10
本日は二話更新となります。
「──最近のハルカさんってさぁ」
道場の廊下を歩いていたらふとそんな声が聞こえてきて、思わず立ち止まってしまう。
女子ロッカールームのほうからだ。声の主は、先程まで修練場で顔を合わせていた女性門下生さんの一人。
廊下の窓から射し込む斜陽が、ドアが少しだけ開いているとわたしに教えてくれた。やめておいたほうがいいと思いつつ、つい、耳をそばだててしまう。
「今日もそうだったけど、なんつーか……」
本日午後は、一部の門下生さんたちの修練をわたしが監督していた。
レレア師範代は定期開催している入門希望者さんたちの見学案内があったもので。そうやって新規さんを取り込んでいくのも大事。
シュレーナさんのほうはといえば、数日前から他の街のツヅリの道場へ顔出し中。帰ってくるのは、早くても明日の午前中とかだろう。
そうすると必然、監督役として残るのはわたしになってしまう。もちろん、わたし一人で全員を見るというわけではないけれども……門弟の中でも上位に位置する方々なんかは、やっぱり師範代や大弟子直々の教導が必要になってくるものだから。
……ただまあ、監督だの教導だの言っても、あの……わたしはその役目を、ろくにこなせている気がしないのだけども。
模擬戦がヒートアップしすぎたら止めに入ったり、請われるままに太刀筋の手本を見せたり。筆頭弟子らしくこちらからアドバイスをしようとしても、やっぱり声はへちょへちょぺしょぺしょな陰気ボイス。面と向かって話すことに慣れていないのが丸わかり。
次期師範代候補なんて呼ばれてはいるけれども、正直、人にモノを教えるのが上手だなんて口が裂けても言えない。
……けど。
「……こう、前より話しかけてくれるようになった気がするよな」
最近は少しだけ、マシになってきた気がしないでもない。
「理解るっすわ」
「今までは“見て覚えろ”的な雰囲気だったけどさ」
「わたし今日、三回も話しかけられちゃった……!」
同門でも上位の実力の皆さん(ほとんどが年上)からもそれを認められているようで、嬉しくなってしまう。
いや、会話三回で多いと思われてる時点でだめかもしれないけど……
ま、まあとにかく、対人能力が多少マシになってきた理由はなにかといえば、それは『るるチャンネル』での活動のおかげにほかならないだろう。配信を通して、喋る・説明するという点は少しだけ改善しつつある。
もちろん、直接顔を合わせるわけじゃない配信と、面と向かっての剣術修練はまったく同じではないし……仮にも筆頭弟子として、下手なことは言えないというプレッシャーもあるし。
「流石に、シュレーナさんほど懇切丁寧って感じではないけどな」
「そりゃそうっすよー」
「タイプがぜんぜん違うからねぇ」
ぅっ。ま、まあそうだよね。うん、それはわたしもよく分かってる。
教えるという点でも、シュレーナさんはやっぱり凄い。元来が技巧派な彼女は言語化も上手くて、それは指導者として欠かせない要素だ。
そもそも本人の雰囲気が軽すぎず硬すぎず、華やかでもあり格好良くもあり、それでいて必要なときには場が引き締まるような圧も出せる。今の時点でもうツヅリ内外を問わず有名な、なんだろう、ちょっとしたスターのような人物だ。本当に、変装なしじゃ王都を歩けないくらいだし。
師範代は「自分は強いから師範代になった」なんて言ってるけど、実際のところその地位に立つには実力と、教え導く能力と、ある種のカリスマ性の全てを兼ね備えていなくてはならないはず。そういう意味では現状、わたしよりシュレーナさんのほうが次期師範代に近い……と思う。
……いや、そもそも。こうやって人の話を盗み聞きするような振る舞い自体、師範代を目指す者がすることではないだろう。やはりわたしは陰気……
「──はぁ!?」
ひいぃぃごめんなさいわたしは陰湿な犯罪者ですぅ……!!
「おい急にデカい声だすなよ」
「いや、ちょっ……見てくださいよこれ! 『協会公式新型魔導具、発売迫る! 剣士はもうオワコンwww』ってぇ! ありえねーっすよこんなん!!」
……ぁ、違った、盗み聞きがバレたとかじゃなかった。そこはひとまず安心。
いやでも、別ベクトルで気になる言葉が聞こえてきたような。
「はー……なにかと思えば、またしょうもないまとめサイト見てんのかお前は」
「いやだって……!!」
部屋の中にいる三人のうち、一番若い(わたしより二つ上)方が、たぶんスマホかなにかで見つけてしまった様子。その、あんまり良くない煽りを。
「こんなん対立煽りが適当こいてるだけだっつの」
「気にしない気にしない」
幸いほかの二人は冷静に、妹弟子に当たる彼女を宥めている。
良かった良かった、大事にはならなそう。
「連中がなにやったところで結局、荒事はツヅリの領分なんだからよ」
「そうそう。魔導士なんて、工房にでも籠もって便利な魔導具作ってればそれでいいの」
……良かった。
いや、うん。本当に、極めて一般的なツヅリの剣士の考え方。それを滔々と説いて妹弟子を落ち着かせる。二人の振る舞いは姉弟子としてなにも間違ってはいない、けれども。
「あれだろ? この新作ってのもたしか、初級の魔術? とかをブーストするやつなんだろ?」
「それで剣士と張り合えると思ってるのがもう、なんかちょっと可愛いよね」
「分かるー。そんなんで前に出てくんなって、マジで怪我すんぞと」
「…………そ、そうっすよね。“ツヅリの流派は万事断つ万能の剣術”、魔導士なんかに遅れは取らないっすよねぇ! あは、あはははっ!」
二度聞こえた魔導士なんかという言葉を、わたしは無視できなかった。
いや分かっている。ドアの向こうの彼女たちだって、魔術を全否定しているわけじゃない。生活を豊かにする魔導具を、それを生み出す魔導士を好意的に見ているのは間違いない。
ただ、力においては自分たちのほうが上なのだと、それを振るうのは自分たちの領分なのだと、まさしくツヅリの理念通りに振る舞っている。
わたしはツヅリの筆頭弟子。
ツヅリの理念そのものは、今だって正しいと思っている。
ただ一方で、そんなツヅリを疎ましく思う魔導士側の気持ちも、少しだけ分かるようになってしまった。
教本を開き、知識を得て、そうして魔術を実践したとき。始めて成功させたのは手のひらの上に収まる程度の小さな魔術だったけれども、なんだか感動したのを覚えている。
自分の力、自分の成果。それを「はいはい凄いねぇ。んじゃ街に籠もっててね」みたいな接し方をされれば、たとえ戦いに身を投じるつもりがなかろうとも、ムッとしてしまうのは当然だろう。
魔導士は戦いの場に来るなという、その考えはわたしも変わっていない。そこが簡単に変わるなら、そもそもツヅリの筆頭弟子になんてなれていない。
けれどもそれは、=魔導士を小馬鹿にしていいってわけじゃない。頭では分かっていたことを、自分が魔導士になって、配信を通して魔導士と交流して、改めて実感した。
だからわたしは、彼女たちに伝えるべきだと思った。
ツヅリの理念の本質。なぜツヅリが、自分たち以外が戦いの場に立つのを良しとしないのか。ドアの向こうで笑っている彼女たちに、もう一度思い出して欲しいから。
口下手だろうが、ぺしょぺしょした陰気な声だろうが……こればっかりは、言わなければならないだろう。
ツヅリの一刀、次期師範代を目指す者として。
「……っ」
ドアノブに手をかける。閉じ切られてはいなかったそれを、ゆっくりと押し開け──ようとして。
「────ハルカ」
「ヒぃぅっ!?!?!?!?」
恐ろしく平らな声が、すぐ耳元から聞こえてきた。
「ナ、は、ひっシュッ、シュレーナさんっ!?!?」
よほど集中してしまっていたのだろうか、すぐ後ろに来るまでまったく気が付かなかった。
不意打ちを受けるという剣士としても大きな失態、今日はシュレーナさんとは会えないと思っていたこと、それになにより……声音も表情もめったに見ないレベルで平坦になっている彼女の様子に、心臓がばくばくと暴れている。
な、なんか凄い圧を感じるんだけど、なんで……!?
「うん。あーしだけど。なんその幽霊でも見たような顔」
「ぇ、あ、いや……てっきり帰ってくるのは、ああ明日になるか、とぉっ!?!?」
なぁっ、手ぐいって引っ張られてっ、なに、ァッ、か、壁ドン!? みたいなことされた……!? なに!? どういうこと!?!? 顔近っめっちゃ美人っでもやっぱりなんか怖い! もうほんとに何事!?!?
「──ハルカさん!? 今すごい声が──ぁ」
「おーみんなお疲れ様ー。ちょっと早く帰ってきちゃった」
「シュ、シュレーナさんっ、お帰りなさい……ってかあのお取り込み中だったようで……! し、失礼しました!」
「す、すげーもん見ちゃったっす……!」
「そ、そそそ、んなわたしのハルカさんがが」
「黙れオラいくぞお前らっ、いやマジでホントすんません、ごゆるりとー!!」
「じゃあねー」
「ェ、ェウ……」
ロッカールームのドアが開き、三人が出てきて、わたしたちを見るやダッシュで帰っていった。
一瞬だけ笑みを浮かべて見送るシュレーナさんだけど、至近距離にいるわたしには、その目がまったく笑っていないことが分かってしまう。圧。な、なに、本当に……わたしなにかしちゃったのかなぁ……?
「……さて」
「ヒゥ」
足音が遠ざかり、消え、再び二人きりになったわたしとシュレーナさん。
窓からは眩しいほどの夕日が射し込んでいるはずなのに、無に戻ったシュレーナさんの顔にはちょうど影がかかっている。
「ちょーっと見て欲しいものがあってさ。急いで帰ってきちゃった」
急いでで半日以上短縮できるものなんですか、なんて言えるはずもなく。
シュレーナさんがスマホを取り出すのを、わたしは壁を背に待つことしかできなかった。




