第11話 女神に呪いをかけるなんて
今日は、朝から人間界を眺めていた甲斐があった。
目をつけていた工場で事故が起き、作業員が三人亡くなったのだ。
わたしは早速、三人の魂を呼び寄せた。
「ちょっと待ってくれ! 俺たちはどうなったんだ!」
「落ち着きなさい。三人とも死んでしまったのよ」
「死んだって……」
「でも安心して。別の世界で新しい人生をあげるわ」
三人が騒ぎ始めたので、手早くスキルを付与してグラードへ送り込んだ。
戦争を支える鉱山都市だと説明すると、一人が剣術のスキルを欲しがったけれど、そんなものを与えても鉱石は増えないだろう。
《筋力補助》で十分よ。
午後には交通事故で一人、夕方には急病で一人。もちろん、どちらも死亡を確認してから呼び寄せた。
いつもは何時間も探して空振りなのに、今日は実に効率がいい。
「これで今月十六人。残り十四人ね」
五人も送り込んだのだから、今日はもう働かなくていいでしょう。
わたしが鏡を片付けると、ちょうどグラードから感謝状が届いた。
『本日も勇者様を五名ご派遣いただき、誠にありがとうございます。皆様の働きぶりに、現場の者たちも大変喜んでおります』
執政官ボルグからだ。
続いて祭壇が光り、小箱が現れた。
中には、青い月光石が五粒。
「あら、素敵!」
昨日もらった三粒と合わせれば八粒になる。
わたしは銀の鎖に宝石をつなぎ、首飾りに仕立てた。
胸元に掛けてみると、淡い青色が肌によく映える。少し派手かもしれないけれど、わたしくらい美人なら、この程度は着こなせるものだ。
「ふふっ。ミレーネに見せてあげなくちゃ」
あの女、きっと悔しがるわね。
◇
翌朝、鏡の前でわたしは固まった。
「……何、これ?」
額に赤い点が二つ。
頬にも三つ。
しかも、鼻の横に大きなニキビまでできている。
「うそでしょ!」
慌てて美容液を塗った。
治癒の権能も使ってみたけれど、赤みは少しも引かない。
女神の肌にニキビなんて、聞いたことがない。
昨日、何か変なものを食べたかしら。人間界から取り寄せたケーキ? それとも、夕食のあとにつまんだチョコレート?
思い当たるものを数えていると、突然お腹が鳴った。
それも、かなり嫌な音だった。
「……あら?」
直後、下腹部に痛みが走った。
わたしは化粧室へ駆け込んだ。
ようやく出てきたと思ったら、また痛くなる。
午前中は、その繰り返しだった。
「何なのよ、もう!」
顔にはニキビ。お腹は最悪。
こんな姿、誰にも見せられないじゃない。
◇
『アリエス! ちょっと聞いてよ!』
昼過ぎ、ミレーネから連絡が入った。
「今、それどころじゃないんだけど」
『わたしの顔に、ニキビができたの!』
思わず手が止まった。
「……あなたも?」
『えっ? まさかアリエスも?』
「それだけじゃないわ。朝からお腹までおかしくて、散々な目に遭っているのよ!」
『わたしもよ! もう、どうなっているの!』
鏡に映ったミレーネは、照明を随分と暗くしていた。
どうやら肌を見られたくないらしい。
わたしも少し照明を落とした。
「昨日、何を食べた?」
『普通よ。そっちは?』
「ケーキとチョコレートくらいね」
『わたしは食べていないわ。化粧品は?』
「いつものものよ」
お互い、原因が分からない。
そこでミレーネが、ふと思い出したように言った。
『そういえば、昨日グラードから宝石が届いたの』
「……月光石?」
『そう! あなたも持っているの?』
「八粒あるわよ。昨日、首飾りにしたところなの」
『わたしは四粒。あんまり綺麗だから、寝るときもつけていたわ』
わたしは鏡台の上に置いた首飾りを見た。
まさかね。
念のため、鑑定の権能を使ってみる。
八粒のうち、一粒だけが妙な光を放った。
「……何よ、これ」
よく調べると、宝石の奥に黒い糸のようなものが絡みついている。
残りの七粒には、何の異常もない。
『アリエス、それをこっちにも見せて』
ミレーネが通信越しに調べ、声を上げた。
『呪詛じゃない!』
「呪い?」
『ええ。それも、魔族が使う術式によく似ているわ』
わたしは問題の宝石をつまみ上げた。
こんな小さな石に、呪いが仕込まれていたというの?
ミレーネも自分の月光石を調べたところ、四粒のうち一粒から同じ術式が見つかった。
『全部じゃないのね』
「わたしも八粒のうち一粒だけよ」
どうやら、普通の宝石に紛れ込ませてあったらしい。
厄介なことに、身につけているだけで少しずつ呪いが染み込み、肌荒れや腹痛を引き起こす仕組みになっていた。
女神の力を直接奪えるほど強い呪いではないが、放っておけば体調不良が続くらしい。
「何て陰湿なの!」
『しかも、術者の魔力をたどれないようにしてあるわ。誰が仕込んだのか分からないのよ』
「グラードから届いたのは確かでしょう?」
『ええ。でも、採掘場なのか、加工する場所なのか、誰かが途中で紛れ込ませたのか……そこまでは分からないわ』
わたしは執政官ボルグの顔を思い出した。
あんなに丁寧な男だったのに、贈り物の管理くらいちゃんとしてほしいものだ。
「とにかく、呪いを何とかしなさいよ」
『その石だけ浄化すればいいわ。ただし、術式が深く入り込んでいるから、宝石は割れると思う』
「えっ?」
わたしは手元の月光石を見た。
せっかく八粒揃えたのに。
「壊さずに済む方法はないの?」
『あるかもしれないけど、調べるのに時間がかかるわよ。その間、ずっとお腹を壊していてもいいなら』
「嫌よ!」
わたしは即座に浄化の権能を使った。
青い宝石に亀裂が走り、ぱきんと音を立てて砕ける。
黒い煙が一筋立ち上り、消えた。
すると、さっきまでの腹痛が嘘のように治まった。
ニキビも少しずつ薄くなっていく。
残りの七粒は無事だったけれど、せっかく揃えた首飾りが台無しじゃない。
「……許せないわ」
『わたしも一粒割れたのよ!』
ミレーネも相当腹を立てていた。
それはそうでしょうね。
自分の顔にニキビを作られた挙げ句、大事な宝石まで壊されたのだから。
◇
「それで、どうする?」
ミレーネが尋ねた。
わたしは残った七粒の月光石を箱に戻しながら考えた。
「まず、呪いを仕込んだ奴を見つけないとね」
『術式は魔族のものに似ているけど、誰がやったかまでは分からないのよね』
「グラードのどこかに、魔族が潜んでいるんじゃない?」
『その可能性はあるわ。でも、確証はないわよ』
執政官ボルグに問い合わせてみることも考えたが、そんなことをすれば、相手にこちらが呪いに気づいたと教えることになる。
それに、また気の遠くなるような調査報告書を書かされるかもしれない。
「直接行って調べるのは嫌よ」
『わたしも。魔族がいるかもしれないんでしょう?』
二人とも、そこは意見が一致した。
女神だからといって、危険な場所に自分から出向く必要はない。
「そうだわ。勇者に調べさせればいいじゃない」
『勇者に?』
「ええ。魔族が関わっているなら、見つけてやっつけてもらえばいいのよ」
『でも、普通の人間じゃ返り討ちに遭うかもしれないわ』
「だったら、強い人間を選べばいいでしょう?」
今までとは違う。
ただ人数を揃えるために送り込むのではなく、勇者としての適性をきちんと調べるのだ。
もちろん、強力なスキルだって与えてやる。
『でも、上級スキルは神力を随分使うわよ?』
「今回は仕方ないわ。あんな連中を放っておけないもの」
『そうね……。魔族を見破れる能力も欲しいわね』
「それに、呪いを防げるものも必要よ。剣術や魔法だけじゃ足りないかもしれないわ」
ミレーネは技能一覧を開き、真剣な顔で候補を探し始めた。
わたしも隣に一覧を広げた。
人間界には何十億人もいるのだから、魔族と戦えるほど優秀な人間だっているはずだ。
問題は、そういう人間が都合よく死んでくれるかどうかだけれど。
「ねえ、ミレーネ」
『何?』
「どんな勇者を送り込めば、一番ひどい目に遭わせられるかしら」
『そうねえ。犯人を見つけたら、まず謝らせたいわ』
「謝罪だけじゃ足りないわよ。宝石も弁償させなきゃ」
『わたしの分もね。それから、女神を呪ったことを後悔させてやりましょう』
「ふふっ。それはいいわね」
二人で技能一覧を眺めながら、あれこれ相談した。
普段は三十人のノルマをこなすだけでもうんざりするのに、今日は不思議と仕事が苦にならない。
そうよ。やるからには、とびきり強い勇者を用意してあげる。
わたしの顔にニキビを作った報いは、きっちり受けてもらわなくちゃ。




