第10話 勇者の引き取り
『今後、当王国は女神アリエスによる召喚者の受け入れを停止する』
「……何よ、これ」
朝から届いた通知には、西方王国の国王印が押されていた。
例の馬泥棒の件だ。
わたしが送り込んだ人間が軍用馬を二頭盗んで逃げたとかで、弁償を求められていた。当然、そんなものは無視していた。
すると今度は、勇者の受け入れをやめると言い出したらしい。
「勝手にすればいいじゃない」
通知を屑籠へ放り込んだ。
ところが、召喚先の一覧を開いてみると、少々困ったことになっていた。
西方王国には、わたしが普段から利用している転送先が三か所ある。そのすべてが使えなくなったのだ。
ほかの国も、避難民でいっぱいだったり、魔王軍の攻撃を受けていたりして、受け入れ人数に制限がある。
「勇者が欲しいって言っていたくせに、注文の多い連中ね」
一覧をめくっていると、一枚の案内が目に留まった。
『勇者受け入れ枠、大幅拡大。人数制限なし』
北方の鉱山都市グラート。
魔王軍との戦争に必要な鉱石を産出する都市らしい。
さらに、その下には魅力的なことが書いてあった。
『召喚者一名につき、特産の月光石を一粒奉納いたします』
「……月光石?」
わたしは早速、都市の担当者を呼び出した。
◇
『女神アリエス様! お話をいただき、光栄でございます』
鏡に現れたのは、立派な口髭を蓄えた中年の男だった。
執政官のボルグと名乗った。
『当市では現在、戦争に必要な鉱石の増産を進めております。何人でも受け入れますので、ぜひ勇者様をお送りください』
「それで、宝石をいただけるという話だけれど」
『はい。こちらでございます』
ボルグが小箱を開くと、青く透き通った宝石が現れた。
「まあ、綺麗!」
『一名につき一粒。十名なら十粒、二十名なら二十粒でございます』
何て素晴らしい話なのかしら。
「分かったわ。何人か送ってあげる」
『ありがとうございます! できれば採掘や運搬に適した技能をお持ちの方をお願いいたします』
「任せてちょうだい」
ボルグから送られてきた受け入れ契約書に署名し、通信を切った。
これで送り先は確保できた。
問題は、送り込む人間の方である。
◇
「さて、誰か死にそうな人はいないかしら」
わたしは人間界を映す鏡を広げた。
召喚業務で面倒なのは、この作業だった。
人間界では毎日大勢が死んでいるけれど、その魂が勝手にわたしの部屋へ集まってくるわけではない。こちらで目星をつけ、死亡を確認してから呼び寄せる必要がある。
早瀬のときはノクスに任せたが、毎回あんな大金を払ってはいられない。
まずは工事現場を覗いてみた。
高い足場で作業している男がいる。
「あら、危なそうね」
しばらく見守ったものの、男は何事もなく仕事を終えた。
次に病院を覗く。重い病気で入院している人間が大勢いたが、若くて体力のありそうな患者はなかなか死なない。
手術室の前で待っていたら、医者が出てきて家族に頭を下げた。
どうやら手術は成功したらしい。
「おめでたいことね」
わたしにとっては、あまりおめでたくないけれど。
昼前には交通量の多い道路を覗き、危なっかしい運転をしている男を見つけた。
ところが、事故を起こす前に警察に捕まってしまった。
「もう! 余計なことを!」
結局、昼過ぎまで一人も見つからなかった。
これだから召喚の仕事は嫌なのよ。
わたしは菓子をつまみながら、今度は港の荷役作業場を覗いてみた。
大型の荷物を運んでいた作業員たちが、突然騒ぎ始めた。
積み上げていた荷物が崩れ、一人が下敷きになったらしい。
「あら!」
慌てて様子を確認する。
周囲の人間たちが救助を試みていたが、間に合わなかった。
死亡を知らせる記録が現れる。
「ようやく一人ね!」
わたしはすぐに魂を呼び寄せた。
◇
「……えっ? 俺、死んだんですか?」
現れたのは二十代の男性だった。
「そうよ。でも安心して。新しい人生を用意してあげるわ」
男は混乱していたが、異世界で生き直せると説明すると、少し落ち着いた。
「それで、向こうでは何をするんですか?」
「鉱山都市へ行ってもらうわ。魔王軍との戦いを支える、大切なお仕事よ」
「鉱山……?」
「《筋力補助》のスキルをあげるから、きっと役に立つわ」
男は何か尋ねようとしたが、わたしは早速、次元の扉を開いた。
ようやく見つけた一人目だ。あまり時間をかけたくない。
「それじゃ、頑張ってね!」
男は戸惑いながらも、扉の向こうへ消えていった。
これで今月九人目。
残り二十一人。
「……先が長いわねえ」
わたしは再び鏡を広げた。
せめて今日は、あと二人くらい見つけたい。
◇
夕方近くになって、工場で働いていた三十代の女性が事故で亡くなった。
それまで何時間も人間界を見続けていた甲斐があったわ。
女性は家族のことを気にしていたが、元の世界へは戻れないと説明し、《夜目》を付与してグラートへ送り出した。
さらに夜になって、四十代の運送会社員が急死したところを見つけた。
すぐに魂を呼び寄せ、《疲労耐性》を与える。
「これで三人ね」
朝から鏡にかじりついて、ようやく三人。
見つけたと思ったら助かった人間も何人かいたし、ずいぶん時間を無駄にしてしまった。
でも、今日はもう十分でしょう。
わたしは鏡を閉じ、伸びをした。
そのとき、机の上に一通の手紙が現れた。
『女神アリエス様へ。勇者様三名のご派遣、誠にありがとうございます』
グラートの執政官ボルグからだった。
『お送りいただいた三名は、いずれも無事に到着され、早速それぞれの持ち場で働いておられます。皆様まじめで働きぶりもよく、現場の責任者たちからも感謝の声が上がっております』
「あら、そうなの?」
なかなか優秀な人間たちだったのね。
『とりわけ、女神様から賜った技能が大変役立っております。《筋力補助》《夜目》《疲労耐性》、いずれも当地に必要な能力ばかりでございます』
ふふっ。見る目があるじゃない。
適当に選んだわけではないのよ。
『今後とも、一人でも多くの勇者様をご派遣いただけましたら幸いです。当市を挙げて歓迎いたします』
手紙の最後には、ボルグの丁寧な署名があった。
こういう感謝状なら、何通届いても構わないわね。
わたしが満足していると、祭壇が淡く光り、小箱が現れた。
中には青い月光石が三粒。
「まあ、素敵!」
手に取ると、光の当たり方によって銀色にも見える。
耳飾りにしてもいいし、揃えて首飾りにするのもよさそうだ。
わたしは三粒を並べ、しばらく眺めていた。
人間を探すのは大変だったけれど、送り先に喜んでもらえて、そのうえ宝石までもらえる。
これなら、苦労した甲斐があったというものだ。
わたしは召喚実績を確認した。
今月十一人。
残り十九人。
まだ先は長いけれど、グラートなら人数制限もないし、文句も言わずに受け入れてくれる。
何より、送った人間たちが早速よく働いているというのだから、安心だ。
「明日も頑張って探しましょうか」
わたしは月光石を小箱へ戻し、鏡台の引き出しにしまった。
十九粒揃ったら、首飾りを作ろう。
どんな形が似合うかしら。
わたしはしばらく、宝石の飾り方を考えていた。




