05
──ツヅリ一刀の流派と一口に言っても、細かな分派や型はいくつかある。刀剣の種類やその扱いなどによって。
レレア師範代は当然その全てを修めているし、わたしやシュレーナさんも一応、なにを持ってもそれなり以上に振るうことはできる。
ただその上で、やっぱり得意な得物というのはある。例えばわたしだったら鍔のない直刀、シュレーナさんなら丸鍔の打刀、というふうに。
「──ハッ!!」
「っと、と……!」
コンパクトに振るわれた横薙ぎの一太刀を、ほとんど転がるようにして躱す。
相手はまさしくシュレーナさん、場所はツヅリ総本山最奥の修練場。
今日はたまたま、わたしもシュレーナさんも同じタイミングで仕事を終えられたということで、急遽顔を合わせて模擬戦をしているところだ。まだ日も沈みきらない頃合いに、レレア師範代に立ち会ってもらいつつ、仕合いが始まって少し。
刃は潰されているとはいえ、手に握るのは形も重さも実戦で使う得物を忠実に再現した模造刀だ。時折行われるこの模擬戦は、わたしたちにとって単なる修練以上のもの。
……だというのに、今日のわたしはずっと押され気味。
「──っ!」
一度躱し、二度躱し、しかしその次の突きは刃で受けて逸らさざるを得なかった。そうやって少しでも足を止めてしまえば、シュレーナさんの得意とする得物同士をぶつけ合う戦いに持ち込まれる。
「どーしたん? 今日は足さばきが鈍いじゃんかっ!」
「ぐ、うっ……!!」
上下左右四方八方から次々に襲い掛かってくる刃。一見がむしゃらにも思えるそれは、けれども全て、こちらに得物で受けるを強制する緻密な立ち回り。
門下生さんの中にはわたしを技巧派、シュレーナさんを剛健派なんて言う人もいるけれど……実際には、シュレーナさんのほうがよっぽど技巧に長けている。
打ち合いや鍔迫り合いに適した頑丈な剣自体は他にもあれど、打刀、それも切れ味と取り回しに比重を置いたチューンでその戦法を取っているというのがなによりの証左だ。これだけ打ち込んで打ち込んで、こちらの剣を叩き折らんばかりの気迫だというのに、彼女は自身の得物から、“斬る”という本質を一切損なわせない。
武器での防御を強いる太刀筋でペースを握り、それでいて彼女の打刀は傷みも毀れもなく常に尖鋭。そして、やがてこちらが受けきれなくなったところを逃さず斬り裂いてくる。
あるいは修練用の模造刀であってすら、彼女の剣気がそれを真剣に錯覚させる。
……わたしが回避を主体に立ち回っているのは、そういう緻密な戦い方ができないから。打ち合いなんてしていたらあっという間に折ってしまうだろう。自分の刀を。
だからとにかく飛んだり跳ねたり転がったりして攻撃を躱し、“入る”と直感したときにだけ斬りかかる。技巧よりも本能に比重を置いた振る舞い。いやもちろん、ツヅリの太刀筋であることには違いないけれども。
「ほらっ! ほらどーしたんっ!?」
「っ、ぅっ……!」
ともかく、要するにわたしとシュレーナさんの戦い方は真逆というわけだけども……少なくとも今日は、シュレーナさんのほうに形勢が傾いている。わたしが、その、あまり集中できていないせいで。
「──そこまで」
「……ふぅ」
「くっ……」
結局、師範代が制止の声をあげたとき、シュレーナさんの刃はわたしの首元へとまっすぐに向かう初速の段階だった。こっちはその前段の一撃を躱しきれず、剣で受けて弾かれた姿勢。斬首を凌げたかどうかは…………正直、微妙なところ。
「今日はどーやら、あーしの勝ちみたいね」
「ぅ……で、でもまだ……総合戦績では五分ですから……!」
「この調子じゃ、それもいつまでの話だかねぇ〜?」
「うぐ、ぐぅ……!」
く、悔しい……けど、これもまたわたしの修練不足。
にまぁ〜っと笑ったシュレーナさんは、当然ながらわたしが集中を欠いていることまで見越している様子で。
「……んで? あーしとの模擬戦中すらノイズが入っちゃうなんて、なーに悩んでんの?」
すぐにも笑みを柔らかいそれへと変えて、こちらを気にかけてくれる。やさしい……け、けど、これは彼女に話すわけにもいかない。汗を吸って一段とへっちょり湿った前髪を撫でつけつつ、わたしはシュレーナさんから目をそらした。
──数日前、『るるチャンネル』宛にきた二通のDM。
一通は王国魔導士協会広報部からの正式なもので、要約すると「近日発売予定の新型魔導具の紹介配信をしませんか」というものだった。つまり案件。
とくに初心者向けの簡易な魔術の出力や操作を補助する魔導具らしく、たしかに初心者魔導士である『るるチャンネル』の配信内容にも合致している。
最近の魔導士協会はこうやって、チャンネル規模にとらわれず配信者へ案件の声掛けを積極的に行っている……ということ自体は知っていたけど、やはり少し驚きはした。
……そして、もう一通のほうはというと。
王国魔導士協会の部長職を名乗るリスナーさんからの、「会ってお話してみたい」という内容。
こちらはその、あくまでそう名乗っているというだけであって、案件打診のように協会公式のものではないし、その肩書きが本当かどうかも分からない。正直、ちょっと怪しさもある。
ただ、わたしのこれまでの配信を全部見てくれているというのが分かる文面で、「声が可愛い」とか「所作がおしとやか」だとか「内面も謙虚で好感が持てる」だとか……そ、そういうふうに褒められるとやっぱり、へへ、嬉しくなってしまうのは否定できないというか……
……と、とにかく。
ほとんど日を置かずに届いたその二つの連絡、それぞれへの対応に悩んでいるという話。
一応、わたしが魔導士配信を始めたのにはちゃんとわけがあるし、その理由も踏まえてどう動くかを考えなくてはいけない。
「……………………なーに、そんなにあーしに言えないコトなわけ?」
……なんて少し考え込んでしまっているうちに、シュレーナさんの声音が少し変わった。
怒っているとかではないんだけども、訝しむような声と眼差し。わたしは慌てて弁明を、べん、べんめい……
「ぁ、や……あのその、べ、べつに大したことでもないと言いますか……ほんと、ちょっと気が散っちゃってただけと言いますか……!」
「ふーーーーん。ちょっと、ねぇ……」
「や、ぇや、ほ、ほんとに、全然、大丈夫なので……!」
……だ、だめだぁ。シュレーナさん相手だと、なんていうかその、嘘ついて騙すというのが上手くできない。シンプル挙動不審陰キャになってしまう……! ど、どうすれば……!
「──ハルカにだってプライベートなこともあるだろう。あまり詮索してやるな」
し、師範代……! さすがの助け舟です師範代っ……!
シュレーナさんも口をへんにゃり曲げておられる……!!
「……………………わぁーかってるし。べつに、無理に聞き出そうってつもりもないし。ハルカ、ごめんね」
「ぃぃ、いえ、わたしこそ、その、すみません……」
微妙な雰囲気。師範代のお陰でなんとかなったものの……
いや、空気悪いとかってほどではないけど、やっぱり少し、妙な感じにはなってしまう。
目的も理由もあるとはいえ、シュレーナさんにすら隠し事をするというのは……実際こう怪しまれてしまうと、その、やはり気まずいし、罪悪感もある。
……あるけれども。
「……でも……うん。そうだよね……」
「?? なんか言った?」
「いえっ、たった今シュレーナさんのお陰ですっきりしました……!」
「え、そ、そう? なんかよく分かんないけど、それなら、まあ……」
思わず口を突いて出た言葉は完全に本心からのもので、だからこそシュレーナさんも素直に受け取ってくれた。
シュレーナさんとのやりとりで、改めて腹をくくれた気がする。
「……あー、その。解決したってんならさ、そのー…………ひ、ひさ──」
「では、わたしはこれで失礼しますね! 師範代、シュレーナさん、ありがとうございました……!」
考え込んでいた分、決まると早く先に進めたくなってしまう。
わたしは二人に頭を下げてからすぐに動き出し、出口で再び一礼してから修練場をあとにした。
よーし、早速帰って返信しなくてはっ。
「──しぶりに、あーしんちで夕飯、で、も…………」
「…………声ちっさ。そんなんだからダッシュで帰られるんじゃないか?」
「…………」
「……お辛いシュレーナ、オツレーナ」
「……なんでこんなのが総師範代なん」
「強いからだな。というかお前さんたち、前の遠出の依頼じゃ同じ部屋で寝てたんだろう? 今さら家に誘うくらいなんだ」
「…………寝る時は別部屋だったし」
「こいつマジか」
「……なに、その目」
「あのな? ハルカ・ラルカのことを冴えない陰キャだと思っているのなんて本人くらいのものだぞ」
「そんくらい言われなくても分かってるし」
「うちの門下生にも、あいつに惚れてるのは大勢いる。凛々しい女剣士、濡羽髪の剣客、寡黙にして鋭利な次期師範代候補、とな……特に女受けが凄い。たまに聞く声が良いんだと」
「で? その惚れてる連中はあーしより強んですかって話」
「…………こいつ、マジか…………マジかぁ……」




