第2話 蘇生には料金がかかります
月が替わった。
昨日まで三十人だった召喚実績は、今朝になってゼロに戻っている。せっかくノルマを達成したばかりなのに、また三十人も送り込まなければならない。
「神の野郎、少しは休ませてくれてもいいのに」
わたしは机に頬杖をつき、人間界の様子を映した鏡を眺めていた。
昨日見つけた好みの男は、今朝も元気にジョギングをしている。あれだけ健康そうだと、当分死にそうにない。
せっかくいい男を見つけたのに、残念だわ。
そんなことを考えていると、来客を知らせる鈴が鳴った。
机の上に書類が現れる。
三浦美和、四十七歳。会社経営者。死因は急性心不全。会社の社長室で倒れたらしく、現在は社員による救命措置が行われている。
会社経営者ということは、それなりにお金を持っているかもしれない。
「いらっしゃい」
わたしが指を鳴らすと、白い光とともに一人の女性が現れた。
仕立てのよさそうなスーツを着た、いかにも仕事のできそうな女性だ。
「……ここは?」
「異世界に通じる次元の狭間よ。わたしは女神アリエス」
「女神?」
「残念だけど、あなたは死んでしまったの」
女性は驚いた様子だったが、すぐに何かを思い出したように胸を押さえた。
「そういえば、会社で急に胸が苦しくなって……」
「急性心不全ね。運が悪かったわね」
「そう……」
女性はしばらく黙っていたが、やがて顔を上げた。
「それで、わたしはこれからどうなるの?」
「異世界へ行ってもらうわ。魔王と戦う人間が足りないのよ」
「わたしが戦うの?」
「そうよ」
「冗談でしょう。戦争なんてしたこともないのに」
「向こうで覚えればいいじゃない」
女性は呆れたようにわたしを見た。
何なのよ、その目は。
もっとも、書類によれば死亡してからまだ数分しか経っていない。肉体にも大きな損傷はなく、今なら蘇生できる可能性が高い。
せっかくの金持ちを、ただで異世界に送り込むのはもったいない。
「ところで、あなた。元の世界に戻りたくない?」
「戻れるの?」
「もちろん。ただし、お金が必要だけどね」
「いくら?」
あら。
女神が金を取るのかと怒り出すかと思ったのに、ずいぶん話が早い。
わたしは女性の身なりを改めて眺めた。
腕時計だけでも、かなり高そうだ。会社経営者なら、相当な蓄えがあるのだろう。
「そうねえ……五千万円でどうかしら」
「分かったわ」
「……えっ?」
「五千万円ね。払うわ」
ちょっと待って。
今、何て言った?
「五千万円よ? 五百万円じゃないのよ?」
「聞こえているわ。それで確実に生き返れるのね?」
「え、ええ。肉体の状態も悪くないし、今なら大丈夫だと思うわ」
「思う?」
「絶対なんて言い切れないわよ。それに、蘇生できても病気そのものが治るわけじゃないから」
「つまり、生き返ったあとに治療が必要になる可能性があるのね」
「そういうことよ」
女性は少し考えたあと、頷いた。
「いいわ。それなら五千万円でお願いする」
しまった。
こんなに簡単に承諾するなら、一億円くらい請求しておけばよかった。
わたしが後悔していると、女性は腕を組んだ。
「ただし、支払いは蘇生に成功してからよ。失敗したのに五千万円を請求されても困るもの」
「当たり前でしょ。死んだままの人間から、どうやってお金を取るのよ」
「あなたなら何か方法を考えそうだけど」
失礼な女ね。
わたしは机の引き出しから契約書を取り出した。
蘇生料金は、生き返ってから指定口座に振り込んでもらう。支払いを踏み倒されないよう、魂に契約を刻むことになっている。
女性は契約書を受け取ると、細かいところまで読み始めた。
「支払期限は蘇生から七日以内……指定口座への振り込み……。ねえ、この口座の名義人は誰なの?」
「わたしの協力者よ。人間界にいるの」
「あなた自身の口座じゃないのね」
「女神が人間界に銀行口座なんて持てるわけないでしょ」
「それもそうね」
女性はもう一度契約書に目を通し、署名した。
その瞬間、魂に契約の印が刻まれる。
「それじゃ、生き返らせるわね」
「お願いするわ」
わたしは女性の額に指を当てた。
白い光が彼女を包み込み、その姿が少しずつ薄れていく。
「あっ、そうだわ」
「何よ?」
「領収書は発行してもらえる?」
「……領収書?」
「五千万円も払うのよ。税理士に相談したいから、ちゃんとした書類が欲しいの」
「そんなの知らないわよ!」
わたしが怒鳴ると、女性は苦笑いを浮かべながら消えていった。
まったく、最後まで商売のことばかり考えている女だった。
わたしは鏡を取り出し、人間界の様子を覗いてみた。
女性は会社の床に横たわっており、社員らしき男が必死に胸を押している。
やがて女性が小さく身じろぎすると、男は驚いて手を止めた。
「社長! 社長、大丈夫ですか!」
周囲の社員たちも駆け寄ってくる。
女性は苦しそうに息をしながら、何かを話そうとしていた。
どうやら蘇生には成功したようだ。
わたしのおかげで助かったというのに、誰一人として感謝の言葉を口にしない。
まあ、いいわ。
五千万円も払ってもらえるのだから、少しくらい大目に見てあげよう。
◇
三日後、人間界の協力者から連絡が入った。
『アリエス様。先日の蘇生料金ですが、入金が確認できました』
「ちゃんと五千万円入っていた?」
『はい。全額振り込まれています』
「そう。ご苦労様」
わたしは満足して頷いた。
五千万円もあれば、当分は欲しい物を我慢せずに済む。先日ミレーネが自慢していた限定の香水だって、まとめて買えるだろう。
『ただ、一つ問題がありまして……』
「何よ?」
『振込人の三浦美和様から、領収書を要求されています』
「まだ言っているの、あの女!」
『五千万円という高額な支払いですし、記録を残しておきたいそうで』
「適当に作って渡せばいいじゃない」
『発行者の名前と、但し書きをどうするか確認したいんです』
「そんなの、あなたに任せるわよ」
『では、但し書きは蘇生料金としておきますか?』
「それでいいんじゃない?」
『発行者はアリエス様のお名前で?』
「そうね」
『……税務署に何を聞かれても、わたしでは説明できませんよ』
面倒くさいわね。
人間界の税金なんて、わたしの知ったことではない。
「あなた、そういうことを何とかするために雇っているんでしょう。ちゃんと仕事をしなさいよ」
『はあ……』
協力者は何か言いたそうだったが、わたしは構わず連絡を切った。
人間というのは、何かにつけて文句が多い。
それでも、五千万円の売り上げは嬉しい。早速、人間界の通販サイトを覗き、欲しかった化粧品を注文することにした。
限定品の香水に高級美容液、新作の口紅。前から気になっていたラノベもまとめて取り寄せよう。
買い物を楽しんでいると、机の上に一通の通知が現れた。
天界からだった。
『女神各位。明日、定例会議を開催する。全員出席のこと』
差出人は大神オルディス。
「また会議? 何を話すことがあるのよ」
通知には議題も記されていた。
『勇者召喚の実績、および召喚者の生存状況について』
生存状況?
送り込んだ人間が、そのあとどうなっているかなんて知らないわよ。
わたしは通知を机の端に寄せた。
それよりも、注文した香水が届くのが楽しみだ。




