸せですか?」
幸せだよ。とはすぐに答えられなかった。
辛くは無いよ、怖くは無いよ、寂しくも無いよ。とは答えられなかった。
嘘は、付けなかった。
「少し……ね。」
だから、ほんの少し強がった。
「もともとあたしが望んで来たんだけどね。実際来てみると結構大変だなーってね。」
結局あたしはタダの女子高生だったのだ。
「剣なんか握った事ないし、戦闘なんかした事ないし……」
言い訳だな、とは思う。
「まあでも期待されてる以上は頑張らないとね。」
あはは、とから笑いだ。
「真白様……」
スッ、とあたしの両手が掴まれた。そのままあたしの手はまるで祈りをささげるように前で合わされ、それをクリス手が優しく包んだ。
「いいんですよ、頑張らなくて。」
クリスが優しげな目で語る。手にはぬくもりを感じた。
「世界を救わないと。とか……そんなこと抱え込まなくて良いんです。」
「でも!」
皆が落胆するでしょ?と言おうとしたところで、クリスは首を横に振った。
「光をもたらす者が来たと言う情報が広がっているのは空から落ちた光の目撃者以外では精々城の中だけのはずです。ですからこの世界のほとんどの人はまだそのことを知りません。」
この言葉にほっとしてしまった自分が情けない。
「ですからあなたはそんなことを気にしないで……あくまで客人として過ごしていただければ良いのですよ。何も心配しないで……あなたは私たちが何に変えても守ります。そのために私は何でもいたします。どうか……」
こつん、と目を閉じたクリスの額があたしの額にくっついた。
「あなたに、幸があらんことを。」
あたしは単純だ。
今あったばかりのこの子の言葉だけで。
戦わなくて良いです。守ってあげます。そう言われただけで、まるでつき物が落ちたように心が軽くなった。
(あたしは、この世界を……この子達を守りに来たはずなのに……)
一抹の悔しさ、情けなさは残るが、あたしはこの時確かに救われたのだと思う。
「クリスー。どこにいるのですかー。」
ふいに遠くから、クリスを呼ぶ声がした。
すっ、とクリスの額が離され手がほどかれる。クリスはそのまま立ち上がると
「ごめんなさい、呼ばれているみたいです。」
そう言って庭園を後にした。
「カップはそこに置いておいてください。後で誰かが片付けに来るはずですから。」
「ね……ねえ!クリス!」
あたしはそんな彼女を呼び止めていた。
「また、会える?」
クリスは振り返ると、にっこりと笑みを浮かべ
「もちろん。今度は城の外を案内してあげます。サンドイッチをバスケットにつめて、景色の良い丘でランチをしましょう。」
そう言って去っていく。
黒く長い髪をはためかせながら、やがてクリスは廊下の先に消えていった。
(何者だったんだろう……あの子は……)
あたしはその方向を、ただただ眺めていた。
「真白さん、ここにいましたか。」
あれからしばらくたったころ。紅茶を飲み終え、庭園を去ろうとしたあたしにユリンさんが声をかけてきた。
ギルナークさんとの用事は終わったのだろうか……?
「あたしに何か用ですか?」
「ええ、団長に挨拶に行って来たばかりで申し訳ないんですが……今度は王に挨拶に行って欲しいのです。本当は明日にでもゆっくりととのことでしたが、王がなんだか良いネタ思いついた……ゲフンゲフン、急に話したくなったから今すぐ来て欲しいとのことで……」
「え? 王様ですか?」
そんなに偉い人にも会いに行かないといけないのか!?
いやまあ普通そう(?)だよなあ。勇者として王様に面会するのは当然か。そんなことをぶつぶつ呟いていると
「王は優しく気さくな方なのでそんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。それに……」
と、ユリンさんは続ける。
「大丈夫です。あなたがどんな選択をしたとしても、きっと責めたりなんてしませんよ。」
さあ行きましょう。とユリンさんは歩き出した。
あたしはその後を重い足取りで着いていった。
連れて行かれたのは謁見の間のよう広いところでは無く、どうやら王様の私室のようだった。ユリンさんはドアの前に立ちコンコン、とドアをノックする。
「ユリンです。」
すると
「どうぞ、お入りください。」
聞こえたのは女の子の声だ。あれ? 王様って女の人なの? っていうかこの声って……
「失礼します。さ、入ろうか。」
ユリンさんに連れ立って中へと入る。そこにいたのは
「すいません、父は今少し席を離れていますので……」
黒檀のように黒く長い髪。雪のように白い肌。それでいて唇は血のように赤い。
目があった。少女はにっこりと笑みを見せる。
「また、会いましたね。」
先ほどメイド服を着ていた少女。いまは、純白のドレスに身を包んでいる少女。
少女は……
「ブランノエル王国王女、クリスティナ・N・ホワイトスノウです。今後ともよろしくお願いしますね。」
まるで童話の中の白雪姫を髣髴とさせるような……そんなお姫様だった。
これで取り合えず3話が終了です。
もともと3話は4話とセットだったようなものなので、まだまだ説明不足なところも多いと思いますが、そこは4話で回収するつもりです。




