07
「……あの、すみません本当に……」
「い、いえ……褒めてくださるのは、とても嬉しいです、よ……?」
少し不思議な言い回しですけど……と付け加えれば、ルベラさんは「うぐっ」と呻き声をあげてしまった。また余計なことを言ってしまったかと慌てるわたし。二人して顔をこわばらせ、店内を歩く足取りもぎくしゃくと。
「…………えー、はい。どういう部署に、という話でしたね」
それでも先に気を取り直したのはルベラさんのほうで。落ち着いた──少し沈んだ声音に戻りながら、彼女はわたしの問いかけに答えてくれた。
「──混成魔術部。私を含めてたったの三人しかいない……いわゆる窓際、閑職です」
「混成…………見聞きしたことは、あるような……?」
配信を始める前、こことはべつの書店で教本を探していたときにちらりと……そんな程度のうろ覚え丸出しな反応をしてしまって、だけども部長さんの表情は、少しだけ和らいでくれた。
「本当に、るるさんは勤勉ですね」
「い、いえそんなっ……」
他と比べて混成魔術を題材にした教本があまりに少なかったものだから逆に覚えていた、とは言わないほうが良さそう。実際このお店でも……たどり着いた魔術教本コーナーは広かれども、混成魔術を扱っていそうなものは、すぐには目につかない。
「現代魔術理論において、混成魔術は非効率で時代遅れなものとして扱われています」
迷いのない足取りで教本コーナーの隅へと向かいながら、ルベラさんは淡々と説明を続ける。
決して大声ではないけれども……一本芯が通っていて、隣にいればすっと耳に入ってくるような。けれどもそこに、くたびれた気配が滲んでいる声。自然と、わたしも傾聴の姿勢に。
「適性のある一つの魔術を混じり気なしに極める。それこそが現代の魔導士における勤勉であり、効率の良い努力であり、成果であるのだと」
やがて並ぶ本棚の奥も奥、少し薄暗くすら感じる店の角で、わたしたちは立ち止まった。
コーナー入口に美しく陳列された人気者たちとはまったく違う、最奥の小さな棚に押し込められた教本たち。そのうちの一冊をルベラさんが手に取る。
『混成魔術入門』。著者名は──ルベラルネ・アルネハイラ。
「複数の別系統魔術を混ぜ合わせる混成魔術は、一つを極める才も根性も要領の良さもない者の逃げ道なのだと。そんなものを扱う部署などまさしく閑職であり、その長たる私も同じく……というわけです」
入門用教本としては平均的な厚さの、名前も表紙もシンプルなそれを、ルベラさんは陰った眼差しで見下ろしていた。
現代魔導士の界隈で漂う価値観・空気感そのものが、心労として彼女にのしかかっている。だからこうも自然と、笑顔の形すらくたびれたふうになってしまっているのだろう。
「…………それに、なにより……」
「…………」
「部下のふたg……二人が、毎日毎日私の目も憚らずイチャイチャベタベタと……」
「…………ん?」
……あ、あれ?
「業務中にイチャつくなと。貴方達は金貰ってイチャつくのが仕事なのかと」
な、なんか急に話の流れ変わった……?
ルベラさんの瞳の影の性質が、こう、別のものになったような。
「いやあの二人に限って言えばあながち間違いでもないのが、また腹立たしい部分ではあるのですが……」
本を持っていないほうの手が、ぎゅっと握りしめられている。血の気が引いて白むほどに。
その目はすでに教本を見てはおらず、どこか虚空へと怨嗟の念を送り込み続けていた。
「しかしそれはいくらなんでも、パートナーの一人もいない私への当てつけではないのかと」
「ぇ、えー……あー……」
す、すごく反応に困る……
いや、勿論ルベラさん本人は素敵な方というか、いやいやまだ会って一時間と経ってないけど、でも美人で凛としていて仕事もできそうで大人の女性としては文句のつけようもないというか……! いやいやいやしかし、その、あのー……っ、そういうタイプの女性が無条件で誰彼とモテるわけでもないという世間の風潮自体は正直分からないでもないというか、いやほんとに、世間的に、世間的にはね? 魔導士界隈的には? 流行りでない魔術分野に携わっているというのは、たとえ教本を書けるレベルの人物だったとしても、あの、その、ちょっとだけ敬遠されがちというのも、悲しいかな人間という生き物の習性としてはままありがちといいますか……! でもそれは決して、ルベラさん自身に魅力がないというわけでは断じてなく、ええもうこれは世間の見る目がない、現代魔導士協会側がルベラさんに追い付けてないと言っても過言ではなく、うぇぁでもそんな尖ったことを臆さず言える度胸は陰気なわたしにはなく……!
いやでもなにか、なにか言わねば……! なにか、なにか──!
「──わ、わわ、ぁの、わたー、し……は……好き、ですよ……? ルベラさんのこと……」
「結婚しませんか? ひとまず」
「へぇゃ!?」
「あっ」
ひぃぃたぶん間違えたぁ!
ルベラさん、見るからに(あ、ミスった)みたいな顔になったぁ……!
お互い自分がなにを言っているのかも分からなくなって「いやあの、すみません」「ひぃ、こち、こちらこそぉ……」「いえ、いえ」「へひゃひぃ……」みたいなやりとりがしばらく続く。
極限までテンパった陰キャの言動は話し相手すらもテンパらせてしまうという恐ろしい事例を、どうやらわたしは引き起こしてしまったようだった。




