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「──と、とにかく」
結局、先に正気に戻ったのはまたしてもルベラさんだった。咳払いとともに、視線を遠くのほうへと逃がしていく。
「私は出世街道からは外れた名ばかり部長です。ああ丁度、それこそああいう部署と比べればとても……」
言いながら見やる先は、教本コーナーの入口に設置された大きなモニター。ここからでは角度的に少し見づらいけれども、流れている映像、映っている人物は分かる。
〈魔導士入門、魔術入門、いつからだって遅くはありません。思いたった今がまさに始め時。わたしたちは、最初の一歩を踏み出す勇気を応援したい!〉
明るくハキハキとした女性の声。この距離でも、少し耳を澄ませればよく聞こえてくる。
「えっと……たしか、広報部の部長さん、でしたっけ……?」
「ええ。同期の中でも辣腕も辣腕。その上で見目も麗しく人当たりも良く、そういった自分の強みも理解し、ああやって“自ら前に立つ宣伝部長”として話題性確保とブランディングにも成功している。見習いたいものですが、私には中々……」
まったくルベラさんの言うとおりの人なのだろうと、映像を見ているだけでも分かる。
近日発売予定の新型魔導具をプロモーションする朗らかな女性。濃淡のグラデーションが映える桃色の髪で可愛らしさを演出しつつ、滑らかな喋り口は責任者としての自負を感じさせる自信に満ちたもの。シゴデキキラキラ女子感が凄い。
〈一番最初の成功体験こそ、その後の飛躍のための大きな助走。魔導士協会印の最新式魔導具が、あなたを手取り足取りサポートします!〉
……協会広報部が『るるチャンネル』に打診してきた案件も、まさしくこの新型魔導具についてのものだった。わたしのような新米配信者にまで目をつける辺り、市場への感度もかなり高いんだろう。
たしかに、あれほど分かりやすく活躍している同期がいれば、なおのこと自分を卑下してしまう気持ちも分からないではない。わたしだって、もしも剣の才能がなければシュレーナさんにどんな感情を向けていたか、正直少し不安になる時がある。
だから、というわけでもないけれど。
わたしの口から出たのは、広報部長ではなく新型魔導具についての問いかけだった。
「…………あの新しい魔導具、どう思いますか?」
「……そうですね。確かに、効果は大きいと思います。魔導具内に補充された魔力を用いて、魔術の出力底上げと発動補助を同時に行っている」
宣伝などで一般公開されている情報の範囲で、ルベラさんは所感を語ってくれる。
部署が違えばやはり細かな内部情報は知らないのか、いや知っていたとしても外部に漏らすわけもなく、当たり前だけどその辺りの意識もしっかりしている様子。
「こう言うと簡単な仕組みに聞こえますが、それを一般的な初歩・初級魔術のほぼ全て、一部の中級魔術にまで対応させているという点で、単一の初心者用補助具としては革命的ですらあるでしょう」
使う魔術に応じて微妙に異なる補助を、魔導具側が自動で判別し行ってくれる、いわば高性能かつオールインワンな代物。それが手のひらに乗るキューブ程度のサイズ感なのだから、本当に凄い発明品なんだろう。
「……ただ、個人的には……」
ルベラさんの言葉が一度止まった。躊躇いがちに、唇が小さく蠢く。その“個人的”な話が聞きたくて横顔をじっと見つめてみれば、彼女も視線を一度、こちらへ向けてくれて。ループして最初に戻った宣伝映像の音が、どこか遠くへ去っていく。
「……それは最早、補助の範囲を逸脱しているようにも思えます。本来、魔導士が自ら理解すべき魔術ごとの微細な調整を、魔導具側が全てこなしてしまう。成功体験があの魔導具ありきになってしまうのではないかと…………いえ、間口が広がるのは良いことですから。きっとこれは、僻みのようなものなのでしょうね」
言い終えてまた、くたびれた顔で微笑む。自らを揶揄するような、皮肉げな笑い方。
正直そこにはなんだか妖しげな魅力があって、ついついルベラさんの肩を持ってしまう。
「で、でもたしかに……自力で魔術を成功させたときの、あの、“掴んだ”って感覚は、その、大事な気がしますっ……」
……まあ、ド初心者のわたしには、全然大したこと言えないんだけども。
「ハアァァンもう私の部下になって欲しい。部長って呼んで欲しい」
変わった褒めかたをしてくれるってことは、たぶん、ちょっとくらい意味はあったんだと思う。
「ぇ、と…………部長?」
「ホォッ」
「じゃあその……逆に、部長のオススメの補助具とかって、あったりしますか……?」
「アッアッ」
「わたし……部長のこと、部長の考える魔術のこと……もっと知りたい、ですっ……」
「行きましょう今すぐ魔導具コーナーへ初心者用の補助具というのはやはりシンプルかつ魔導感覚の醸成を阻害しない程度の効果のものが相応しくそれで言えば例えば少し古い品にはなりますが──」
「わ、ぁ……」
カッと目を見開き、声音はそのまま物凄い早口で喋りだしたルベラさんに、少し驚いてしまう。でもなんだか楽しそうで、こっちまで嬉しくなってしまって。動きも機敏になったルベラさんについていく……前に、わたしは、彼女が棚にそれを戻すのを手で止めた。
「ェッ、アッ」
ルベラさんがずっと手に持っていた『混成魔術入門』。著者、ルベラルネ・アルネハイラ。
それを彼女の手からそっと抜き取って、胸に抱える。ちょっと楽しくなってきた部長呼びで、陰キャにできる精一杯の笑顔を浮かべながら。にちゃぁ……
「──これも、買っていきたいです……ね、ルベラ部長?」
「あーーーーーーーーーーもう全部買ってあげます。必要なもの全部。家とか」
「家!? なんっ……ぁ……! ち、違くてっ……じ、自分で買うっていう意味でぇ……!」
み、貢がせようとしてる最悪女みたいになっちゃった……!
……結局その後も、こう、魔導具コーナーで色々買ってくれようとしてくるルベラさんを抑えるのがとても大変だった。
どうにかこうにか宥めすかして止めたけれども……それでもルベラさんの貢ぎ欲? みたいなものを完全には抑えきることはできず。結局わたしが押し負けて、彼女オススメの初心者用補助魔導具一つを買っていただく形になった。
う、嬉しいけど申し訳ないような…………っていうかルベラさん、わたしみたいなの相手ですらそんなんじゃ、ちょっと心配になってくる……!




