06
数日後。
王都内商業区域内でも、魔導士向けの店が並ぶ区画。
その中でも魔術教本なども取り扱っている書店の前で、わたしはある人物と待ち合わせをしていた。お昼を過ぎた時間帯なのもあってか、通りも店の中もそれなりに人は多い。
「…………っ」
直接会って話すのは初めてだけども、外見の特徴は伝え合っているのできっと分かるはず……少しの緊張、気付けば約束の時間の十分前──ああ、背後から人が近づいてくる気配。こちらへ向けられている女性らしき視線に、振り向いて応じる。
「ぁ、ぇっと──」
「──っ」
ぱちりと目が合い、お互いに一度黙り込んでしまった。
わたしは、その、お相手が凄く美人な方だったから。お相手のほうは……い、一応、わたしのリスナーさんということで、(お〜本物だ〜)みたいな気持ちになってくれたの、かな……? 目を見開いて、口元に手を当てたポーズで固まってしまっている。
「…………」
「…………」
「…………ぁ、あのっ、初めまして……? で、良いのでしょうか……?」
「──はっ。あ、そう、そうですね、初めましてっ……!」
どうにかこちらから声をかけ、それでようやく、目の前の女性も再起動。
カジュアルスーツ的なパンツスタイルに、比較的かっちりとしたミディアムショート。ブラウンの髪色に薄化粧に真っ直ぐ伸びた姿勢にと、その装いの全てがバリキャリ感を醸し出している……のだけれども、そんな格好良い女性が口元を抑え、しかも心なしかその手を震わせながらこちらを見ているというのが、なんだか少し面白い。
「えっと……改めまして、るると言います。き、今日はお会いできて嬉しいですっ……」
「コッちらこそっ、とても嬉しいです……!」
そうこの人は、先日もらった二通のDMのうち片方の送り主。
魔導士協会の部長職を名乗り、直接会ってみたいと申し出てきたリスナーさん。
──魔導士協会との繋がり自体は、わたしが配信を通して求めているものの一つだった。
その機会となり得る二通の連絡。広報部からの公式な案件打診に対してはすでに「ぜひとも」と返事を送っている。
そしてそのうえでわたしは、もう一方の……目の前にいる部長さん──ルベラさんとのオフ会にも応じることにした。より個人的な繋がりの形成を狙って。
打算的な振る舞いだと分かってはいる。
ルベラさんがくれたDMからは正直、案件打診のDMよりも『るるチャンネル』に対する熱量を感じた。それをわたしは利用する。こちらの本意を隠し、目的を達するために。シュレーナさんにまで隠し事をしているんだから、他の人を利用するなんて躊躇うことじゃない。
「 ルベラさん、とお呼びして良い、ん、ですよね……?」
「ええもう、いくらでも好きなようにお呼びいただいて……! というかるるさん、えと、えー、あの……ほ、本物……!」
「は、はい、本物ですっ……!」
……いや、まあその。そんなすごくファンの方っぽい反応をしてくれると、やはりどうしても嬉しくなってしまうけれども。
正直DMが送られてきたときには、もう少しこなれた感じの方なのかなぁ……なんて思ってしまっていたから。外見とのギャップも相まって、なおさら。こう、むず痒くなってしまう。
一応わたしも、なるべく『るるチャンネル』としての雰囲気を壊さないような服装を心掛けてきてはいて。
つまり超シンプルな白ワンピース。丈も袖も長め、サイズはちょっと大きめ。もとより、わたしの持っている服はこういう系のカラバリ違いばっかりではあるけども。黒いケープを羽織って肩周りも誤魔化せば、剣士としての体格を隠せるような装い。これにプラスで黒マスクと薄衣の手袋、そして髪も下ろしてしまえばまあ、わたしがハルカ・ラルカだと分かる人はそういないから。
こんなんでもツヅリ一刀の筆頭弟子ということで、そりゃあ、ほとんど物理的にキラキラしていると言っても過言ではないシュレーナさんには遠く及ばないけども……でも一応、道着にポニテのわたしは少しだけ知名度があったりするので。
と、そんな変装も兼ねたわたしの格好はルベラさん的にも悪くないようで、「ひ、へひ……」「解釈一致超コンプリート大全……!」等々と……たぶん褒めてくれている。シュレーナさん以外で面と向かって容姿を褒めてくれる人はあまりいないので、やっぱり嬉しい。画面越しでの配信とはまた違ったものがある。
「ぁ、ありがとうございます、ぇへへ……」
「ハァン理想像……!」
……とはいえ、いつまでも店の前でやり取りしていては邪魔になってしまうかもしれない、ので。
「ぇ、えと……じゃあその……とりあえず入ります、か……?」
「あっ、そ、そうですね」
お互いに少しギクシャクとしつつ、わたしとルベラさんは並んで書店へと入った。
まあ書店とはいっても、静かで厳粛な雰囲気というわけではなく。魔導具や雑貨も取り扱っているのもあって、店内はそれなりに賑やかな雰囲気ではある。店内を流れるBGMも、雑談しながら気軽にお買い物してくださいねくらいのテンション感。
となるとむしろ、緊張顔の女二人が無言で見て周っているほうが変というか。なのでわたしからどうにか、話題を振ってみる。
「ルベラさんは、その……魔導士協会の部長職だなんて、す、すごいですね……!」
……ああ駄目だ。なんのひねりもない、お世辞みたいな褒め言葉しかでてこない。トーク力が無。
いやでも、実際に凄いんだから仕方ない。協会所属の魔導士という存在は。
──メシュメルニア王国で魔導士と呼ばれる人たちは、大きく三つに分類される。
一つ、魔術を使える人。魔術が使えれば誰だって魔導士。つまりわたしも魔導士。なお、実力は保証されないものとする。
次に、王国魔導士協会からその能力や実績を認められた公認魔導士。実際に魔術を活かした職についている方がほとんど。
そして最後に、魔導士協会所属魔導士。公認魔導士であることは前提として、言わずもがなその中でも特に優れた人たち。魔導士の統括的立場であったり、あるいは公的支援を受けて様々な魔導研究に勤しんでいる、エリート中のエリートだ。
そしてそしてルベラさんはその協会所属の中でも部長職、つまりとっても凄いエリート中のエリート中のエリートというわけです。
だから今のわたしの言葉は──ものすごくお世辞臭いのはさておき──紛うことなき本心……なのだけれども。
「……ふふ。そうですね」
それを受けてルベラさんの表情は、どこか自虐的な微笑みへと変わってしまった。
「DMでは部長職などと大層なことを言いましたが……いえ、実際に一部署の長であることは間違いないのですが…………ふふふ、現代魔導士協会において、うちほど地位の低い部署は他にないでしょうね……」
くたびれたような声音。あいだに一度挟まった、からからに乾いた笑い。素敵な年上女性のそんな姿に、一瞬、胸の奥がきゅっとなる。
「…………あ、すみません。折角会ってくださったのに、愚痴なんか……」
「……いえ、その…………ルベラさんの部署ってどういう……あ、あの勿論、話したくなければ無理には……」
なんて言うわりに、わたしは無性に話が聞きたかった。聞きたくなってしまっていた。この人ともっと仲良くなりたいという、打算と本心の入り混じった感情から。こういうときに直球でしか当たれないのが、わたしがコミュ力絶無陰キャたる所以だろう。
「まってるるさん本当に理想像過ぎる……」
「い、いえそんな……!」
「……………………声に出てましたか?」
「……えっと、さっきからちょいちょい……?」
「アァ……」
一瞬、ルベラさんの表情が別ベクトルで曇ってしまった。
やっぱり聞いちゃいけないやつだったのだのかもしれない。




