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本日も二話更新となります。
夏の夕方は長い。
西日を感じながら街を歩いていると、なおさらそう思わされる。
「……よし、いこっか」
「は、はい……」
……というわけで。
わたしが『初心者魔導士るるチャンネル』だとシュレーナさんに身バレしてから、一週間と少し。
今日がシュレーナさんへの“なんでも”実行日です。
「あ、あの……今日はその、なるべくお手柔らかに……」
「……その言い方も大概やらし……いや、まーそれは『るるチャンネル』さん次第って感じ?」
シュレーナさんが、ひとまずは誰にも言わずに黙っていることを条件に要求してきたのは、わたしの配信部屋の視察だった。つまりうちに来る。ついでに一緒に夕飯も食べて、うちに泊まっていく。そのための買い物とかも一緒に行く。
シュレーナさん的には、泊まり込んででもみっちりと『るるチャンネル』を暴いてやろうという考えなのかもしれないけれど……ツヅリの寮を出て以来ぶりの、すっかり大人の女性になったシュレーナさんを自宅に招くというのは、なんだか妙に緊張してしまう。寮生活時代は同じ部屋で寝ていたものだけれど、きょ、今日はどうするんだろう。
「しゃーないとはいえちょい暑いよね。このかっこ」
「ぇ、あっはい、で、ですねぇ……」
……いけない、変なことは考えないようにしなくては。
えっと……そう、シュレーナさんの言葉通りっ。わたしたちは身バレを防ぐ上で、剣士と分かる体格を隠すというのも重視しているから、夏だろうと丈の長い服装を選びがちになってしまう。
シュレーナさんは緩めの長袖ワイシャツに、これまた緩めのワイドパンツ。髪はお団子に束ねて、ベレー帽に赤縁メガネも装着。傍目にはふわっと軽めで爽やかだけど、これに黒い布マスクまで合わさればまあどうしたって、着ている本人的には少し暑く感じてしまう。
わたしのほうはといえば、前にルベラさんとあったときとほぼ同じような構成。色だけ違っていて、薄青系のワンピースに白ケープ、白マスクという感じ。
ちなみに、二人とも足元は編み込みサンダルで、まったく同じ物ではないけどデザインの雰囲気は共通している。シュレーナさんが去年の誕生日に「足元揃えてこ」ってプレゼントしてくれたものだ。
というか、基本的にわたしの服装はシュレーナさんプロデュースです。わたしにはあんまり、その……センスがないようなので……
「……しっかし、ずいぶん気に入ってるみたいだけど。それ」
目的のディスカウントストアまでもう少しという辺りで、シュレーナさんはそう耳打ちしてきた。目で指しているのは、わたしの右腕に嵌められたブレスレット。
この時間、商業区の一角はやっぱり人通りも多い。ちょうど正面から大人数の通行人が歩いてきて、はぐれないようにと身を寄せれば、シュレーナさんの左腕をブレスレットが掠めていった。
「は、はい。デザインもシンプルで、普段遣いもできるなぁ、って……」
「ふーーん……」
シュレーナさんはわたしの、『るるチャンネル』の配信をすべてチェックしたらしい。だからこのブレスレットが初心者用の補助魔導具であることも知っている。わたしがこれをつけていることもやっぱり良い気はしないのか、向けてくる眼差しは少しだけ細まっていた。
「魔術に関してはよく分かんないけどさ、なんか変わったことしてるっぽいじゃん?」
「ぇと……混成魔術、ですね」
少し喋っているあいだにもお店に到着。
食品から雑貨から生活魔導具から衣服貴金属その他もろもろ幅広く安く取り扱っている代わりに、こう……全体的に雑多でごちゃごちゃとしていて狭くて騒々しい。そんな大型ディスカウントストアへ、しかも夕暮れ時でさらに混雑している中へ、女二人、カゴを持って挑む。シュレーナさんがどうしてもここだと言うものだから。
あっ、空調涼しい……
「そうそうそれ、混成。ウケが良いんだか悪いんだか、なんとも言えないやつ」
「あはは……配信映えは、しないこともないみたいでして……」
夕飯の食材よりもまず先に、とあるコーナーへと向かいつつ。話題は数日前に行った配信へとフォーカスしていく。シュレーナさんもリアタイしていて、それもまた視察の一環というか、正直いつも以上に緊張してしまったのは否めない。
「こないだのは、少なくともASMR面でのいかがわしさはなかったから。まあそれは良かったけどさ」
「い……」
やったことは前回と同じく、水魔術で涼し気な音を出そうという内容。
風との混成で音的な意味での“正解”はひとまず見えたので、水魔術単体でそれを再現できるように練度向上に努めつつ、『混成魔導:撫風/小水』も時折使用して単体と混成の違いを比べたりしていた。
生じる音、魔術としての出力、魔導性、消費する魔力、それらを総合的に見たコスパ。なぜ混成魔術が主流ではないのか。単独の魔術の優位性はなにか。もちろん文献を漁ればすぐにも見つけられるだろう情報を、実践を通して肌身に感じ考えるというのは、中々どうして楽しい。
「でもやっぱ服装はさ、いかがわしいじゃんね」
「い、いか……いや、いかがわしくはないと、お、思いますっ……」
ただやはり、魔術に疎いシュレーナさん的にはそっちのほうが気になってしまう様子。
一週間も経てばさすがに冷静に否定できるというもので、いや逆に言うと、シュレーナさんは本当の本当にあの格好をいかがわしいと思っているという話でもあるのだけど……
いや、いやいや。そんなわけがないでしょうと。どこにいかがわしい要素があるのかと。
「いやいかがわしいって。ほら」
全然納得のいっていないわたしに対して、シュレーナさんは目の前の商品を指でさし示した。
話しているあいだに目的の場所──わたしがあの黒ローブを買ったコスプレ衣装コーナーに到着していたみたい。
あの服ここで買いましたと話した途端、シュレーナさんが「視察内容追加ね。店行くから。そのいかがわしいコスプレコーナーも見るから」と断言したのは数日前のこと。夕飯の買い物もできるから構いやしないし、むしろ全然いかがわしくないって証明できるだろうし、わたしとしても断る理由はなかった。さあかかってこ──
「見てよ、完全にエロコスプレゾーンじゃんここ」
「ぇ、ぇぇろ、な、なに言ってるんですかっ……!」
──ぐひぃぇぇ応戦する気満々だったのに……!
あまりにもストレートな物言いに思わず怯んでしまう。
い、いやいやいやいや。ここは普通に、パーティーグッズとかが置いてあるコーナーの一角。
他の衣類コーナーとは離れてるのが少し不思議だけど、でもシュレーナさんの言うような、成人向けゾーンでは断じてない。
「見てよこのペラ生地。濡れたらスッケスケになるやつ」
「や、安さと手軽さのためですっ……目的のための致し方ない犠牲です……!」
本格的な、良い生地使った衣装はやっぱり高いし入手も少し難しいし、なによりその……物によっては“本物そっくり過ぎて紛らわしい”という理由で、配信では使えなかったりする場合もある。
だからこの手の、ひと目でリーズナブルだと分かるコスチュームはわりとありがたいのだ。万が一魔術に失敗して汚しちゃっても、金銭的ダメージは少ないし。
それに種類もそれなりに豊富。侍女、憲兵、女医、看護師。現代魔導士風、わたしが買った昔の魔女風ローブ。なんなら、わたしたちの道着っぽいものや戦闘服っぽいものもある。
「この辺のやつとかもうスケベでしかないじゃん」
た、たしかにその……スカート丈が短いものとか、やたらぴっちりしてるのとか、バニーガールとか、ちょっと妖しげな雰囲気のものありはするけれども……ぎゃ、逆バニーってなに……?
「わ、わたしが買ったローブは、そういうのとは違いますよ……!」
「いや、同じ区分として売られてる時点でさ。そういう用途のやつじゃんね」
「うぎゅ、ぐ……!」
お、おかしい。絶対にいかがわしくなんてないはずなのになぜか、どうしてかシュレーナさんの言い分が正しいように聞こえてきてしまう。や、やっぱりわたしの舌戦の弱さは、ちょっと配信で話せるようになった程度じゃどうしようもないのか……
いやでも、でも、いかがわしい判定だけはどうにか覆したい……! だってそういうのじゃないもんっ……わたしにはちゃんとした目的があって、そのために有効だと思って魔導士配信を始めたんだもん……!
それにっ、シュレーナさんにやらしい女だって思われるのは、なんか嫌だしっ……
「…………や、そんな目で見られるとあーしもその、困るっていうか……」
「い、いかがわしくない、ですっ……」
「っ、あーーーーーーー…………」
精一杯の眼力を込めて見つめてみれば、シュレーナさんは天井を仰ぎ呻き出した。眉間を指でグリグリやりながら「落ち着けあーし、落ち着けー」と呟いている。ど、どういう感情の仕草なんだろう、これは。怒っているわけではないみたいだけど……
「…………じゃまあ仮に、いかがわしくない……あー、ハルカにはそんなつもりがないんだとして」
……やがて、再びこちらに向き直ったとき、シュレーナさんの目つきは少し柔らかくなっていた。
こちらを気にかけるような色すら浮かべて、店内の喧騒に紛れない程度の小声で、問いかけてくる。
「そもそも、なにを目的に配信なんて始めたわけ?」
「…………そ、れは」
……ああもちろん、その問いはくると思っていた。今夜一晩一緒に過ごすうえで、絶対に聞かれるだろうと。
シュレーナさん相手だと、上手に嘘をつくことができない。だから話すか、それともひたすら黙秘を貫くか。
きっとシュレーナさんは、わたしが心の整理をしてちゃんと話せるようにと、そのための期間という意味で、今日まで一週間以上も猶予をくれたんだろう。
なのにわたしは、今もまだ決断できていない。話すということは巻き込むということ。そう思えばどうしても、判断が鈍ってしまう。
そんなわたしの様子に、シュレーナさんが小さな吐息を一つ。ため息ではない。優しく、はぁっと温みを孕んだものを。
「……や。ここで話すようなことでもないか。家でさ、夕飯食べながらゆっくり──」
「────るるさん?」
……あれ、ルベラさん?




