第四話 二人の決意
ラオとリーサの二人は今、目の前で煌々と輝く真っ赤な炎を、じっと見つめていた。
その炎は温かく、周囲の暗い夜の森の中で、心細さを無くすかのような安らぎを与えてくれている。
それを二人は囲うようにして、お互いに向き合って座っていた。
炎は時折揺れ動き、下にある木の枝を少しずつ崩しながら、静かに燃えている。
「今日もお疲れ様、ラオ」
リーサがラオに、そう声を掛ける。
「ああ、君もお疲れ様」
ラオも同じように、彼女にそう声を掛けた。
————二人は今日、依頼受付所で受けた、馬車の荷下ろしの作業の依頼と、森を歩く人々の護衛をする依頼の二つをこなしていた。
以前は、一番最初に受けた依頼と同じように、一日に一つだけで依頼を受けていたのだが、今では一日に二つの依頼を受けて、その上その日のうちに、それらの依頼を終わらせる事が出来るようになっていた。
二人は、調査依頼を受けて、達成する事に段々慣れてきていたのだ。
それで今回も、彼らは同じように一日に二つの依頼を受けていたのだが、その二つの依頼場所がかなり離れた場所にあり、そこで一日中二人は、街と街の間を行ったり来たりしなくてはならなかった。
そのせいで時間が掛かかり、二つ目の依頼を終わらせた時、辺りはすっかり暗くなっていた。
二人はすぐに、依頼受付所のあるオリストロの町へと戻ろうとしたのだが、それにどうしても間に合わず、街と街の間にある森の中で、そのまま夜になってしまったのだ。
それで、その森の中で野宿をしなければならなかったのだが——。
だが、二人にとってそんな事は、何の問題にもならなかった。
何故なら森の中だったとしても、彼らはそこで快適に過ごす事ができるからだ。
快適に過ごせる理由。それは、二人にはロビンから貰っていた寝袋と、先に街で買っておいたテントや水、食料などがあったからだ。
これを使えば、森の中だったとしても、一晩は確実にゆっくり過ごす事ができる。
それに、もし万が一森の中で獣達に襲われたり、何かあったりしたとしても、彼らには応急処置ができる救急キットがあるし、さらにそれを事前に防ぐ為の、獣避けの薬香などもあった。
それらのお陰で、二人は森の中でも何不自由なく快適に、ゆっくり休む事ができていた。
ただ街とは違い、森の中は明かりが無く、暗い。
夜空には月や星があるが、それでも周囲をよく見渡せるかと言われれば、そうでは無かった。
なので張ったテントの近くに焚き火を作り、二人はそれを明かり代わりにしていた。
夜の静けさに包み込まれる中、焚き火の前で座ったまま、リーサは一度伸びをする。
「うーん……、まだ寝れそうに無いわね。ラオはどう?」
リーサにそう聞かれ、ラオは静かな声で答える。
「……俺もだ。森の中で寝るのは初めてじゃないが、やはりなんとなく落ち着かないな」
「ふふっ、それは私もよ」
リーサはラオに笑い掛ける。
ラオはそれを見て、ふっとその表情が緩む。
「……しばらく、ここに座っているか?」
「ええ……。そうするわ」
リーサがそう答えると、二人はまた同じように、目の前にある焚き火の、先程よりも少し小さくなっている炎を眺めた。
——森の中は静かだ。
しかし、全く音が無いわけでもない。
遠くから、かすかに聞こえてくる川のせせらぎや、木々が揺れ、その葉が擦れ合う音。
虫達のどこか心安らぐような美しい音色に、夜鳴き鳥達の重なり合っている鳴き声などが遠くから聞こえ、それらが辺りを包み込んでいた。
近くからは、焚き火にくべてある木の枝が燃えて鳴る、パチパチという音が聞こえてきている。
炎は揺らめき、それを取り囲んでいる二人の顔を、橙色に照らす。
その時、ふいにラオが口を開いた。
「そういえば、君と俺が最初に会った時……。
街で初めて会った時に、君は俺に生活の事について聞いていたな」
リーサはそれを聞いて、ハッとしたようにその顔を上げる。
彼は言葉を続けた。
「あの時、君は何故そんな事をしていたんだ?
確か俺は、何の為にそれをしているのか、君に聞けていなかった気がするが……」
「それは……。うーん……」
リーサはどこか、話す事を迷うかのように言い淀む。
しばらくすると決心したように頷き、彼女は口を開いた。
「まあ、今ならラオには言ってもいいかもしれないわね。
それにこの事は、ちゃんと話しておいた方がいいと思うから」
「『この事』?」
「ええ。それは私が……あなたと一緒に調査隊に入ろうと思った理由よ」
そう前置きを置くと、リーサは真面目な顔で話しだした。
「私の家……シルフェンディ家は、代々続く大きな商業の家なの。
とは言っても、商業と言うより、貿易に近いわ。
主に近くか遠くの国に居る取引先の家や国王と、品物の売買をしてるの。
そして手に入れた品物を、街の人達に売ったり、街の人達から新しい品物を購入したりなどもしているわ。
品物は安価な物から、金属でできたアクセサリーみたいに高価な物まで様々よ。
私のお父様とお母様は、売買での円滑な取引の為に、ほとんど毎日取引相手の家や役所に手紙を書いていたり、直接会いに行ったり、品物の品質を見る為に生産所まで自分の足で行ったり、売買で得た売り上げや支出の計算をして一つずつ確認していったりだとか、他にもたくさんの事をしているの。
商売をするだけなら大体こんな感じなのだけれど、彼らの仕事というものはこれをするだけではダメなの。
大事なのは、ここからよ。
彼らの仕事はそうやって物の取引をして、利益を得るだけのたった一つでは無いわ。
商売において最も重要な事は、その国、またはその地域に住む人々の生活が潤っている事。それが最も重要。
それが無ければ、その物の価値も、お金の価値も、何一つ無くなってしまう。
物を様々な所から、様々な種類を買い、そしてそれをそこに住む人々へ流通させる事が、商売において最も重要な事なのよ。
そして物を流通させる事で、そこに住む人達の生活は大きく変化する。
物がある事によって、その需要と供給が成り立ち、人々はそれを欲して買い、そしてまたそれらをそこに居る人々が売る。
新しい商売がそこで生まれる。
そこからまたさらに、物がどんどん流通していく。
いつしかその物を運ぶ為に、人手が要るようになる。
するとそこで、『仕事』として物を買う為に必要な、金銭がもらえる事業が起きる。
それだけではなく、もう既に街にはたくさんの『仕事』があり、それをして食べ物を買う為に働く人がいる。またそういう仕事も、どんどん様々な場所、方法で『流通』していく。その仕事の内容、『在り方』もどんどん増えていく。
そしてそれによって……街が、潤う。
物が多くある事で、結果的に人々の生活が『豊かになる』の。
……私の家は、その為の大きな役割の一端を担っているのよ。
私もいつか、そんな素晴らしい事をしたい。私もそれをして、あの街、いいえここ一帯の地域どころか、世界中の人々へその豊かさを届けたいと考えているの」
そこまで話すと、リーサは焚き火に目を落とした。
その表情はどこか暗くなっている。彼女は言葉を続けた。
「でも……それでもね、『その事』は、とても難しいの。
私は家でたくさんの事を勉強していたのだけど、その上で物を運ぶ為の資材や人手が足りなかったり、戦争や、紛争が起こっている国があったりして、そもそもその地域へ行く事すら出来ないといった、物を流通させる事ができなくなるような、たくさんの問題が世界中にあるという事が分かったの。
でも、それを私一人でどうにかするには、とてもじゃないけど時間も、労力も足りない。
何より今でも、自分の住む街でさえも、それを行き届かせる事が出来ていない。
私達の住んでいた街には、今でも貧困に苦しんでいる人々が居る。
今はまだ、私は商売について勉強するだけなのだけれど、それをいつかする事になった時、私の知識だけでは、あまりにもその実情、どうして物がその場所に行き届いていないのか、どうしてそこまで価格が上がっているのか、さらに詳しい理由を、そこに住んでいる人々に直接聞かなければ分からないと思ったの。
そして、それが起きている原因を探し、私の力でそれを解決する。
私には、商売について少しだけ知識があるから、それを使ってどうにかしようと思ったのだけど……今の私では、力不足だったわ。
街の人に、ラオの時みたいに話を聞いて、それを整理するだけで精一杯」
リーサがそう話していると、ラオがそこで、口を開いた。
「俺や街の人達に話を聞いていた理由は、そういう考えがあったからなのか」
リーサは苦笑する。彼女は言葉を続けた。
「そうよ。
……あなたの話は、その中でも別の意味で、特に参考になったかもしれないわね」
「『調査隊』の事か?」
リーサがもう一度、ラオの顔を見る。
「ええ、そう。
そしてそれは、その為の足掛けになるかもしれないと思って」
「それで調査隊に入ったんだな」
「うん。実際、依頼の最中に直接たくさんの人と話す事ができた。だから、想像以上に私にとっては良い事だったわ。
その中で様々な事も知れたし、今ではとても勉強になってるの」
ラオがその時、ふと疑問を投げ掛けた。
「そういえば、君は調査隊に入るとなった時、その父や母に反対はされなかったのか?
街を出るとなれば、心配して止められそうなものだが」
リーサは首を縦に振った。
「そうなの。
あなたと会ったあの日の夜、私はお父様に調査隊に入りたい事を伝えた。
それで……そう伝えた時、あなたの言う通り最初はお父様も反対したわ。
そんな危険なことはしないでくれ、そんな事に肩入れしたりせず、今まで通り家で家業を継ぐ為の、勉強をしていてくれって。
でも、私がどうしてもしたいと、私のやるべき事を見つけたいと、今まで私が思っていた事を全て打ち明けたの」
そこで、彼女の言葉に熱がこもる。
「私は家業を継ぐ為にずっと勉強をしていた。
でも、その中で、家にこもって勉強だけをしていてはダメだと、もっと街の人や別のところに住んでいる人達、彼らに直接会って、関わって……その詳しい事情について、しっかり知らなくてはならないと思ったの。
そうでもしないと分からないことが、たくさんあるはずだと考えて。
実際に行ってみて、彼らと話して、それについてよく聞いて……家業を継ぐ為には、それをすることが必要だと思ったから。
それは勿論なのだけど……でもそれに、それ以上に、私自身が世界の事を見てみたい、知りたいと思ったの。
だから私は、私ができる事、やるべき事を調査隊に入ってしたいと、そうお父様に言った。
そうしたら……お父様は、最後には許してくれた、行っても良いって。
そしてそれは、お母様も同じように、許してくれた。
でも、その代わりお父様達と約束をした。
それは……必ず無事に戻ってきなさい、そして、そのすべき事、したい事をしっかりやってきなさいと……、そう言ってくれた。
そしてそれまで、ずっとここで待っているからと、最後にそう、あの人達は言ってくれたの……」
リーサは、どこか凛々しさを感じる笑顔を見せた。
「だからこそ、私はあの人達の思いに応えなければいけない。
あの人達は、私の事を信じて送り出してくれたから」
そこまで話すと、リーサはふう、と一息ついた。
それを全て聞いていたラオはリーサの瞳を見つめて、一言、言う。
「……とても素敵な考えだ」
そう言われ、リーサは照れくさそうに微笑んだ。
「うん、ありがとう。
いつか絶対にやり遂げるわ」
リーザはそう言うと力強く頷いた。
するとそこである事を思い付き、そうだ、と声を出す。
「……ねえ、これから私達の依頼を受ける目的、その方針を今からお互いに宣言しましょうよ。
お互いにそれをはっきりさせて、そして自分自身を鼓舞する為に」
「へえ、いいな。賛成だ」
「うん、それじゃあ……私は、『世界について知り、学び、それを自身の将来と人々に役立てる為』。あなたは……」
「『金を稼ぐ為、生活の為に』。
それと、俺は君がその目標を達成できる事を、心から願っている」
「ええ、ありがとう。
……あなたもこれからずっと、何不自由なく健やかであれますように」
リーサはラオに微笑み掛けた。
そんな彼女を見て、ラオの表情が緩む。
そして彼も同じように、彼女へと微笑み掛けた。
お互いにお互いを想い合い、二人の間には、優しく穏やかな空気が流れていた。
焚き火の明かりにその顔を照らされて、二人はお互いの事を見つめ合う。
夜の森は闇が深く、暗く、心細かったが、それでも。
それでも、二人の周りだけは、とても————
とても、明るかった。
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一夜明け、朝。
二人はオリストロの町を目指して、早朝からずっと歩き続けていた。
とは言っても、もうその町は目前で、そこにある町の門の、黄色や赤の塗装、そしてそれに書いてある文字などが、二人からはっきりと見えていた。
彼らは自身の身長の三倍近くもある大きな門をくぐると、サインの書かれた依頼用紙を持って、真っ直ぐこの町の依頼受付所へと向かう。
しばらくして、少し小綺麗な紺の屋根と、灰色の壁の建物が見えてきた。
二人はその建物に付いた紺色のドアを開けると、その中に入る。
そこでは、一人の女性がカウンターの奥に座っていた。
この街の依頼受付係——パフソンが、薄紫色の髪の毛先をいじりながら、何かの紙を眺めている。
彼女は二人が入って来たのに気付くと、その顔を上げ、声を掛けた。
「あら、もう終わったのね。二人共、お疲れ様〜」
「ええ、戻りました。パフソンさん」
「うん〜」
彼女は二人にひらひらと手を振る。
そんな彼女の元に二人が近づくと、持っていた依頼書を手渡した。
パフソンはそれを受け取り、その紙に書いてある事を確認する。
「ふむ……うん。ちゃんとサインを貰ってるわね。
それじゃあ、報酬を渡すわ」
パフソンは奥へ行くと、金庫の中から銀貨を五枚取り出し、戻って来て二人に手渡した。
それを受け取ると、ラオが彼女に話し掛ける。
「それで、また新しい依頼を受けたい。
今すぐ受けられる依頼はあるか?」
「あなたって本当に仕事熱心よねー。そうねえ、今受けられる依頼は……」
その時、あ、と彼女が声をあげる。
彼女の表情が、ふいに険しくなった。
「それをする前に、あなた達に先に伝えなくてはならない事があるのだけど、いいかしら?」
「構わない。なんだ?」
「この町ではないのだけど……。
最近、この近くの街や村で、人が何人も行方不明になってるそうなのよ」
それを聞いて、リーサが不安そうな顔をする。
「えっ、そうなの?居なくなった人達は、大丈夫なのかしら……」
パフソンは言葉を続けた。
「分からないわ。でも……一応、あなた達も気をつけてね」
パフソンは二人の顔を見ると、その表情を緩ませた。
「それで依頼ね、今受けられる依頼は……」
そう言うと、パフソンはくすんだ色合いの紙を棚から取り出す。
「これが今回頼みたい依頼よ。結構前に受けた依頼なのだけど……指定日時が無かった上、急を要するものでも無かったから、長らくおざなりになってた依頼なの」
「じゃあつまり、依頼主に待たせた事を、一応謝っておいた方がいいって事かしら?」
リーサがそう聞くと、パフソンは苦笑する。
「そういうこと。
こっちの不手際なのに、ごめんなさいね。
その人にはよろしく言っておいて。まあ、はい、とりあえずこれを」
彼女が二人に、その紙を見せる。
「場所は『カスゲタン』よ。ここから近い所にある村だわ。
じゃ、頑張ってね」
パフソンちゃんはたれ目に丸メガネです
※これは恋愛小説ではありません




