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「これ」
そう言ってシュレーナさんが見せてきたのは、数十秒ほどのショート動画だった。
タイトルは『初心者魔導士さん、ツヅリ顔負けの一太刀を披露してしまうwwww』。
……なんだろう。強烈に嫌な予感がする。剣を振るう中で培われた生存本能のようなものが、今とてつもない警鐘を鳴らしている気がする。サムネイルに映る黒ローブのシルエットに、なぜだかとても覚えがある。
「再生すんね」
「ぇ、あ──」
〈い、いきます……──『魔導:小水球』……!〉
〈──ぁっ、あっ……き、斬っちゃった……〉
〈ぇ、ぅ……く、くっつけーっ……!(ぱちゅん)〉
〈あ、あれ、なんでぇ……? くっつけ(ぱちゅん)くっつけ……!(ぱちゅん〉
〈んっ(ぱちゅん)くっ(ぱちゅん)うぅっ……!(ぱちゅん)〉
動画はそこで終わった。本当に短い、初心者魔導士が水球の魔術に失敗しているだけのシーン。
異様なまでの静寂が、わたしとシュレーナさんのあいだに流れている。
「…………」
「…………」
「…………どう?」
斬られたかと思うほどに、鋭い声音だった。
「……ぇ、ぇっと………………い、いくらなんでもっ、これでツヅリ顔負けだなんて、その、流石に、ですよねぇ……? あは、あはは──」
「これハルカだよね?」
「──」
斬られた。うん、絶対斬られた。
きっと胴体と泣き別れしてしまっただろう自分の首を、ちゃんとつけ直さないといけない。そんな考えから両手を上げようとしたら、シュレーナさんにまとめて掴まれた。両手首を、頭の上で壁に抑えつけられる。
「これ。ハルカ。だよね??」
左手でわたしを抑え、右手でスマホを見せつけてくる。顔はものすごく近いまま。痛みはないのに、なぜだかまったく逃げられる気がしない。
シュレーナさんていつもいい香りするなぁ〜、修練で汗だくになったあととかでもそうなんだよなぁ〜、不思議だなぁ〜…………なんて、思考は一瞬、現実逃避してしまったけれども。
「…………」
「…………」
「……………………チガウヨッ」
「違うの?」
「チガウヨッ」
「ふーん…………じゃあさ、これは?」
片手で器用にスマホをたぷたぷ、シュレーナさんはまた別の動画を見せてきた。いや別のっていうか、その、件の初心者魔導士の配信そのものっていうか。静かなプレッシャーに気圧されて、目を逸らすことさえできない。
〈──み、皆さん、お久しぶりです……『初心者魔導士るるチャンネル』の、るるで〜す……どもぉ〜……〉
「っ」
「えーっと……あ、ここここ。ほらこれ見て」
配信開始直後の挨拶のシーン、シュレーナさんはそこで動画を止めた。中央に映る女性配信者……ではなく、画面端ギリギリに映り込んでいた、背景の棚を拡大して見せてくる。
「これ、この端っこに置かれてるやつ。前にあーしらが倒した『朧纏いの赤楝蛇』の鱗だよね?」
「……ド、ドーデショウカネ」
な、なんでよりによってシュレーナさんがそれに気付いてしまうのか。
「全部チェックしたけど……この一つ前の配信までは映ってないんだよね、これ。んで、前の配信とこの配信とであいだが一週間くらい空いてる。丁度、あーしらが依頼に出向いてたのと同じ日時で」
「……ス、スゴイグーゼンデスネッ」
「そーだね。偶然同じタイミングで、偶然同じ物を手に入れた。ツヅリの筆頭弟子二人がかりで倒した強敵の素材を。この初心者魔導士るるって人が。すごい偶然。あ、偶然だけど髪の毛とかも似てる気がするね。あーしがずーーっと見てきた、ハルカの綺麗な黒髪とそっくり。ていうか声もそっくりだね。まあハルカがこんなたくさん喋るのって滅多にないから、あーしくらいしか気付かないだろうけど。背丈も近いんじゃない。ほーんと、偶然……ね?」
「…………」
「…………」
「…………………………は」
「は?」
「は、はじめましてぇ〜。『初心者魔導士るるチャンネル』の、る、るるで〜す。へ、へへ、ぇへへぇ……」
「は?」
「すみませんでした。わたしです。わたしがるるです……」
わりと久しぶりに、本気でキレてるシュレーナさんを見た。
ここまで目が据わってるのは、数年前に「ここで死ぬならわたしのほうが良いです」ってシュレーナさんを逃がそうとしたとき以来かもしれない……いや、もうあんなことはしませんよ? ほんとに。でも、あんなことをせずともシュレーナさんがガチギレするなんて、き、聞いてない……
「……………………はぁぁぁぁぁ………………」
プルプル震えていたら、過去イチ大きなため息を吐かれた。
こちらを掴む手の力が一瞬だけ緩んで、そしてまたきゅっと強まる。やっぱり痛くはない。ただ抑えつける姿勢はそのままに、シュレーナさんが中指で、わたしの手のひらのシワをなぞってくる。生命線を上から下に、一定のリズムで。無意識っぽいその動きがむず痒くて、状況とのギャップも合わさり動悸も加速。
「…………あのさぁ」
「ハイ」
「なんであーしが怒ってるか、分かる?」
「ハイ」
それはもう、はい、もちろん。
さっきその、魔導士を小馬鹿にするのはいただけないなんて考えたばかりですけれども……それはそれとしてやっぱり、筆頭弟子が魔術配信やってるっていうのが、門下生の皆さんにあんまり良い印象は与えないだろうことは、それくらいは、あの、一応分かってはおりまして……いやそれでも、必要だったから始めたことではあるんですけども……
「なに? 飽きた? 剣士。いやね、あーしは別にいいんだよ。ハルカがツヅリ飽きたって言うんならべつに、そのままあーしが次の師範代になるだけだし。んでハルカは家庭を守ってくれればそれでいいわけだし。むしろ好都合っていうか?」
「ハイ、スミマセン…………はい?」
「まーけどさ、これはいただけないよね」
なんか一瞬、妙なことを言われた気がする。
けれどもシュレーナさんの言葉はどんどん続くものだから、聞き直す余裕もない……とか思っていたら。
「なんこの格好? よりにもよってなんでこんないかがわしい格好して、こんないかがわしいASMR配信なんてやってるわけ?」
「ぇ、いか……ぇっ、えぇっ!?」
「いかがわしいでしょ、どう見ても」
突然、思っていたのと全く違う方向で怒られた。
い、いや、いかがわしいってそんな。どういうこと……? 格好? ローブはそりゃコスプレ用のやつだから生地は薄いけど、丈長ダボダボで体のシルエットなんて全然分からないし、ベールで口元も隠してるし、露出なんてほぼゼロに等しい恰好なのに。やっていることも、魔術を使った普通のASMRなのに。
どうしよう、シュレーナさんがなにを言っているのか、本当に分からない。さっきまでとは別種の緊張が、混乱とともにわたしの脳内を駆け巡る。
「欲求不満? 欲求不満なの? 溜まってんの?」
「ょっ!?」
「それならそうと言ってくれればあーしがいくらでも好きなだけどんなプレイでも付き合ったげるのに、なんでこんな、こんな不特定多数に身を晒すような行為を」
ほ、本当になにを言い出すんだろうこの人は……!?
その顔の良さでいくらでもとか好きなだけとかどんなぷ、プレイでもとか、そういうこと言っちゃ駄目だと思いますよ……!!
あ、アレだっ、さてはシュレーナさんも混乱しているな!?
仮にも自分と肩を並べる剣士が裏では魔術の配信をしていて、そのショックでこう、変な文句の付け方をしちゃってる感じだな!? きっとそうだ、そうに違いない……! だってわたし、なにもいかがわしいことなんてしてないし……! いえその、ツヅリ的にちょっと後ろ暗いことなのは否定できないけれども……
「…………アノ」
「……なに」
「このこと……し、師範代に報告します、か……?」
おずおずと聞いてみる。シュレーナさんはわたしよりも背が高いから、自然と上目遣いになってしまう。
平坦だったシュレーナさんの表情が、ぐんにゃりと悔しげに歪んだ。
「…………道場の規則的にはさ。プライベートで魔術使ってようが、配信者やってようが、べつにどうって話じゃない。それは分かってる」
「は、はい」
わたしも、そういう意味では特に問題がないことは承知の上。散々言っているけど、ツヅリは魔術そのものを否定しているわけではないから。だけど印象的な意味で、ツヅリの筆頭弟子としてそれはどうなのか、と苦言を呈したくなるのも理解できる。い、いかがわしい云々は本当によく分からないけれども。
なんにせよ、もしも師範代にまで知られてしまったら。さすがに、こう、あまり良くないことになってしまうのは間違いない。
……ようやく、魔導士協会とのつながりが出来てきたところ。ここで停滞するわけにはいかない。
「……幸い、さっきのショートもそんなバズってるってわけじゃない。たまたまあーしが見つけただけ。だから今なら──」
「──あ、あの……!」
わたしは意を決して、シュレーナさんの言葉を遮った。
「どうか、し、師範代には黙っていて貰えませんか……!」
「……いや、あーしは」
シュレーナさんを上手く説得する、なんてことはできない。わたしは口下手で、舌戦で彼女に勝てたことなんて一度もないんだから。ならば結局は、ゴリ押ししかないっ……!
「わ、わたしにできることなら、その……なんでもしますから……!!」
「ェッ」
シュレーナさんの目を見て、わたしは本気だと伝える。
「………………………………なんでも?」
「な、なんでも、ですっ……!」
ごくり……と生唾を飲む音が、至近距離で聞こえた。




