蠱毒
あれから数日、〈侵食の廃都〉を設定し終えた。
あの後は楽だった。一度環境ができてしまえば後は【環境設定】一つでポンだったからな。
建物も〈侵食の廃都〉に含まれてたし。
範囲を指定したら本当に都並みに建物が増えたしな。
四十階層には立派な屋敷と周りに建物がが建っている
そして現在
俺は四一階層以降をどうしようかと悩むついでに三一階層に来ていた。
下まで下がるついでに、様子を見に来たのだ。
それに四十階層のボスは決めたが、名前をつけるのを忘れていたからな。
だが
魔物がいない。
何故か一体も魔物がいないのだ。
虫系の魔物が多いから小さいのならいるかもと草の根をかき分けて探したが
それでもいない。
しかも、階層全体に激しい戦闘の跡がある。
元々ボロかった建物はさらに酷くなっている。
どうなってるんだ?
演算機
『現在、三一階層にマスター以外に魔物の存在はありません』
演算機の探知でもダメか。
となると、勘違いじゃないよな。
問題発生だ。
ここまで冒険者は来ていないはずだし
この階層だけか?
それともここ以外も…
演算機。原因に心当たりはあるか?
『恐らく、この階層の魔物同士で争いあったのだと思われます』
なに?
確かに虫系の魔物の知性は低いが、それでもここはダンジョンだ。
ダンジョンに属する魔物は知性が低くても争うなんて事はないはずだが。
それに自然発生ではなく俺が召喚したし。
『マスターの仰る通り、本来ダンジョン内の魔物が争いあうことはありません。
ですが、不注意で殺してしまう事はあります。
特に知性の低い魔物は』
確かに、今回の魔物達は大小様々だし、大きい魔物が小さい魔物を踏み潰すとかはあり得そうだが、それが連続で
しかも階層の魔物が全滅する程に起きるなんてあり得るか?
『マスターが今回召喚した魔物の中に原因と思われる個体がいました。その魔物は逃争虫という名の小さな魔物です』
逃争虫?
駄洒落か?
『臆病な性格で基本的に害はありませんが、逃走時、死亡時に体から毒を排出します』
毒…
それで毒にやられて死んだのか?
でも、それだと戦闘の痕跡の説明がつかないが。
苦しんで暴れ回ったとかか?
『逃争虫が出す毒は対象を殺害する類のものではありません。
毒を摂取した者は闘争本能が高まり敵味方を問わず戦いを挑みます。
この毒が階層全体へ広がったのでしょう』
なるほど。
逃争虫が死亡して、毒が広まったのか。
なら、被害はこの階層だけで済みそうだな。
『いえ、今回召喚された逃争虫は一体だけではありません。四十階層までの各階層に複数体存在します』
……て事は、まさか。
『恐らく、他の階層も似たような状況になっていると思われます』
マジか。ヤバいな。
暴れ回ったって、全滅するわけじゃない。多分敵を求めて他の階層に移動したんだ。
それが廃墟の全階層で起こってる。
被害が他のエリアにも出かねない。
ドライの所に被害は?
『ありません。暴走状態とはいえ、自身より格上のいる階層には進めなかったのでしょう』
まぁ確かに今回の魔物達はみんな中位だからな。
でも、ボスに選んだ個体は高位だ。
あいつも暴れたら被害が…
確認しつつ、四十階層までいこう。
念の為、ルシフェルも呼んで。
ルシフェルと合流し、四十階層までの各階層を見たが、予想通り魔物はおらず同じく戦闘の跡のみが残っていた。
そして、問題の四十階層。
入り口近くには魔物はいなかったが、奥の方から大きな戦闘音が鳴り響く。
まだ、生きてるのがいたのか。
でも、音的に戦ってるよな。
音の方向へ進むとそこでは二体の魔物が争っていた。
一体は俺がボスに選んだ高位の個体。見た目は完全にカブトムシの魔物だ。
しかも大きさは人並み。
対するは小さな魔物だ。
小さいと言ってもカブトムシ型に比べればの話。
大きは大体、人の頭ぐらい。
カゲロウ型の魔物だ。
両者は互いに傷つきながら激しい戦闘を繰り広げている。
カブトムシがカゲロウへ突進を仕掛ける。
しかし、体の小さいカゲロウは軽く避け、胴を槍の様に使い、近づいたカブトムシへ突き刺す。
カブトムシは避けきれずカゲロウの槍を喰らうが、強靭な外殻で跳ね除け
すぐさま角で反撃に出ている。
ここだけ見ると、なんか世界観が違うな…
だが、現実だ。
アイツらが攻撃し合うたびに激しい音が響き、周りの木々は薙ぎ倒されている。
せっかく作った屋敷や他の建物はもはや見る影もない。
「主様、私の後ろへ」
衝撃波や瓦礫はこっちまで飛んでくる。
ルシフェルが守ってくれてなきゃ、俺は今頃粉々だ。
うーん…
これは無理に介入するより、勝敗を待った方が良さそうだな。
無理に止めても、お互いに遺憾が残るだろうし。
そこまでの知性があるかはわからないが。
本能的な何かが出るかもだし。
そんな事を考えている間も、二体の戦闘は続いている。
で、いつ頃終わるのだろうか。
あの二体の戦闘が終われば事態が解決すると思うと、なんか気が抜けてきたな。
暇だし、次の階層のことを考えていよう。
——————
アヴィリルが呑気に考えている間にも戦闘は激しさを増していく。
しかし、二体の体はボロボロだ。
この二体は虫系魔物との乱戦をくぐり抜けた、最後の二体。
アヴィリル達が二体を発見した時点で実に三日ほど戦闘を続けている。
決着は近い。
カゲロウの槍がカブトムシの身体へ命中する。
しかし、またも外殻により阻まれる。
カゲロウは槍を跳ね返されたことにより体勢が崩れ、空中で制御を失う。
そこを勝機とカブトムシは翅を広げ、角を槍の様に構え、先程とは比べ物にならない程の速度で、カゲロウへ突撃する。
カゲロウへカブトムシの角が近づく。
角がカゲロウへ当たる瞬間、カブトムシが一瞬、止まる。
カブトムシの身体にはカゲロウの槍が外殻を突き破り深々と刺さっていた。
カゲロウの槍が刺さる位置は先程からカゲロウが狙っていた場所。
カゲロウは中位の魔物だ。
自分よりも強い魔物に対して正面から戦っても勝てない事は分かっていた。
だからカゲロウは小さな体と機動力を生かし、三日間の戦闘、その全てで同じ箇所に槍を当て続けた。
そして今、カブトムシが勝利を確信し突進するその速度を利用して、疲弊した外殻を貫いたのだ。
カゲロウはカブトムシから槍を引き抜き、距離を取る。
そして、地面へと着地した。
槍代わりにしていた胴体は酷く傷ついている。
カゲロウはもう一度カブトムシに目をやり、動いていない事を確認し、力を抜いた。
しかし、これはただの虫同士の戦いではない。
ダンジョン内の魔物同士の戦闘だ。
カゲロウはカブトムシの足が僅かに動いている事に気づかなかった。
虫だろうと魔物は魔物。
当然スキルを使うことができる。
カブトムシは最後の力を振り絞りスキルを発動。
その身体は赤くなり、蒸気がたっている。
カゲロウが気づき、身を起こす。
攻撃に備え、再び飛び立とうと翅を広げる。
だが
先程と同じ、いやそれ以上に速い速度でカブトムシが近づいてきていた。
カブトムシが発動したスキルは【狂化】
身体能力を高め痛みを鈍化させるスキルだが、同時に理性を失い、敵を倒すまで止まれない。
下手をすれば自滅するスキルだ。
カゲロウは避けられないと判断し、槍を構える。
また同じ場所を狙って。
しかし、これまでの戦闘での疲労と傷により槍の狙いがずれ
カブトムシがカゲロウの胴体を貫き、千切った。
カゲロウは唯一の攻撃手段である胴を失った。
これはカゲロウの油断が原因。
奇しくも、カゲロウがカブトムシ相手に用いた戦略と似ていた。
油断を誘い、一撃を狙う。
だが、まだカゲロウは諦めてはいなかった。
カブトムシは【狂化】が切れれば、もはや虫の息の状態だ。
あと、数秒も経てば効果が切れるだろう。
カゲロウは胴体が千切れた瞬間から翅を全力ではためかせ、胴体を拾い上空へ後退した。
その後間をあけず、胴体を足で持ち本物の槍の様に構え、カブトムシへ突撃した。
カブトムシはカゲロウを一瞬見失うがすぐさま捕捉。
迎撃に出ようとするが、狙った様にスキルの効果が消える。
その間もカゲロウは死にかけの身体を動かし、 カブトムシへ槍を突き刺した。
その槍は正確にカブトムシの核を貫き、今度こそ絶命した。
一歩間違えれば、相打ちすら叶わず討ち取られていただろうカゲロウの最後の博打。
カゲロウは突撃の勢いのまま、地面に打ち付けられた。
カゲロウ命も、もはや数分だろう。
しかし、カゲロウに後悔はなかった。最高の好敵手を倒せたのだから。
そしてその覚悟と、これまでの格上との戦闘経験、ダンジョン内という特殊な立地
ダンジョン内に溢れる魔力によりカゲロウは進化を果たす。
カゲロウの身体が紫色の霧に包まれる。
霧が晴れると、そこにカゲロウの姿はなかった。
代わりに長身の人型の何かが存在していた。
長身で細身、無駄のない体型だ。
シルエットだけを見れば人間に見えるだろう。
しかし、身体は外殻に覆われ、背には真っ直ぐ伸びた一対の美しい翅。
手には槍が握られている。
この魔物は蟲人
高位の魔物であり、カゲロウが進化した姿だ。
——————
え?なんか虫が消えて、人型の魔物がいるんですけど…
いつの間に現れたんだ?
あの二体の決着はどうなった?
『カゲロウが勝利しました』
あ、そうなのか。
カブトムシが勝つと思ってたけど。
単純に体格も大きいし、高位の魔物だし。
『あの人型の魔物は蟲人。高位の魔物です。虫系統の魔物の正統進化先であり、勝者のカゲロウが進化した姿です』
え?進化したの?カゲロウ。
まじか。
へぇ、激闘の末に進化か。やるな。
それに、あの姿も中々かっこいい。
仮◯ライダーが虫をモデルにしたのもわかるな。
すると、蟲人が俺たちに気づいたのか近づいてきた。
ルシフェルが俺の前に出る。
「戦う気ですか?」
確かに、カゲロウとカブトムシの決着が付いたとはいえ、逃争虫の毒の効果が消えたとは限らない。
流石にルシフェルが負ける事はないだろうが、せっかくの蟲人がやられるのはなぁ。
ルシフェルの問いかけに蟲人は一瞬固まるが、次の瞬間
蟲人は地面に槍を突き立て、膝をついた。
顔のみを俺に向けて。
これは、毒の効果は切れたとみていいんだよな?
『進化を果たした時点で無毒化されています』
なるほど。ならよかった。
カブトムシをボスにしようと思っていたが
「カゲロウ。お前が今日から四十階層のボスだ」
蟲人は頭を下げた。
了承してくれたか。
…言葉は話せないのか?高位で、しかも人型なら知性は高そうだが。
カタコトも無理か?それとも無口キャラ?
と、よく顔を見るとその顔には本来あるはずのものがない。
その顔には口がなかった。
おおう、口がないのか。
ある意味無口キャラだな。
そういえばカゲロウも口なかったな。人型に進化しても引き継がれるとは。
「お前の名前はフィーアだ。よろしくな。それとカブトムシとの戦闘の勝利、おめでとう」
これでようやく終わったか。
今後は逃争虫を召喚しないように注意しよう。
またこんな事になったら大変だ。
ていうか、大量の虫が争って最後の一体が進化って
まさに蠱毒だな。
フィーアは毒虫じゃないけど。




