第六話 村の真実(前編)
息を切らしながら、ラオは昼間と同じように、カスゲタンの村の門をくぐってその中へと入って行く。
ラオは村に入ると、真っ先に視界に入った、一番手前の家に駆けて行った。
そしてそこにあるドアを蹴り飛ばして開け放つと、その中へと入っていく。中に居る三人の男達が、突然入って来たラオに仰天して固まった。
そしてラオは、そんな彼らのうちの一人、最も手前側に座っていた男の胸ぐらをを掴むと、そのまま持ち上げる。
「女の子はどこだ?」
「……はあ?女の子?」
男はまるで訳が分からないと言ったように、胸ぐらを掴まれたまま声をあげた。
するとその奥で座っていたもう二人の大男が、ラオの元へと近づいて来る。
「おいおい、落ち着けよ。……いきなり人ん家に入ってきた上乱暴するなんざ、あんた人としてどうかと思うぜ?」
ラオはそれを聞くと、静かに言い放った。
「人々を何人もさらっておいて、何一つ顔色を変えないお前達の方がどうかしてるんじゃないか?」
「なっ……!兄貴こいつ……!」
奥に居た男の一人が焦ったようにもう一人の男に話しかける。するとその男が険しい顔をして、ラオの事を睨みつけた。
「……さあ?何の話だ?」
男はそう言いながら、静かに横に置いてあった棍棒を持ち上げる。同じように、その横に居る男も近くにあった棍棒を持ち上げた。
「何はともあれ、常識のねえ失礼な来客には手痛〜い歓迎をしてやるよ」
すると男はぶん、と手に持つ棍棒をラオ目掛けて振り下ろした。
ラオは掴んでいた男の服を離すと、それを床に倒れ込んで避け、その男の足を蹴り飛ばした。
「ぅつううあっ」
ラオの足がすねに当たり、男は悲鳴をあげる。
そして立ち上がりながら男の顎にアッパーをかますと、その口元に拳を入れた。
「ぐぁあっ……」
男は口を押さえて悶え、その後失神したようにその場で倒れ込む。
「てめえ、このクソガキ……ッ」
もう一人の男が、その横からラオへと殴りかかってくる。そこでラオは彼の腕をいなすと、自身の腕に力を込め、その男の顔面に向かって握り拳を入れた。
「ごほっ……!」
ラオの渾身の一撃を受け、男は力無くうなだれる。すると背後から、もう一人の大男が棍棒を振りかざした。
「チッ……どこまで知ってるかは知らねえが、どの道死んでもらおうか、兄ちゃん!」
ラオの頭目掛けてぶん、と棍棒が振り下ろされた。
ラオは間一髪で身を翻し、その男が持つ棍棒を蹴り飛ばす。と、同時に男の腕も後ろへ行き、男の体は後ろ側に大きくつんのめった。
「ぐうっ!」
ラオはその一種の隙をついて、男の腹目掛けて蹴りを入れた。
足先が腹にめり込み、男は体ごと壁まで蹴り飛ばされる。
「うぐぉおおご、っが……ぁあ……」
痛みに悶え、腹を押さえたまま男は床に倒れ込んだ。
ラオはその人物に一歩一歩近づいていくと、彼の前でしゃがみ込み、その男の頭を掴んで持ち上げる。
「女の子はどこだ?」
「お、んなの子……?誰だ?」
「とぼけるな!お前達が攫った女の子だ!
今あの子はどこにいる!?」
「ぁあ……」
そう言うと、男はパッタリと口を閉ざした。どうやら完全に気絶してしまったようだ。
「クソッ……」
ラオは立ち上がり、少女の居所を求めて家の外へと出る。
まだ他にも家がある。しらみつぶしに探していけば、きっと見つかるだろうと思った。だが……
「おい、どうした!何かでかい音が聞こえたぞ!?」
真向かいにある建物から、誰かが出てくる。
十中八九村に居る人々は、ここでのびている奴らとグルなのだろうとラオは思った。
だから彼はその人物に自分の姿を見られる前に、その建物の前を足早に走って過ぎ去ると、その家の裏手に回って身を隠した。
そしてその家の中の様子を、静かに窓からうかがう。
ラオは注意深くその部屋の中を見てみた。が、しかし、そこから見える物の中にあの少女は居ない。中には一人の男が、出て行ったもう一人の男の様子を、開きっぱなしのドアから眺めているだけだった。
(ここじゃない……)
ラオはその場から離れ、次の家へと向かう。
斜め奥にある家へと向かっている最中、何人かの人が村の真ん中に突っ立っていたが、明らかに村の人間ではないラオの姿を、誰一人として注意深く見る人はいなかった。
もし昼間であれば、自分が遠くに居ても村の人達にすぐ自分の姿がバレてしまっていたかもしれないが、今現在この辺りは日の光が無く、暗い。
そのお陰で、離れた場所から自分の姿を見られてしまったとしても、少しの間なら彼の姿は村の人と見分けがつかなくなり、すぐ気づかれる心配は無いだろう。
彼はそれを利用してどうにか姿を隠しつつ、少女が居る場所を探す事ができそうだった。
ラオはドアを避け、建物の右側にある窓の下へと向かう。しゃがんでそこから目だけを向け、その中の様子を確認した。
中には一人の男が椅子に座って、ナイフのようなものを研いでいる。しかしその中に居る人はその人だけで、それ以外に人の姿のようなものは見当たらなかった。
ラオは静かに窓から離れて立ち上がると、こちらから見て左奥、村の真ん中のその少し先の所にある、他の家々よりも小さな小屋へと向かう。
小屋に駆け寄るうち、自分が乱闘を繰り広げたあの村の入り口から一番近い家の辺りが段々騒がしくなってきているのが分かった。
そこからは、男達が怒鳴り声をあげながら、何かを話す声が聞こえてくる。
そんな声を背に、ラオはそこにある小屋へと駆け寄った。
その小屋には窓が無く、ドアからしか中の様子を見る事ができない。
ラオはドアの方へと回り小さくドアを開けると、その狭い隙間から中を覗き込んだ。
しかしその部屋は明かりが灯っているだけで、誰も居ないようだった。人、特に男達が居座っている感じも無い。
そこには物が置いてあるだけだった。
——しかし、その部屋にある物にラオは違和感を感じた。
その部屋の中にはテーブルや椅子、棚が置かれているのだが、その棚のある位置に、なんだか少し、おかしな感じがする。
棚の置かれている壁と、その棚の位置の間に、なんだか距離があるような、そんな感じがしたのだ。
彼は周囲に人が居ないのを確認すると、静かにそのドアを開け、中へと入った。
ドアから見て部屋の手前側に置いてあるテーブルや椅子を通り過ぎ、その奥にある棚まで行った。
その場所を見ると、やはり棚は壁にピッタリ置かれていたわけでは無く、その少し手前側に置かれていた。
丁度、人が一人余裕で座れるくらいの空間を開けて、その場所に。
ラオが視線を落とすと、そこには茶色い、長い髪の毛の、
あの女の子が——居た。
「よかった……!」
ラオが少女に駆け寄ると、彼女は驚いたような顔をする。すると、ラオのことを見て、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「もう大丈夫だ。今助ける」
少女の体は動くことができないよう、ロープで縛られていた。しかもそれは何重にもなって彼女の体にまとわりついている。
ラオは膝上に付いているポケットから折りたたみ式のナイフを取り出すと、その刃を出し、そのロープに当てた。と、その時
「……それで、グラッド達はどうしたんだ?」
「いや、知らねえ。酒でも飲んで暴れてんじゃねえか?」
「……!」
そう話しながら、三人の大男が小屋の中へと入ってきた。ラオは少女と共に、部屋の隅の方へと寄り、彼らの視界に入ることから逃れようとする。
丁度棚の影に居る事で、ラオ達二人の姿は男達からは見えていないようだった。そんな彼らに気づく事なく、三人の男達は手前側にある椅子へと座ると、会話を続けた。ラオはその三人のうち、一人の男の声に聞き覚えがあった。
——そうだ。昼間、少女にずっと付き添っていたあの男だ。
ラオは彼らの声に耳を傾けながら、少女に巻かれているロープを、ナイフで一本一本切り落としていく。
「そういやあよ、今日、外から調査隊の奴らが来ただろ。
あれ、どうにか誤魔化せて良かったよな。丁度ガキを街から連れて来たばっかりだったから、いつバレるのか気が気じゃ無かったぜ」
「ハハッ、確かにな。……それによ、ガキがそれに気づいて、奴らの前に出てきちまっただろ」
「そうなんだよ。
あのガキが出てきちまったせいで、その近くに居た俺がガキの体を押さえ込んで、『ずっとナイフを握りしめていなきゃならなかった』からな。何か言おうとしたら、すぐに体に突き立ててさあ。それのせいで今、手が痛いの何のって」
そう言うと男は笑った。
「……そういう事だったのか」
ラオは静かに呟いた。しかしそれは彼ら三人には聞こえてはいないようで、彼らはまた何事もなかったように話を続ける。そしてラオはそれを聞きながら、最後の一本のロープを切り落とした。
「なあ、あのガキは今どうしてる?」
「え?ああ、今そこの棚ん所に居るだろ」
「……そうか」
そう話していた男の一人が、こちらへと近づいてきた。
——彼が棚の奥を覗き込もうとすると、その時、そこから拳が飛んできた。
「がっ……!」
顔を押さえ、その男は後ろへと倒れ込む。
「!?どうした!」
もう一人の男が椅子から立ち上がり、その男が座り込んでいる所を見る。
そして同じタイミングで、棚の後ろからゆっくりと一人の人物が出てきた。
「なっ、なんでお前が!?」
男は、棚から出てきたラオの姿を見るなり驚いて目を見開く。
その手前でもう一人の男が舌打ちをした。
「チッ……、あの時の奴か。これを聞かれちゃあ殺すしかないな」
男はそう言うと立ち上がり、小屋に立て掛けてあった棍棒を拾い上げる。その横に居る男も、同じように壁に掛けてある小ぶりの斧を手に持った。すると、一人の男がラオの元へと近付いてくる。
「ふん!」
その男は力むと斧を振り下ろした。ラオは自分目掛けて振り下ろされてくる斧から後ろに下がって避けると、斧を持つ男の手を蹴り上げた。
「っあうう!」
男が蹴られた手を押さえ、ひどく痛がる。
そんな男の顔目掛けてラオは拳を入れた。
「おらっ!」
ラオの手が顔へ行く前に、もう一人の男が棍棒を振り回した。
ラオは腕を引っ込めしゃがむと、棍棒が頭の上を通り過ぎていく。
今度はその棍棒を持つ男から間合いを取ろうと離れようとするが、部屋の隅に追いやられ、近くには棚もあって避けづらく、身動きが取れない。
(ここでは戦いづらい……!)
ラオは棚をドア側に蹴り倒し、棍棒を持つ男へ体当たりをした。
「ぐううっ」
男は体を壁へと押さえつけられ、ラオの頭目掛けてその棍棒を振り下ろそうとする。その瞬間ラオは男の顎を殴り上げた。
「こあっ……」
男は小さく悲鳴をあげると、その場で静かに倒れ込む。すると横からラオに顔を殴られて座り込んでいた男が出てきて、ラオの脇腹を殴りつけた。
「が……っ!」
男の拳が命中し、ラオの体が大きくよろめく。
続けて更に拳を入れようと、男は腕を振りかぶった。ラオはそこで身を翻すと、もう一度その男の顔に拳を入れた。
「あぎぃっ」
男はふらついて後ろ側に倒れると、そのまま動かなくなった。
そして後ろから、斧を持った男がラオに近づき、彼の頭にその斧を振り下ろした。
ラオはそれをどうにか避けようとした。が、彼の頭の横を斧がかすり、そのまま肩を少し切られる。するとその切られた所から、血が吹き出てきた。
ラオはよろめき、その血が出てきた肩を押さえながら、後ろへと下がる。
「くっ……」
男はそんなラオに容赦なく斧を振り回し、先程よりも動きの鈍くなった相手の体目掛けてそれを当てようと、更に大きく斧を振り回した。
その瞬間、斧がラオの腕に当たってそこを切られた。
そして切られた所から先程よりも、たくさんの血が吹き出てくる。
「ぁあ……!」
ラオは思わず腕を押さえ、よろよろと壁際まで後ろに下がり、そこへもたれかかった。
——そんな中、部屋の中で、少女はラオ達の戦いの様子をずっと見ていた。
しかしそんなラオの様子を見て、少女は部屋の中で斧を振り回している男へ向かって突然走り出す。
「ん……っ!」
そして男の足を掴み、男が斧を振り回すのを止めようと、一生懸命にその足を押さえ込もうとした。
しかしその力は小さく、自身の何倍も大きな男の体を押さえつけるにはあまりにも力が足りない。だが、そんな少女が足元に居る事で、男の動きが少しだけ鈍くなった。
そんな少女に、男は苛立ちを覚える。
「ちっ……邪魔だ、どけえ!」
男が少女の体目掛けて斧を振り回し、その斧が少女の体へと当たった。
それによって少女は吹き飛ばされ、その体が小屋の壁へと叩きつけられる。
そこで少女は、壁の所でぐったりと倒れ込んでしまった。
それを見た瞬間、ラオは激昂した。
「お前……っ!
なんて事をおおおおおおおおおお!」
そう叫びながらラオはその男に体当たりした。
ラオに押されて男の体は壁に激突し、頭を強く打つ。
男は持っていた斧をラオに向かって振り下ろそうとするが、それを持っていた男の腕をラオが掴み、それを強く前に押し込んだ。すると腕と共に、斧を持つ手が壁に当たり、その反動で手から斧が離れる。
その一瞬で、ラオは男の腹目掛けて拳を入れた。
「がはっあ……」
男の腹に拳がめり込み、男は苦しそうにうめき声をあげる。そのまま力無く床に倒れ込むと、男は腹を押さえたまま動かなくなった。
身を震わせて倒れている男を背に、ラオはぐったりと、壁にもたれている少女に駆け寄る。
「大丈夫か?」
——少女の返事はない。
少女はピクリとも動かず、ぐったりしていた。
「ぐっ……」
少女の体の状態を見たい気持ちを抑え、一先ずここから移動しようと、ラオは少女を背負い、小屋の出口の方へと向かう。
が、その時切られてしまった肩と腕が強く痛みだし、出口まで着く前に思わずその場で座り込んでしまった。
「……っ」
少女を背負ったまま、ラオは血が出続けている肩と腕を押さえる。視界がぼやけていく中、ラオは必死で立ち上がろうと足に力を込めた。
どうにか踏ん張って立ち上がると、よろよろとドアへと向かい、腕に力を入れそれを開ける。その瞬間、
「がっ……!」
突然、頭に強い衝撃を受けた。
一瞬意識が飛び、そのまま前へと倒れ込んでしまい、少女の体がラオの背から離れて地面へと落ちる。
意識がもうろうとする中ラオが後ろを見やると、先程戦った男がそこには立っていた。息を切らしながら、男は声を張り上げる。
「さっきはよくもやってくれたな……!
ガキのくせに、いい気になるなよ!」
ラオを見下ろしながら彼はそう言うと、持っていた棍棒を、ラオ目掛けて振り下ろした。
「がは……っ」
背中に棍棒がめり込み、尋常ではない程の重く苦しい痛みが、ラオの背中を駆け巡る。
男はもう一度、棍棒を振りかぶった。
「やめて!」
その瞬間、少し離れた所から、聞き覚えのある声が聞こえた。
インフレ前の数少ない肉弾戦の一つです
よろしくお願いします




