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「──み、皆さん、お久しぶりです……『初心者魔導士るるチャンネル』の、るるで〜す……どもぉ〜……」
〈おひさ!〉
〈一週間ぶりのるるちゃそ〉
〈沁みるわぁ……〉
〈本当に、本当に長い一週間でした〉
カーキスの街での依頼を終えて、王都へ帰ってきた翌日の夜。
実に一週間ぶりに配信するわたしを、リスナーさんたちは暖かく迎えてくれた。久しぶりついでに増やした背景の小物に言及してくれる方は、うん、いないみたいだけど……
「すみません、ちょっとその……昼間の仕事が忙しくて……」
〈お疲れ様〉
〈昼間のるるちゃそ……〉
〈てかるるってどんな仕事してるん?〉
〈魔術関係じゃないんだよな?〉
「えと、その、そこは秘密ということで……」
〈秘密かぁ……〉
〈秘密ならしゃーない〉
〈今日日、どこから身バレするか分かりませんからね〉
本職については、正直とても話せたものじゃない。なのであまり追求されなくて助かった。リスナーさんたちの気遣いに感謝しつつ、さっそく魔術教本を開く。
「で、では今日は予告通り……水の初歩魔術に挑戦してみようと、お、思います……」
いつも通りの流れ。ダミヘちゃんに顔を寄せて、ゆっくりとテキストを読み上げていく。
魔術の実践も楽しいけど、この時間も結構好きだ。今まで意識してこなかった魔術というものの基礎の基礎に、少しずつ触れていく感覚。こんなどもりだらけのぺしょぺしょ陰キャボイスを、なぜだか良いと言ってくれるリスナーさんたち。視界の端をふわふわ舞ったり、ときに教本の上を滑っていくコメント。精神統一の修練とは違った柔らかな静かさが心地良い。
〈なんだこの格好は……まったくもってけしからん。これだから魔導士は……〉
──けれども。
ふと現れた初見さんらしき方のコメントが、その空気を乱してしまった。
それをきっかけに、ほかのリスナーさんたちも少しヒートアップしてしまう。
〈お、ツヅリか?〉
〈ツヅリイライラで草〉
〈けしからんと言いつつサムネに引き寄せられてんのはどこの流派の方なんですかねぇ〉
〈そんなに魔導士が嫌いなら見なけりゃ良いんじゃない?〉
〈(そもそも今どきの魔導士はこんな格好してない)〉
〈るるさんは伝統を重んじているんです〉
こういう流れは触れないほうが良い……と思っているので、言及せずに教本の読み上げを続ける。
内心ではどうしても、ツヅリという言葉が引っかかってしまうけれども。
……ツヅリは、魔導士嫌いの剣術流派としても知られている。
魔術そのものを否定しているわけじゃない。
それこそスマホを始めとした魔術の利器は普通に使ってるし。師範代なんか、新しい魔導式美顔ローラーが出るたびに買ってる。
ただ、流派の理念からして、戦いの場に魔導士が出てくるのを好まないのは事実。もっと言うと、自分たち以外が戦うことを好まない。ただ万能の剣術たるツヅリのみが、戦場に立つべきなのだと。
今のメシュメルニア王国で、とくに王都管轄の荒事依頼に当たるのは多くがツヅリの剣士、たまに実戦派の魔導士という感じで……ツヅリと魔導士はこう、少しピリピリとした間柄なのは否定できない。
だからこそ──さっきの初見さんが本当にツヅリの関係者かは分からないけれども──、こういうことも起きてしまうんだろう。
……と、頭の片隅で余計なことを考えているうちに、教本の該当ページを一通り読み終えてしまった。わたしが触れなかったのもあってか、幸いあの初見さんはすぐにいなくなった様子。少し気が楽にはなった。
「──ぇ、っと、というわけで……その、では実際に、やってみようと思います……」
最初歩の水魔術を発動する。本当に小さな水の球がダミヘちゃんの右耳のそばに生成され、ほんの僅か蠢き……なんというか、ぴちゃ、ぺちゃみたいな……あんまり綺麗ではない音が鳴った。
「……ぅ、こ、これは……風よりも難しく感じます、ね……」
〈そう? 普通にできてるように見えるけど〉
〈小さいけどちゃんと球状にまとまってるし〉
〈簡便ながら操作もできているように思えます〉
空気中の水分を集めて水球を生成する、というところまではできた。だけどもその制御、思った通りに動かすという点が上手くいかず、そのせいで変な水音が鳴ってしまっている。
本当なら小川のせせらぎのような、綺麗で涼し気な音色をリスナーさんに聞かせてあげたかったんだけど……
どうにか頑張ってはみるものの、やはり聞こえてくるのは変わらずぴちゃ、ぴちゅ、みたいな音ばかり。
「操作が、お、思っていたほど上手くいかず……音が、あんまり……」
〈あー……〉
〈や、これはこれで……〉
〈うん、良いと思う。とても〉
〈いい音ではあるよ……〉
〈いやあの……はい〉
褒めてくれはしつつ、でもリスナーさんたちもなにかを言い淀んでいる様子。やはり聞き心地はあまり良くないみたい。
これは原理の理解不足か、わたしと水魔術との相性が悪いのか。それともツヅリが云々と考えてしまって、集中できていないのか。とにかく、未熟ゆえの不出来であることに変わりはない。
「──ぅ、次こそは……次回こそは、夏にぴったりな涼しい音色を、お、お届けしてみせます……!」
〈が、がんばえー〉
〈いやほんと、これはこれで良いものだよ、ほんと……〉
〈ある意味水魔術の有効活用〉
〈るるって意外と負けず嫌いよな〉
〈るるさんのさらなる成長が楽しみです〉
結局、その日は最後まで望むような綺麗な音が出せず。
ぴちゃぴちゃぺちゃぺちゃと涼しげの欠片もない水音を垂れ流すだけで終わってしまったわたしは、次回配信でのリベンジを硬く決意するのだった。
◆ ◆ ◆
【拗らせむっつりくたびれ女性魔導士視点】
「あーーーーーーいやら……癒される、るるさん……」
一週間ぶりの推し供給に、荒んでいた心が解されていくのを感じる。
他部署の連中から不要部署だの窓際だのと揶揄され、二人しかいない直属の部下は毎日毎日イチャイチャイチャイチャろくに書類仕事もしてくれない。魔導士協会の役職付きとは名ばかりのストレスフルな毎日。
適性がなければとっくに追い出してるあの非社会性インモラル双子小娘共と比べて、るるさんのなんと純朴で可愛らしいことか。
「一緒に魔術やるならるるさんみたいな子の方が1000000000兆倍良い……」
控えめながら意欲的な性格。小さく、いっそおどおどとすらしていて、けれども間違いなく耳に残る声。この1ヶ月間の配信で一度だけわずかに見えた目元は、可愛らしい垂れ目だった。私は見逃さなかった。黒い艶髪すらも、本人の気質に準ずるような独特の色気を醸している。
そんな子があんな格好をして、魔術を一から勉強しているだなんて。もうなんか、手取り足取り全部教えてあげたくなる。
──きょ、今日から混成魔術部に配属されました、るるといいます……よろしくお願いします、ぶ、部長っ……
とか。
──部長……こ、この魔導触媒の扱いについて、お聞きしたいのですが……
とか。
──成程……や、やっぱり部長の説明は分かりやすくて……わたし、ずっとお話していたく……ぁ、その、な、なんでもないです……!
とか。
──部長……あの、その…………ふ、二人きりのときは、ルベラさんって呼んでも……いいですか…………?
とか。
──ルベラさんになら、わたし……ローブの下も、ベールの下も……ぜ、全部……見て欲しい……です……
とか。
「…………………………ふへ」
うん。やっぱるるさんですわ。
生まれてから二十九年間、私が色恋に一切うつつを抜かさなかったのは、るるさんが最初で最後の相手だからだろう。間違いない。酔ってない。一瓶空けた気がするけど全然酔ってないし、部下共のイチャイチャベチャベチャっぷりへの僻みが限界を迎えてなんかいない。私は至って正気だ。
「はーーーーダメだ。もうダメだ。我慢できない」
正気なので、るるさんにDM送ってみよう。
なに、私は初配信から見ている古参。古参歴一ヶ月の超大古参だ。
コメントも毎回欠かさずしている。なんの問題もなかろうて。




