09
「──はい、では……こ、今度こそ、水魔術で綺麗な音を出せるよう、頑張っていきたいと思います……!」
ルベラさんと会ってから二日後の夜。
今日の配信は前回のリベンジ。水の魔術でこう、風流で涼し気な音を奏でていきたいところ……!
〈いぇーい〉
〈気合入っとるなぁ〉
〈他意はないけど前の音も好き。他意はないけど〉
〈我々としてはどちらでもご褒美〉
〈頑張ってください〉
リスナーさんたちも応援してくれている。
改めて気合を入れ直しつつ、まずは入門用教本を軽く読み返すこと少し。
「ぜ、前回は水球の生成後……明確に質量を感じられる状態になってからの、生成物の操作がおぼつかなかったのが、その、良くなかったと思っています……ので……」
今一度水魔術の基本を頭に入れてから、前回の失敗点を意識。
ダミヘちゃんの右耳近くに手を掲げて、水球の魔術を発動する。
「い、いきます……──『魔導:小水球』……!」
まずは音もなく、小さな小さな水の球体が、手のひらの上に生成される。
周囲の水分を寄せ集めて可視化されたそれは、透明かつ流動性のある質量物。操作するには、風魔術などとはまた違った感覚を掴まなければならない。
「ぅ、うぅぅむぅっ……質量、しつ、質量とはっ……?」
自分が口からなにを零しているのかもよく分からないまま、魔導性を帯びた水球を睨みつける。まったく操作できないわけじゃない。けれども思いのままに操れるわけでもない。左に震え右に揺れ、上部が凹んではその窪みが左右から均される。
そのたびにタプントプンと、いやそれならまだ音としては綺麗なほうで……流動を制御しようとして逆に変に波打たせてしまえば、ぴちゃぺちゃちゃぷちゃぱとあんまり涼しくない、なんならちょっと粘っこくすら感じる音が鳴る始末。
「む、難しい……っ」
〈すごくこう……乱れてるな。水が〉
〈動かせてはいるんだがな〉
〈(水系統はあんま向いてないかもしらんなこれ……)〉
〈でもこの音も好きよ〉
〈それはまあ、うん〉
〈耳元でぴちゃぴちゃ鳴らされるとその、はい〉
〈ある意味で才能ある〉
〈ぐゃんばってください〉
〈へろへろになってるリスナーおるけど大丈夫そ?〉
周囲を漂うコメントにもあまり目が通せず、とにかく水球の操作、制御、質量、流動性、それを魔力を介して直接操る……ってどういうこと……? そもそも、普段わたしが質量物に対してやってることなんて避けるか斬るかのほぼ二択なわけで、それを掌握するイメージが上手くできな──あっ。
「──ぁっ、あっ……き、斬っちゃった……」
〈いや草〉
〈斬っちゃったて〉
〈ほんとに真っ二つになってて笑う〉
〈ド真ん中一本キレーな縦割り〉
〈剣士の才能あるんじゃない?w〉
斬るというイメージが流れ込んでしまったのか、水球はちょうど真ん中から、縦に真っ二つに割れてしまった。自分でも思ってもみなかった状況に驚いてしまう。え、どうしようこれ、もとに戻す? うんそうだ、戻そう。
「ぇ、ぅ……く、くっつけーっ……!」
ぱちゅん。
半球同士をくっつけて真球にもど、あれ、戻ってない。切断面がくっつかない。
「あ、あれ、なんでぇ……? くっつけ、くっつけ……!」
ぱちゅん、ぱちゅん。
無意識のうちに斬った後の形でイメージが固定されてしまったのか……切断面を何度合わせても、半球同士がくっつくことはなかった。それぞれが独立した水の塊として、面と面がぶつかる音を鳴らすだけ。ぜ、全然涼しげがない……
「んっ、くっ、うぅっ……!」
ぱちゅん、ぱちゅん。
〈ぇー〉
〈こーれはマズイのでは?〉
〈音と声が合わさりとてもよろしくない感じになっている〉
〈たいへん実用性が高い魔術〉
〈るるるさんおちつついて〉
〈まずは君が落ち着け〉
〈大丈夫これ? BANされない?〉
〈いや、ごく初歩的な水の魔術を使っているだけだが?〉
「っ、はぁっ……い、いったん止めます……!」
少しのあいだ往生際も悪く粘ってみたけれども……もはや元に戻すことはできないのだと悟り、わたしは魔術を解除した。
魔導性を失った水は形をなくし、用意したコップの中に落ちる。それを部屋の隅の加湿器に入れてから、わたしは機材の前に戻り息を落ち着けた。
「…………あの。もしかしたらわたしには、水魔術の才能がないのかもしれません」
〈うーーーんまぁーーーうーーーん〉
〈やーある意味凄いけどもねぇある意味〉
〈配信者としての才能はあると思う〉
〈しかし突然真っ二つに割れるパターンの失敗は初めて見たな……〉
〈るるさん、どうか落ち着いて〉
「す、少なくとも今日すぐに、水魔術単体で綺麗な音をお聞かせするのは、その、難しいかもしれません……」
〈あー、あんま気を落とさずに〉
〈極端に不得意が系統があるってことは、それだけ得意な系統がある可能性も高いし〉
〈風とかめっちゃ良い感じだったしな〉
わたしがショックを受けていると思ったのだろう、リスナーさんたちがコメントで励ましてくれる。嬉しい。でも大丈夫。もちろん悔しいけど、凹んでいるわけではないから。
「……なので」
〈ん?〉
〈お??〉
わたしは入門用教本を一度閉じ、テーブルの下からもう一冊の教本を取り出した。同時に、右腕にシンプルな銀のブレスレットを嵌める。
「べつのアプローチを、試してみようと思います……!」
〈おー……?〉
〈違う教本でてきた〉
〈それは〉
〈混成って書いてない?〉
ダミヘちゃんの前で開くのは『混成魔術入門』。
右腕のブレスレットは、先日ルベラさんからいただいた補助魔導具。少しだけ魔力の流れを良くする、ルベラさん曰く“成長を阻害しない程度に初心者を補助する、地味ながら良い魔導具”とのことで。
〈え、混成?〉
〈混成て〉
〈それは、うーん……〉
〈急に斜め下にいった〉
〈てかまた硬派な補助具出してきたな……〉
リスナーさんたちの反応は正直微妙だ。それは予想ができていて、だから初っ端からいきなり出しはしなかった。この反応を見たルベラさんがどう思うか、という懸念もあったから。
だけども。
「先日、たまたまこの本を見つけて……興味が湧いたので、えっと、やってみたいなと……この補助具も、そ、その時に一緒に買いましたっ……」
〈あー、まあ、試してみる分には良いのか?〉
〈逆によく見つけられたな、混成の教本とか〉
〈るるって入門教本けっこう探して回ってたんだっけか〉
〈迷走してるようにも見えるが……〉
あのときルベラさんと一緒に過ごして、興味を持ってしまったんだから仕方がない。
教本の最初のほう、一応事前に読んでいた基本のきの部分に、マイクの前で声に出して触れる。
「じゃあ、早速……“混成魔術とはその名の通り、複数系統の魔術を混ぜ合わせて行使する魔導技法の一つであり”──」
ゆっくりと、一文一文を咀嚼するように読み上げていく。
今日この瞬間ばっかりは、ダミヘちゃんを一人の女性に見立てながら。窓際だ閑職だと卑下していたわりに、その部署から離れようだなんて考えてもいなそうな、きっと混成魔術が大好きなのだろう人を思い浮かべながら。
「──“思考リソースの分配という、単一の魔術行使にはない難点はあるものの、相乗効果による出力の向上は”──」
もしもわたしが彼女の部下で、混成魔術部の新米で、イチから指導してもらっていたら……なんて考えながら。
「──と、いうことで……あの、はい。実際にやってみようと、思います」
ひとまず最初の一発目のための部分だけを読み終えるのに、そう長い時間はかからなかった。
混成魔術を行使するうえでの、本当に基本的な考え方を頭に入れて。すぐにも実践に移る。もう、試したくてウズウズしているから。
「い、いきます……『混成魔導:撫風/小水』っ」
かざした手のひらに水が集まり、球になり。そしてその表面を撫でるようにして、そよ風が吹く。
さらりさらりと。
〈お?〉
〈おぁ〜〉
球形を保つように指示された水が、その形を崩さないまま、微風を受けて流れる。波打つというほどではない。ただ表面が揺れて、僅かに音を鳴らす。
〈涼しい〉
〈こーれは清涼感〉
〈さっきのあれが嘘みたいに爽やか〉
さらりさらりと。
水音であるはずなのに、変な湿り気のない爽やかな音色。涼し気な小川のせせらぎのようなそれが、左耳からは直に、右耳からはイヤホンを伝って聞こえてくる。
「で、できました……!」
折角の音を遮らないよう小さく囁いたつもりだけど……どうだろう、すこし上擦ってしまったかもしれない。
手の上の水球は安定していて、その周囲を回るそよ風も同じく。水も風も、安定して発動させるというだけなら今のわたしにもできるから。
どうも、水の直接操作よりも風で水を撫でるイメージのほうが、わたしにとってはやりやすいようだ。
「ん、ふふ、へへ……」
〈かわいい〉
〈るるちゃそご満悦〉
〈実際、健全なASMRとしてはかなり良い出来〉
〈そんなまるで健全じゃないASMRがあったみたいな〉
リスナーさんたちにも好評。
ますます嬉しくなったわたしは、自分の集中力の続く限り混成魔術を発動し続けた。その間、ルベラさんからのコメントは見当たらなかったけど……ど、どうだろう、不快な思いをさせてなければいいけど、わぁ、魔術解いて冷静になったらなんか、こう、怖くなってきた……
〈最高でした〉
「ぁ……んへへ、ありがとうございます」
良かったぁー……っ! ルベラさん喜んでくれた……!
〈良き音だった。それは間違いない〉
〈ASMRとしては完璧〉
〈魔術も発動と制御自体はかなり上手くやってる〉
ほかの皆さんも、今一度褒めてくれている。
……だけども同時に、そのあとに続く言葉も想像できてしまう。
〈ただなあ、混成なんだよなこれ〉
わたしよりも魔術に詳しいだろう方々の、至極当然の懸念が。
〈混成はなぁ……一見できることが増えたようには見えるけども〉
〈これ結局、水魔術の練度は上がってないからな〉
〈水を風で動かすより、水魔術の練度あげて直接操作できるようになったほうが良い〉
〈変に混ぜものするよりも得意な系統見つけてそれ伸ばすほうが効率良いとは思う〉
〈配信としての映えは多少あるかもしれんが、魔導士的にオススメできる分野ではないな〉
誰も荒っぽい言い方なんかはしていない。純粋に、初心者魔導士であるわたしを思っての発言。だからわたしも、それにゆっくりと応えていく。
「…………た、たしかに。効率を考えればそうかもしれませんね……」
複数系統の魔術を同時に使おうとすれば、当然考えることは増える。だったらそれよりも、同じ分の思考リソースを一系統の魔術に集中させたほうが、より高い出力を発揮できる。それはそうだ。
だから混成魔術は非効率的で、一系統の魔術を突き詰める才能がない、あるいは一つの物事に集中する根気がない人が、低い次元でそれらしく虚勢を張るためのもの……というのが、今の魔導士界隈の空気感。
一つを突き詰めたほうが良い、という意見はよく分かる。凄くよく分かる。
だってわたし自身がツヅリの一刀の、それも直剣を用いた型に注力し続けて今、筆頭弟子という立場にまで辿り着いたんだから。
「……でも」
けれども同時に、この目で見てきたこともある。
突出した才能なんてなくて、それでもツヅリの理念に共感して、試せるものはなんでも試して、自分の力を最大限に高めようする人たちを。『地極』へと登り詰めるまでに、時にはそういった人たちに負かされたこともある。
そりゃあ、一点特化の才能は素晴らしいものかもしれないけど。その才能を振り回しているわたしが言えたことじゃないかもしれないけど。
それを持たない者たちが、なりふり構わない工夫で迫ってくる恐ろしさを、わたしは知っている。
だからわたしは混成魔術が、必ずしも非効率な努力だとは思わない。
……それに、ほら。
「……いい音色、だったと思います。我ながら」
〈あーまあ、たしかに音はかなり良かったよな〉
〈それはそう〉
〈なんかこう、風流〜って感じだった〉
〈語彙力〉
〈るるが好きにやるのを止める権利はないからなぁ……〉
〈アドバイスというか、やっぱ混成はオススメしづらいけども〉
〈本当に、本当に良い音色でした〉
少なくとも今日この場で、皆さんに涼し気な水音を聞かせるという目的は、達せられたわけだし。
これはまさしく、ルベラ部長のおかげですねっ……! なんて。




