02
ツヅリの剣術、特に一刀の流派はメシュメルニア王国内では最大派閥の剣術流派だ。
師範代のいる総本山は王都メルニアに、つまりここにある。
その広い広い道場の中でも一部の門弟しか立ち入ることができない最奥修練場で、わたしはレレア師範代と顔を合わせていた。日の昇りも早くなってきた初夏にあって、まだ空も薄暗いほどの早朝に。
「……えっと、その……筆頭弟子を指名、とのことでしたけど……」
「ああ」
白い長髪をまったく揺らすことなく、レレア師範代が頷く。わたしたち門下生と同じ道着を着ているはずなのに、その高い背や赤い瞳、泰然自若とした立ち姿だけで、まったく違う装いであるかのように思わせる師範代。
そんな尊敬すべき女性に、けれどもわたしは、問いかけずにはいられなかった。
「まさか……二人ともですか……?」
「ああ、まさしく」
「──いやいや、話聞く限り過剰でしかないっしょ」
……師範代の声に被せるようにしてそう言ったのは、この場にいるもう一人の女性。
大型犬のような薄金の癖っ毛を肩下で揺らすその人はわたしの四つ上で、いわば年上の幼馴染のようでもあって。でもそれ以上に、ツヅリ一刀の流派における重要人物。
腰に手を当て師範代へ半目を向ける態度は、その、一見して門下生らしからぬそれだけども……
「シュレーナがそう言いたくなる気持ちは分かる……が、依頼は依頼だ」
「だからって、『錆殻猿』の群れ相手に筆頭弟子両方寄越せってさー」
道着すらもどこか緩く着崩している彼女──シュレーナさんこそ、わたしと同じツヅリ一刀の筆頭弟子。二人しかいない、次期師範代候補だ。
「普通に過剰戦力じゃん。ね、ハルカも正直そー思うっしょ?」
「ぅえっ? ぁ、えっと……」
怖くはないけども少し鋭めな目つきは、不意に向けられると今でもドキッとしてしまう。それがバレバレな態度を見せてしまいつつ、考える。
……たしかに、依頼内容を聞く限りではわたしかシュレーナさんのどちらか一人……どころか、ほかの優良門下生の方でも十分に対処可能な案件に思える。シュレーナさん的にもあんまり乗り気じゃないみたいだし、ここは……
「あの……わたし一人で、行ってきましょう、か……?」
「……いや、そう即答されるのもなんかさ、あーしと一緒にいたくないみたいでヤなんだけど……」
「ゔぇっ!? あ、や、そういうつもりじゃ……」
あ、あれ、なんか違ったみたい。くぅ、剣の腕は磨けてもコミュ力は永遠に絶無のまま。『地極』の二つ名も泣いてるよこれじゃ……ほら、師範代も呆れた様子でわたしたちを見てるし……
「……今日も面倒くさいな。『天極』の筆頭弟子は」
「はーっ? 全然めんどくないし? 師範代、それが可愛い弟子に言うことなん?」
「可愛げを見せたいのなら、師の言うことは素直に聞いておくといい。今回の依頼は報酬も要求相応で、なにより国から正式に認可が降りたもの。となれば、ツヅリとしては要望に応えるほかあるまい?」
「にしたってさー……そのどこだかの領主さんってば、ちょっと心配性過ぎるんじゃない? あーしらのこと、あんまほいほい使われるのもヤなんだけど」
「領民の安全を重んじての事だろう。ツヅリの理念を忘れたか筆頭弟子?」
師範代のその言葉に、シュレーナさんが口をへの字に曲げた。これは、その……“悔しいけど言い負かされた”ってときの顔だ。ちょっとかわいい。
「…………はいはい。“ツヅリの流派は万事断つ万能の剣術〜”ってね」
わたしたちを貫く理念を最後まで口にすることなく、シュレーナさんは肩をすくめてみせた。緩まった胸襟が少しだけ開き、綺麗なデコルテが顔を覗かせる。うっかり見てしまったそれから慌てて目を逸らせば、丁度その直後に、彼女は意識をこちらへ向けた。あ、危ない……
「はぁー……じゃあまあ、アレね。そのぉー……」
「えっと、カーキスの街?」
「そうカーキス。依頼ついでに、そこの流行りの甘味とか食べてこ。うん、絶対そうしよ」
「は、はい」
「土産も頼む。肌に良さそうなものをな」
剣術と同じくらいアンチエイジングにも励んでいると公言して憚らない師範代が、ふっと笑いながら言う。外見だけで言えば、正直わたしと一回りも変わらないくらいに見えるけど……それもきっと日頃の努力の賜物なんだろうな。
シュレーナさんは“イーッ”みたいな顔で返しつつ、でもきっと良いものを見つけて持ち帰るはず。わたしも手伝おう。あんまり役には立たないかもだけど。センスがないので……
「んじゃ、どうせ行くんならさっさと行こっか。準備でき次第すぐ出発。おっけー?」
「お、おっけー、ですっ……!」
「なんだシュレーナ、あれこれと言いつつ乗り気じゃないか。そんなにハルカとの遠出が」
「はぁーうるさっ。うるさーっ、師範うるさいんですけどーっ?」
実はちょっと珍しい大声で師範代の言葉を遮りながら、シュレーナさんは足早に修練場から出ていった。
なにを言おうとしたのか師範代に視線で問いかけ、でもすぐに、表情からして答えは返ってこなそうだと分かってしまう。
そうしたらもうわたしも、遠出の準備をするしかない。シュレーナさんを待たせてしまうのも申し訳ないし。
……しかし、カーキスかぁ。
あそこはたしか、ここ王都から片道数日くらいの距離がある。
少しのあいだ、『るるチャンネル』の配信はできなそうだなぁ……




