03
今回の依頼内容は、カーキスの街近くの山林に住む『錆殻猿』の群れの駆除だった。
金属質の外殻をまとい、類に違わぬ器用さ・知能・社会性を持つ『錆殻猿』、その群れが少し前からどうも興奮状態にあるようで、万が一なにかが起こる前にと、街の領主さんが駆除依頼を発行したわけなんだけども──
「──まーこれはたしかに、他の門下生じゃ厳しかったかもねー」
「ですね……まさか『赤楝蛇』だなんて……」
実際に山林に出向いたわたしたちが遭遇したのは、『錆殻猿』よりも遥かに危険度の高い『朧纏いの赤楝蛇』だった。
視聴覚による感知を無効化する特殊な気配遮断の能力を持つ、一般的には知られてすらいない危険度の毒大蛇。そんなものが彷徨いているとなれば、『錆殻猿』たちが本能的に恐慌状態に陥ってしまうのも無理はない。
一度不意打ちを食らいかけ、その存在に気付いた時点で、怯え狂う『錆殻猿』の群れと元凶たる『朧纏いの赤楝蛇』双方の駆除へと、わたしたちの仕事は変わった。
といってもまあ、それ自体は無事に終わったんだけども。
猿と蛇の首級を手にすぐさま街へと報告に戻れば、領主さんは感謝と平謝りで妙なテンションになりながら状況確認、依頼内容の事後修正と報酬の大幅増の申請等々に動き出した。(もしや謀ったか……?)なんていうわたしたちの杞憂が、一瞬で吹き飛んでいくほどの迅速さで。
──と、そういった諸々を町についた翌日に全て終わらせて今、夜。
わたしとシュレーナさんは、手配してもらった宿の一室で反省会をしている。
「あーしも見通しが甘かったかぁ……」
「や、それは、その……」
さっきシュレーナさんも言っていたように、他の門下生さんでは厳しかった可能性が高いし、なんならわたしたちどちらか一人だけでも、初遭遇で逃さず倒すのは難しかったかもしれない。わたしの勝負勘と肌感覚にシュレーナさんの冷静な行動予測を合わせて、二人がかりで捉えて斬ったようなものだし……
そういう意味ではまさしく、筆頭弟子二人が必要な依頼だったわけだ。
「『錆殻猿』の凶暴化、その原因……直感的にでも、そこになにかの脅威を感じ取ってた。領主さんの心配は正しかったわけだ」
「……だ、だからこそ、町の領主が務まる、のかなぁって……」
たとえ専門外のことであっても、些細な違和感を逃さず行動に移せる。とても凄いことだし──
「──見習わなくっちゃねぇ……」
「わ、わたしも……」
わたしたちは多分、振るえる力の大きさのわりに経験が浅い。人生とか、そういう大きな括りでの。
わたしだって今回の依頼、気が緩んでいたのは間違いないし、もっと精進しなくては……しょう、しょうじん……
「…………と、ところで……あの……」
「んー?」
「こ、これはいつまで続くん、でしょう……?」
「んー……あーしが満足するまで?」
「ひゃぇ……」
……さっきからずっと、ずーっと、シュレーナさんに髪を梳かれている。
お風呂上がりでいつも以上に湿気を孕んだ、あんまり良いとも思えない黒髪を。
「昔はさー、よくこうやって髪触らせてもらってたけど」
シュレーナさんの声が、すぐ耳元で聞こえてくる。わたしを椅子に座らせ、自分は後ろに立って、何度も何度も手櫛を通す年上の幼馴染。彼女の言う通り懐かしい構図なんだけども、背後にある気配は記憶の中よりもずっと大人びていて、「ぇ」とか「ぅ」みたいな鳴き声しか返せない。
「……最近は、すっかりご無沙汰だよねー。そーゆー意味でも、二人で来て正解だったかも」
一度、つむじから毛先まで長く指を通される感触。思わず身震いしてしまいそうになる。
全体を見れば剣士らしく鍛えられた手であるはずなのに、指先はどうしてこうも、細くたおやかなんだろう。短く切り揃えられた爪の先すらも柔らかく感じてしまうのは、その手つきゆえなのか。
……なんていう自分の思考がちょっと気持ち悪く思えてしまって、どうにか、会話のほうへと意識を向ける。いえその、気の利いたこととかはなにも言えないんだけども……
「ま、まあ今はもう、住んでる家も別々ですし……」
ツヅリ一刀の門下生になったばかりの頃は寮暮らしで、シュレーナさんとは相部屋だった。たしかにその時から彼女は、なにかとわたしの面倒を見てくれていたけど……今ではどちらも筆頭弟子、お金も稼げるようになり、各々が自分の生活を送るようになってもう、三年以上経つだろうか。
お互い別々の依頼でしばらく顔を合わせられない、みたいなこともままあるし。思えば、こうして数日ずっと一緒にいるというのは久しぶりかもしれない。
「ま、一人暮らしでもちゃんと綺麗な髪のままで安心安心」
「綺麗、かは……分かりませんけど……」
シュレーナさんは昔から、わたしの髪を綺麗だ綺麗だと褒めてくれる。烏の濡れ羽色〜だなんて……いや、それはいくらなんでも美化しすぎだけども。わたしにしてみればこの髪は、やたらと湿気を孕みやすくてべったり重い、地味で陰気な黒髪だ。
まあ、その、それでもシュレーナさんが気に入ってくれてるから、染めようとかは思わないけど。
そもそも、綺麗というならシュレーナさんの薄金の髪のほうだろう。肩甲骨を覆うほどまで伸ばした癖っ毛は、自然に流している風に見えつつ、それでいて格好良くも可愛くもなるよう上手く整えているらしい。
「綺麗だって。前も言ったけど、もっと髪型遊んでみたらいいのに」
「い、いいんです。わたしはいつものあれだけで……」
そんなシュレーナさんがツヅリの門弟になってすぐのころに教えてくれた結び方を、わたしはずっと続けている。べつになにも複雑なものじゃない、動きやすいポニーテール。剣士としてのわたしにとってあれ以上のものはないから。
「ふーん……ま、いいけどさ……」
あっさりと引き下がったシュレーナさんの声が、わたしの髪に触れるのを感じた。暖かく湿っていて、まさにこの黒髪が好んで吸いそうな吐息。なぜだかちょっとの背徳感が、うなじから背中へと駆け下りていく。
あの、ほんとにこれ、いつまで続くんだろう……嫌ではないけど、なんというか、落ち着かないというか……
「……あ、そういえばさ」
「……?」
「『赤楝蛇』の素材、ほんとにアレ貰ってくの?」
「は、はい……」
不意に、話が依頼関連のものに戻った。
この手の駆除依頼では基本的に、なにかしらの戦利品を得られることが多い。今回も例に漏れず、『錆殻猿』と『赤楝蛇』の素材はわたしたちで持っていって良いとのことだった……ん、だけども。
「あーしらには無用の長物っていうか」
「ぅ、そ、それは……」
今回わたしが欲しいと告げたのは、『赤楝蛇』の頭部に生えている特殊な鱗で……たしかこう、なにか魔導的処理を施したり魔術と掛け合わせることで、『赤楝蛇』の気配遮断能力を部分的に再現できる……とかなんとか。
シュレーナさんの言う通りわたしたち──戦闘において魔術を不要とするツヅリの者にとっては、まったく使いどころのない代物ではある。
「そりゃ高値にはなりそうだけど……たぶん売るのもめんどい手続きがいる類のやつっしょ、アレ」
性質上扱いもちょっと慎重にならなきゃで、換金するなら他の素材のほうが手っ取り早いというのも、多分その通り。至極真っ当な疑念、じっとりとした視線を背後に感じつつ、どうにか誤魔化すべく口を動かす。
「し、師範代なら、売却の手順も知ってるかなって……」
「えーそこまでしてー? なに、金欠?」
「えっと、まあ、少し……?」
「いやハルカが散財するとか想像もつかないけど」
「さ、散財ってわけではないんですけど、いや、あのぉ……」
「んー…………怪しい。あーしに隠し事ー?」
「や、や、そういうわけではっ……」
「……なははっ、冗談冗談」
「しゅ、シュレーナさひゃぁっ……!?」
安心しかけた直後、後頭部にあったかい感触。
まずそのことにびっくりして、シュレーナさんがわたしの髪に顔を埋めてるのだと理解して、もう一度びっくりして。一瞬、体も喉も完全に硬直してしまった。
「……なぁーんかひっかかるなぁ……」
そんな小声じゃ髪に吸われてなんて言ったか分からないし、くすぐったいし、吐息の熱が籠もってジンジンするし……その、とても困る。
「しゅ、す、しゅりゅぇ、ほょぉっ……!」
「…………なんその反応? 可愛いじゃん」
奇声をあげるわたしを、今度はちゃんと聞こえる声でシュレーナさんが笑った。すぐに顔を離してはくれたけど、とてつもなく恥ずかしいことには変わりないし、なんだかもうよく分からない。
……素材の件は有耶無耶にできたから、結果的には良かったのかもしれない。そう思おう。




