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『悪役女神アリエスは反省しない』~蘇生は有料、勇者は使い捨て、ノルマは月30人~  作者: 夜麦ナギ


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第1話 女神アリエスのお仕事

 わたしの名前はアリエス。女神だ。


 人間界で不幸にして死んだ人間を、異世界へ送り出す仕事をしている。女神というと、さぞ優雅な暮らしをしていると思うかもしれないが、実際はそうでもない。毎月のノルマに追われる、なかなか大変な仕事なのだ。


「……ここはどこだ?」


 今日も一人の男が、わたしの前で目を覚ました。


「異世界に通じる次元の狭間よ」

「い、異世界だと……?」


 男は目を丸くして辺りを見回した。何もない真っ白な空間に、机と椅子が置いてあるだけなのだから、驚くのも無理はない。


「あなたは死んだの。心筋梗塞による突然死ね」

「し、死んだ? 俺が?」

「そうよ。残念だったわね」


 男は信じられないという顔で自分の胸を触ったり、腕をつねったりしている。


 こういう反応には慣れている。死んだことを受け入れられず、元の世界に戻してくれと泣きつく人間もいれば、異世界に行けると知って喜ぶ人間もいる。今日の男は、どうやら前者らしい。


「待ってくれ! 俺には妻も子供もいるんだ!」

「それがどうかしたの?」

「まだ死ぬわけにはいかない! 頼む、元の世界に戻してくれ!」


 男は机に手をつき、必死な顔で訴えてきた。


 わたしは書類に目を落とした。


 死亡してから、まだ十分も経っていない。肉体にも大きな損傷はなく、魂を戻してやれば生き返らせることができそうだ。


 もっとも、ただで生き返らせてあげるつもりはない。


「あなた、お金持っている?」

「……は?」

「貯金よ。どのくらいあるの?」

「な、何でそんなことを聞くんだ?」

「鈍いわね。お金を払えば、元の世界に戻してあげると言っているの」


 男はしばらく口を開けていたが、やがて顔を真っ赤にした。


「め、女神が金を取るのか!」

「別にいいでしょ。地獄の鬼も何とかというじゃない」

「地獄の沙汰も金次第だろ!」

「そう、それよ。よく知っているじゃない」


 なかなか物分かりのいい人間だ。


「それで、いくら払えるの?」

「いくらって……蘇生にはいくらかかるんだ?」

「それを聞いているんじゃない。あなたがいくら持っているかを聞いているのよ」

「まさか、貯金を全部取るつもりじゃないだろうな!」

「あら。全部払ってくれるの?」


 男は呆れたようにわたしを見た。


 失礼な人間ね。せっかく助けてあげようとしているのに。


 もちろん、生き返った人間が料金を踏み倒す可能性はある。だから、蘇生させる際には魂に契約を刻み、あとから指定した口座に振り込ませることにしている。


 人間界には、わたしの息が掛かった女がいる。その女を通じて、流行りのコスメや美味しいスイーツ、ラノベなんかを取り寄せているのだ。


 女神同士で集まって、買った物を見せ合うのも楽しみの一つである。先日もミレーネに限定品の香水を見せびらかしたら、ずいぶん悔しがっていた。


 ただし、人間界で買い物をするにはお金が必要だ。女神だからといって、商品をただで貰えるわけではない。


 そのため、蘇生を希望する人間には、それなりの金額を払ってもらうことにしている。


「頼むよ。妻も子供もいるんだ。貯金を全部持っていかれたら、家族が生活できなくなる」

「じゃあ、払える金額を言いなさいよ」

「そもそも、どうして女神が金を欲しがるんだ!」

「わたしにだって色々と事情があるのよ」


 まったく、面倒くさい男だ。


 わたしは机の上に置いてある、もう一枚の書類を確認した。


 今月の召喚実績、二十九人。


 あと一人送り込めば、今月のノルマを達成できる。


「ねえ、あなた。生き返る気があるの? ないの?」

「もちろんある! だが、お前みたいな女神に大金を渡すのは納得できない!」

「そう。じゃあ、交渉は終わりね」


 わたしは椅子から立ち上がった。


「あなたは異世界行きよ」

「なっ! ちょっと待ってくれ!」


 指を鳴らすと、男の背後に巨大な扉が現れた。扉がゆっくりと開き、向こう側から冷たい風が吹き込んでくる。


「ほら、さっさと行きなさい」

「嫌だ! 俺は元の世界に帰りたいんだ!」


 男は机にしがみついたが、そんな抵抗は無駄だ。わたしが軽く手を振ると、男の体が宙に浮き、扉へ向かって引っ張られていく。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 金ならある! 払うから!」

「もういいわ」

「いくらでも払う! だから助けてくれ!」

「しつこいわね。あなたを送り込めば今月のノルマも達成するのよ。もう気が変わったの」

「そ、そんな勝手な……うわああああああ!」


 男は悲鳴を上げながら、扉の向こうへ消えていった。


 わたしは扉を閉じ、書類に印を付ける。


 三十人。これで今月のノルマは達成だ。


「ふぅ……やっと終わったわ」


 まったく、人間を異世界に送り込むのも楽ではない。ああだこうだと文句を言う人間を相手にするのだから、こちらの身にもなってほしいものだ。


 机の上を片付けていると、書類の束から一枚の紙が出てきた。


「あら?」


 スキル付与申請書だった。


 そういえば、さっきの男にスキルを与えるのを忘れていた。


 異世界は、剣と魔法のファンタジーというやつだ。魔物もいれば、魔族だっている。何のスキルも持たずに送り込まれたら、簡単に死んでしまうかもしれない。


「ま、いっか。あいつ、勇者の素質もなさそうだったしね」


 今さら送り直すわけにもいかない。それに、わたしの仕事は人間を送り込むところまでだ。向こうでどう生きるかは、本人の問題である。


 わたしは申請書をゴミ箱に放り込んだ。


 さて、仕事も終わったことだし、お風呂にでも入ろう。


 私室に戻り、浴槽に湯を張る。お気に入りの入浴剤を入れると、甘い花の香りが広がった。


 この入浴剤も人間界から取り寄せたものだ。女神になって数百年になるけれど、人間というのは次から次へと面白い物を作る。ラノベなんかも案外に面白く、つい夜更かししてしまうことがある。


「まったく、神の野郎も人使いが荒いんだから」


 湯船に肩まで浸かりながら、わたしは愚痴をこぼした。


 最近は魔王軍の勢いが増しているとかで、神がやたらと召喚数を増やしたがっている。


 異世界の人類が滅亡しそうなのは分かるけれど、だからといって、わたしたち女神にばかり負担を押しつけるのはどうかと思う。


 そもそも、戦うのは人間の仕事だ。


 わたしだって異世界に行こうと思えば行けるが、魔族に見つかったら何をされるか分からない。そんな危ないところへ、わざわざ出向くつもりはなかった。


「来月も三十人かあ。嫌になっちゃうわね」


 わたしは湯船に浸かったまま、目の前に小さな鏡を出現させた。


 女神の権能を使えば、この鏡で人間界の様子を覗くことができる。人間を探すだけでなく、流行りのファッションや新作コスメを調べるのにも便利だ。


 今日は何か面白いものがないかしら。


 鏡に映る街並みを眺めていると、歩道を歩く一人の男が目に留まった。


「あら。いい男じゃない」


 背が高く、顔立ちも整っている。服装の趣味も悪くない。


 こういう男なら、次元の狭間に呼んで、しばらく話し相手になってもらうのもいいかもしれない。


 残念ながら、生きている人間を勝手に召喚することはできない。わたしが呼び寄せられるのは、不幸にして死んだ人間だけなのだ。


 男は誰かと電話で話しているらしく、とても楽しそうに笑っていた。


 ずいぶん幸せそうね。


 わたしは鏡の中の男を眺めながら、湯船の縁に頬杖をついた。


「ちょうどよく死んでくれないかしら」

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