第6話 神様だって大変なのよ
朝から嫌なものが届いた。
『生存報告書に不備あり。至急、神殿へ出頭すること』
赤い文字で書かれた通知を見て、わたしはため息をついた。
せっかく今日は、新しい美容液を試そうと思っていたのに。
仕方なく身支度を済ませ、神殿へ向かった。
◇
「アリエス。おぬし、わしを馬鹿にしておるのか?」
神殿に入るなり、オルディス様が報告書を突きつけてきた。
机には各国からの報告が山積みになっている。いつもより顔色が悪いのは、どうやら寝不足のせいらしい。
「何の話?」
「この生存報告書じゃ。三十人全員が『現地照会済み、回答待ち』となっておるが、送信記録が一件もない」
「あら。添付し忘れたのかしら」
「照会を送れば神殿の通信記録に残る。添付の問題ではないわ!」
ちっ。余計な仕組みを作ってくれたものね。
「じゃあ、もう一度送ればいいんでしょう?」
「そういう問題ではない。送ってもおらん照会を、送ったと報告したことが問題なのじゃ」
「細かいわねえ。どうせ結果は変わらないじゃない」
オルディス様は何か言いかけたが、途中で咳き込んだ。
神々の頂点に立つ存在が、これでは先が思いやられる。
老人が息を整える間、わたしは机の地図を眺めた。魔王軍の支配地域を示す赤い印が、以前より増えている。
「また町が落ちたの?」
「昨夜、西の城塞都市が陥落した。避難民を受け入れる余裕もなくなってきておる。各国は一人でも多くの勇者を求めておるというのに……」
オルディス様はそこで言葉を切り、わたしを睨んだ。
「おぬしたちは、召喚した人間の行方すら把握しておらん」
「だから報告書を出したじゃない」
「虚偽の報告書をな!」
そんなに怒鳴らなくても聞こえているわよ。
「二日以内に正規の照会を送り、確認できた情報を提出し直すのじゃ。先の虚偽記載については、別途調査する」
「分かったわよ」
「分かっておらん顔じゃな。それから、昨日の召喚についても聞きたいことがある」
オルディス様が共有台帳を開いた。
「付与技能が《トイレ我慢》となっておるが、これは何じゃ?」
「そのままの意味よ。一時間長く我慢できるの」
「……魔王軍との戦いに、どう役立つのじゃ」
「行軍中に便利じゃない?」
オルディス様は台帳を見つめたまま、しばらく動かなかった。
「わしは勇者を増やせと言ったはずじゃが」
「一人増えたでしょう? ちゃんとノルマにも数えられているわよ」
「数だけ増えても、戦えなければ意味がなかろう!」
それなら最初から、強い人間だけ召喚しろと言えばいいのに。
もっとも、そんな条件を付けたら月三十人なんて集まるわけがない。オルディス様だって、それくらい分かっているはずだ。
「今は召喚を止めるわけにもいかん。だが、これ以上いい加減な仕事を続けるなら、権能の使用状況も調査せねばならんぞ」
「はいはい。気をつけます」
うるさい話はこれで終わりらしく、ようやく帰る許可が出た。
神様も大変なのね。
まあ、わたしには関係ないけれど。
◇
私室に戻ったわたしは、三十人分の照会状を作成した。
昨日までなら適当な文面を書いて済ませたところだが、今回は本当に送らなければならない。送信日時が記録される以上、前に嘘を書いたことも消えないらしい。
まったく、融通の利かない仕組みだ。
送り先を選び、名前を確認して、ようやく三十通を送信したころには、お茶がすっかり冷めていた。
「これだけ働かせるんだから、お給料を上げてほしいわね」
椅子にもたれていると、早速一通の返信が届いた。
西方の王国からだった。
『対象召喚者は王国軍への配属を拒否。その後、軍用馬二頭および食料を持ち出して逃走。現在の所在は不明』
「……は?」
何をやっているのよ、あの男。
確か、召喚したときから態度の悪い人間だった気がする。勇者になれると言っても喜ばず、給料はいくらだの、帰る方法はあるのかだの、くだらない質問ばかりしていた。
それでもスキルを与えて送り込んだのに、今度は馬泥棒とは。
報告書の続きを読む。
『当該人物は女神によって遣わされた勇者であると名乗り、王国軍に特別待遇を要求していた模様』
「あらまあ」
そんなことを言った覚えはないけれど、勇者として送り込んだのは事実だ。
だからといって、馬を盗んでいい理由にはならないわよね。
続いて二通目が届いた。
『召喚者三名のうち一名が死亡。一名が軍を離脱。残る一名は訓練に参加中』
三通目には、魔王軍との交戦後に消息を絶った人間の報告が入っていた。
思ったより生き残っている人間が少ないらしい。
まあ、相手は魔王軍だもの。仕方ないわね。
わたしは確認できた情報を書き写し、残りの返事を待つことにした。
ところが、先ほどの西方の王国から、追加の書類が届いた。
『召喚者による窃盗被害について、担当女神アリエスに損害の補償を求める』
「……何ですって?」
同封されていた明細には、軍用馬二頭と食料の代金、それに逃走した男の捜索費用まで記載されていた。
最後には、こんな一文まで付いている。
『七日以内に回答がない場合、今後、貴女神による召喚者の受け入れを見合わせることを検討する』
「冗談じゃないわよ!」
わたしは請求書を机に叩きつけた。
「そんな損害なんて知ったことじゃないわ! 盗んだ本人に請求しなさいよ!」
そもそも、人間を一人送り込むのだって手間がかかるのだ。スキルまで与えてあげているのに、その人間が勝手に盗みを働いたから金を払えだなんて、どこまで図々しいのかしら。
それに、受け入れを断るというなら勝手にすればいい。
エルヴェリアにはほかにも国がある。わざわざ面倒な請求をしてくる王国へ送り込む必要はないだろう。
「知らないわよ、そんなの!」
わたしは請求書を引き出しに放り込み、勢いよく閉めた。
返信なんて出さない。
馬の代金が欲しいなら、馬を盗まれないように管理しておけばよかったのだ。
人間の不始末を女神に押しつけるなんて、まったく迷惑な話ね。




