第五話 カスゲタンの村
依頼受付所を出て、二人が町の外に通じる門を目指して歩いていると、その道中に一人の男が立っていた。
その人は目を見張るような真っ赤なベストに白いワイシャツを着ており、何やらチラシのような物を道ゆく人に配っている。
その男は二人の姿に気づくと、足早にこちらへと近づいて来た。
彼が近づいて来た事で、その手に持っているチラシに書いてある事がはっきりと二人に見える。
そのチラシには真ん中に大きな文字で、『夜歩き注意』と書いてある。
彼は二人の前まで来ると、そのチラシを二人に差し出した。
「はい、これ。ここの町長が注意喚起として出してる物なんだ。あんたらに渡しとくよ」
「ああ、ありが……」
ラオが礼を言おうとしたが、彼はそれを待たずに言葉を続けた。
「それと……あんたら調査隊の人だろ?
まあ隊員の人なら強いし、大丈夫だと思うが……。
最近さ、ここいらで人が行方不明になる事件が多発してるんだ。
あ、この町で起こってるとかそういうわけじゃなくて、近くの街や村でな」
リーサがそれを聞いて目を丸くする。
「えっ?……あの、実はその話、先程依頼受付所の方から聞いたばかりなんです」
「ええー!そうなの?なんだ、じゃあわざわざ言う必要無かったなあ」
そう言って残念がる男に、リーサは声を掛ける。
「い、いえいえ、とんでもないです。私達にも教えて下さって助かりました。ありがとうございます」
「ああそう、まああんた達も本当に気をつけてよね。それじゃあ」
そう言うと、彼はまた元のように街ゆく人へチラシを配り始めた。
そんな彼を背にして二人はまた歩き出す。
「どうやら調査隊だけでなく、町の人達にも行方不明の話が広がってるみたいだな」
「ええ、そうみたいね。でも、これでこの町の人達はみんな気をつけるようになるから、多分、大丈夫よね」
「ああ、そうだといいな」
そんな事を話しながら、二人はオリストロの町の門をくぐり、町から出ていった。
そしてその歩みを、『カスゲタン』の村へと進めていく。
その後ろからは、あのチラシを配っていた男性が、やはり街の人に声を掛けて、その手に持つチラシを一人一人に配っている声が聞こえてきている。
そんな彼らや町を背にして、二人は目の前に広がる森の中へと入っていった————。
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オリストロとカスゲタンの間にある森を抜けて、今。
二人の目の前には茶色い木で組み立てられた門が立っていた。
そしてその門の真ん中には、『カスゲタン』という文字が彫られている。
「ここね、依頼主は……」
そう言いながら、リーサは依頼用紙を取り出し、そこに書いてある文言を読む。
依頼主 グラッド
場所 カスゲタン
内容 村の真ん中にある建物の修繕と新たなシンボルの作成
二人が依頼用紙を確認しながら門の前で立ち止まっていると、ある男がそれに気づいて、家の中から出てくる。
「……!なんで今……」
その男はラオとリーサを見るなりそう呟いた。そして、その男が出てきた家の窓から、村に入って来た二人の事を、じっと見つめている、ある少女が居た。
「あ……!」
少女は建物から飛び出し、二人の元へ駆け寄ろうとする。が、しかし、その近くに居た男に腕を掴まれ、身動きが取れなくなる。腕から離れようと少女はもがくが、男に何かを見せられて、少女は急におとなしくなった。
そんな光景を見る事はなく、二人は依頼用紙から目を離すと、そこから一番最初に目に入った、その少女のそばに居る男に話しかけた。
「こんにちは、私達は調査隊の隊員です。依頼を受けて来ました。
この村に、グラッドさんという方はいらっしゃいますか?」
男は引きつった顔を無理やり奥へと押し込むと、二人に対して笑いかけた。
「ありがとう!調査隊の隊員さん!
グラッドさんか、彼は今少し忙しいんで、俺が代わりに要件を聞きますよ。依頼の内容はどんなものですか?」
リーサは彼のその様子を見て、不思議そうに首を傾げた。
その横で、ラオが男の問いに答える。
「グラッドさんの依頼は、『村の真ん中にある建物の修繕と新たなシンボルの作成』なんだそうだ。村の真ん中にある建物というと、おそらくあれか?」
そう言うと、ラオは左奥の方にある木でできた建物を指差した。
「そ、そうそう!あれです、あれ!
じゃ、じゃあ今から俺が代わりに案内するので、あなた達にはついて来てもらってもいいですか?」
「はい、よろしくお願いします。……初めまして、よろしくね」
リーサは男の言葉に頷くと、その男の横に居る少女に笑いかけた。
少女は長く、茶色い髪の毛を揺らしながら、変わらずじっと二人の事を見つめ続けている。
リーサはそんな少女に声を掛けたが、少女はリーサに何も言う事はなく、ずっと黙りこくっていた。
その上何故かその少女の表情はひどく暗く、まるで何かに怯えているかのように、その目を二人の方へと向けていた。
その横で男は言葉を付け加える。
「すみません、この子は人見知りなものでして……。
あまり気になさらないでください。さ、行きましょう」
男に促されるまま、二人は案内に従いそれについて行った。
男について行っている間、リーサはふと、近くの建物を見るとその顔色を変えた。そして辺りをキョロキョロと見回し、その表情が青くなる。
「……リーサ、どうかしたのか?」
「えっ?う、ううん、なんでもない……」
「……?」
ラオが気になってそう聞いたが、依然リーサの表情は、青くなっているままだった。
そうこうしているうちに村の真ん中へと着くと、その男が三人の前にある、木で出来た四角い建造物を指差しながら言った。
「これがこの村のシンボルです。あなた達にはこれを直す作業をしていただきたいと思っております。
まずここにある全ての木の板を外して、新しい物と取り替えます。
そしてその後、それらが外れたりしないよう、しっかりと固定する作業をお願いします。
あなた達にしていただきたい事はこれで以上ですが、これをもう一度組み立てる時に必要な道具などはあちらの小屋の中に全て揃っております。
あっちに持って行ってから修繕していただき、そしてある程度できたらこっちへと持ってきて、ここで組み立てます。
よろしいですか?」
「分かった。他には何かあるか?」
「ええと……いえ、何もありませんよ」
男はそう言うと、少女と共に先程話した近くの小屋の中へと入って行った。
ラオとリーサも同じように入って行くと、その中にはハンマーや大きな釘、ノコギリなどの道具達と作業台が置かれている。
「はい、では、この中で作業をお願いします。俺は外に居ますから、終わったら呼んでください」
「ああ。……それと、グラッドさんに『遅くなってしまってすまない』と、伝えてくれないか?」
「え?ああ、はい。あとで言っておきますね」
男はそう言うと、そのまま少女を連れてその部屋から出て行こうとした。その時、
その男の横に居た少女が突然、二人の前に出た。
少女は何か言いたげに口をもごもごと動かし、ラオのことを上目遣いに見やる。
その顔は酷く怯えており、彼女は『背中にある物』をひどく気にしていた。
「……?」
そんな少女を見て、ラオは不審に思う。
どうしたのかと声を掛けようとすると、横に居る男が慌ててそれを遮った。
「あ……!じゃあ、はい!あとはお願いしますね。……行くぞ」
男はそう言うと、少女を連れて今度こそ出て行った。
そして彼は建造物——オブジェクトの前まで来ると、少女の体を離し、近くに居た一人の男に連れて行かせる。そして彼は、小屋にいる二人をそこで待った。
——その後、男に言われた通り、二人は作業を開始した。
ラオは、部屋の中にある木の板を持ち上げると作業台の上に置いた。
リーサも同じように、近くに置かれていた釘を台の上に置こうとする。と、ふとリーサがその手を止め、小屋につけられた小窓の方を見た。
彼女の顔が、引きつる。
「……リーサ?」
「あ……う、ううん。なんでもないわ」
「そうか?」
彼はリーサの様子に疑問を持ちながらも、そのまま彼女と共に外へ出て行き、男に言われた建造物の前まで来る。そしてそこにある木の板を、二人で協力しながら一枚一枚剥がしていく。
全ての板が剥がし終わると、その板を持って、元の小屋の中へと入って行った。
板を床に置くと、新しい方の板を重ねて、建造物の形と同じになるようにその板同士を釘で打ち、繋ぎ合わせた。
そして二人はそれと同じ事を、何度もそこで繰り返していった。
——二人が作業を開始して、しばらくが経った。
村のシンボルである木の板で組み立てられた建造物は、太陽の光に照らされて真新しく光っている。
ラオが最後の、組み立てられた木の板の塊をそれに張り付けると、釘でそれを固定し、外れないか確認する。木の板はピッタリと張り付いており、動かないようだった。
それを見てリーサは歓喜の声をあげる。
「……わあ、すごい。これで完成かしらね」
「そうみたいだな。あとは使った道具を片付けるか」
「ええ」
二人がそう話していると、その建造物の近くで待っていた、あの少女と共に居た男が近付いてきた。そしてその人だけではなく、もう一人の別の男も、その男と共に近付いてくる。その男は、ひどく不機嫌そうな顔を浮かべながら、二人の事をじっとりと見ていた。
「終わったようですね。ありがとうございました」
「ああ、あとは向こうで使った道具をしまうだけだ」
その瞬間、男は焦ったように言った。
「い、いえいえ!もうこれ以上は大丈夫ですよ。こちらでやっておきますから」
「そうなのか?だが……」
「いえ!あなた方がこの村でできる事はもうないでしょう?
ですから、お二人は帰っていただいて構いませんよ。
依頼達成のサインは、今こちらでしておきますから」
それを聞くと、横に居る不機嫌そうな顔をした男が「よければお送りしますよ」と、二人に促した。
そしてその男に案内されるまま、二人は門をくぐり村の外に出る。
少しして、村から紙を持った男が歩いて来て、二人にそれを手渡した。
「はい、これでサインは終わりました。さあ、さっさと帰って下さい」
「え、あの……」
リーサが何か言おうとすると、その横に居る男が彼女を強く睨みつけた。
彼女は不服そうに引き下がる。
「そうですか。では、さようなら」
男達に見送られながら、二人は渋々その場を後にした。
ラオが村を背にしてしばらくの間歩いていると、後ろからふと、視線を感じて振り返る。
すると、村の中に居たあの少女と目が合った。
——彼女は自分達が村に居た時と同じく、今にも泣き出しそうな顔でラオのことじっと見ている。
それも、何か言いたげに。
しかし少女は男に連れていかれ、そのまま村の奥へと消えていった。
少女はラオの姿が見えなくなるまで、その不安そうな目をじっとラオへ向け、何かを訴え続けていた。
「ラオ、どうしたの?」
後ろからリーサの声がする。
「……いや、なんでもない」
リーサの元へ歩き出すと、ラオはその横に並んだ。
するとリーサは、そんなラオに微笑みかけた。
「あの村の人達は、あまり他所の人が好きじゃなかったのかもしれないわね」
「えっ?」
ラオは不思議そうにリーサの事を見る。
「……ラオは気付いてた?」
「気付く?なにがだ?」
「あのね、ラオ。
私達があの人に頼まれて作業をしてる時……。
あの時、村の何人かの人達が小窓から私達をずっと見てたの。それも、まるで睨みつけてるみたいに」
ラオはそれを聞いて少し驚く。
「そうだったのか?」
「うん。それに小屋まで歩いていた時にも、家の中からこっちを見ている人が何人も居たわ。
……だからね、私達みたいな部外者が村に居るって事が、彼らにとってはとても嫌な事だったのかなって。
それで早く出ていって欲しくて、さっきの人はあんなに急がせたんだと思うわ」
「急がせた……」
ラオはそう呟く。
——『急がせた』——。
何故かその言葉に、強く引っかかった。
「まあでも、『外の人が嫌だから』って、来てすぐ追い出す、なんて事にならなくてよかったと思うわ。
そうでないと、依頼の達成ができなくなっちゃうから」
リーサはそう言って笑った。
なんだそう言う事か、とラオも彼女に笑い掛けようとする。
しかし——、それは出来なかった。
ラオの中に、腑に落ちない部分があった。
あれは村に居た——そう、あの少女だ。
あの少女の表情が、ラオの中に強い違和感を残していたのだ。
ラオはそれが心の中に残ったまま、村の外に広がっている森の中へと、リーサと共に入って行った。
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村を抜けて森に入ってから、しばらくが経った。
村を出た時は夕方で、まだ辺りは太陽の光があって明るかったが、今ではもうすっかり夜も更け、森の中は真っ暗になっている。
カスゲタンの村からずっと二人は歩き続けていた。そして今居る森を抜けたらオリストロの町へ向かおうと、彼らは歩みを進めている。
「今日も野宿かしらね」
リーサがそんな事を呟く。
「もう少し歩いて町の明かりが少しも見えてこなかったら、そこで一晩過ごそう」
「そうねえ……、あら?」
ふと、リーサがその場で立ち止まる。
「どうした?」
リーサはあれ、と二人が向かおうとしている前の方向、森の奥を指差した。
「……?」
ラオがその方向をよく見てみると、何か、黄色か、丸い塊のような物が動いていた。
さらによく目を凝らしてみると、どうやらそれは黄色いランプのようだった。
しかも、それは誰かが持っており、その人が動く度にそのランプも同じように揺れ動いている。
「あ!おい、あんたら!」
ランプの持ち主が、少し離れた場所にラオとリーサがいる事に気づき、声を掛けた。
その人が二人の元へ駆け寄ってくると、持っていたライトに照らされてその顔と姿がはっきりと見えた。
彼は、赤いベストに白いワイシャツを着た——町の入り口で『夜歩き注意』のチラシを配っていた、あの男性だった。
しかし、そんな彼はひどく取り乱してしまっているようで、彼の顔には大量の汗が滲み出ており、それが肌をつたって下に垂れている。彼は慌てた様子でラオとリーサに話し掛けた。
「実は、また居なくなっちまったんだよ」
息を切らしながら彼は言う。ラオが一歩前へ進み、よく聞こうと耳を傾ける。
「『居なくなった』?誰がだ?」
「あの、行方不明になった奴の話、覚えてるだろ?またなんだよ……。
しかも、他の街じゃない。今度はオリストロの町で!子供が!
子供が居なくなっちまったんだよ!」
「えっ、子供が?オリストロで!?」
リーサが聞き返す。
「ああ。それで今、町の奴らと一緒に森の中を探してるところなんだ。あんたら、何か知らないか?
小さい女の子でな、茶色くて長い髪をした子なんだが」
「いや、俺は知らな……」
そこでラオは、言葉に詰まった。
「子供……」
彼は『子供』という言葉に、引っ掛かるものがあった。
ふと、カスゲタンの村に居たあの女の子の事を思い出す。
彼女も、茶色くて長い髪の毛をしていた。
『子供』——『居なくなる』——『近くの街』——『オリストロ』——
『行方不明』——————。
ラオの中で、ある一つの線がつながり、彼の中にあの女の子の不安そうな表情が浮かび上がった。
「もしかして……」
ラオはハッと顔を上げる。
————あの子だ。
居なくなったのは、あの村に居た女の子だ!
「あの子が……あの子が危ない!」
ラオは周りを顧みずに、突然その場から走り出した。
「えっ!?ちょ、ちょっとラオ!?」
リーサが驚いて彼の名を呼ぶ。
(もっと早く、気付くべきだった……!)
ラオは真っ暗になっている森の中、元来た道を全速力で駆けて行った。
カスでゲス。我ながら安直




