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5万字を超えるまでは一日2〜3話ずつ更新していきます。よろしくお願いします。
「──み、皆さん、こんばんは〜……『初心者魔導士るるチャンネル』の、るるで〜す……へ、へへ……」
〈こんばんは〉
〈ばんわ〜〉
〈るるちゃそ〜〉
使い始めて一ヶ月近くが経つこの挨拶も、いまだに少しどもってしまう。
でも、そんな会話能力に欠けたわたしにも、リスナーさんたちはやさしい声をかけてくれる。
「こんばんは、ばんわ〜、です……」
小さな小さな『初心者魔導士るるチャンネル』、今夜も配信開始っ……な、なんて。
〈相変わらず素晴らしい格好〉
〈いや本当にね〉
「ぁ、えと……いつも褒めてくださって、ありがとうございます……へ、へへぇ……」
配信中のわたしの装いは、今日日の魔導士は誰も着ないような古めかしい黒ローブ──を模した、その、コスプレ用の安い生地のやつ。フードを目深に被って、フェイスベールで口元も隠して、顔や体型を誤魔化す黒尽くめなこの格好が、なぜだかリスナーの皆さんからはずっと好評だ。
「──じゃ、じゃあ早速ですが……最近は少しずつ暑くなってきましたし、その、今日は初歩的な風魔術を使って……み、皆さんのお耳をふ〜って涼ませていこうと、お、思います……へへ……」
〈初めての風魔法きたわね……〉
〈これを待ってた〉
〈もうすっかり初夏ですからね〉
〈楽しみ〉
魔術配信用に整えたこの自宅の一室には、雰囲気を出すためのそれっぽい小物や、魔術触媒に魔導具の素材、配信用の魔導機材一式、それから、リスナーさんからの強い要望で用意したダミーヘッドマイクが備えられている。
そんな小さな部屋の中でふわふわと浮かんでは消えていくコメントを目で追って、ときに返事をして。
「えっと、まずは教本の……あった、風魔術の概要と基本的な特徴について、よ、読み上げていこうと思います、ね……」
それからわたしは、超超入門者向けの魔術教本を開きつつ、ダミヘちゃんに顔を寄せた。
わたしが魔術に触れたのは配信活動を始めたのとまったく同時期、つまり本当の本当に初心者だから……魔導士なら誰もが当たり前に知っているようなことだって、一から頭に入れていかなきゃいけない。
だから配信始めたてのころは、独り言のつもりで教本を読み上げていたんだけど……それも格好と同じくなぜか好評で、〈もっと近くで〉〈バイノーラルマイクでやって欲しい〉みたいな要望があり今のスタイルに至っている。
なんだかよく分からないけど、皆がして欲しいというのなら。
初めてまだ一ヶ月。派手さも話題性もない初心者魔導士の配信だから、リスナーさんも数え切れないほどいるというわけじゃない。でも結構、楽しくやらせてもらっている。今までのわたしの人生にはなかったことを。
「……“始めに。風は目に見えないという点では難しく、質量や重量をほとんど伴わないという点では扱いやすい『現象』であり──”」
〈ぽしょぽしょ声たまらんのじゃ〉
〈毎度の事ですが、るるさんは教本選びのセンスも良い〉
〈(入門用に大した違いなんてなくね……?)〉
「──あ、ありがとうございます……わたしなりに、えと……分かりやすさと詳細な説明が両立されたものを、選んたつもり、です。へ、へへ……」
〈かわいい〉
〈かしこい〉
〈(よく分からんけど可愛いからいっか……)〉
十八歳にもなってこんなベクトルで褒められるだなんて、配信を始めるまでは思ってもいなかったけど……最近はちょっと癖になってきちゃってるのも事実。いや、それを言ったら十八にもなってこの陰気な性格と喋りはどうなんだという話だけど……うん、考えるのやめよう。本旨を忘れないようにしなくては。
「えっと、つ、続けますね……“最初歩の風魔術使用に際してまず重要なのは、前者の不可視性からくる曖昧さを払拭し、風という現象のメカニズムを理解すること、そしてそれを魔術的に発生させるための──”」
〈耳が幸せ〉
〈こんな格好した黒髪美女が耳元で囁いてくれるのだいぶご褒美〉
〈初歩の魔術からこんなにあれこれ考えろって言われるのまあまあダルくね?〉
〈ぶっちゃけそよ風くらいならフィーリングでいける〉
〈基礎は大事ですよ〉
コメントを追いつつ、でも意識は教本のテキストに向けて、読み進めることしばらく。
まあその……視聴者さんも言っていたように、最初歩の魔術から躓くということはそうそうないというか。この年まで一切魔術を扱ってこなかったわたしですら、発動そのものにはさほども困らないというか。
「──で、では、いきます……『魔導:撫風』」
なので、教本を一区切り読み終えてからそう時間もかからず、ダミヘちゃんの右耳に向かってそよ風を吹きかけることができた。
〈あぁ^〜〉
〈ぁっ、ぁっ〉
〈素晴らしい〉
「おぉ〜……」
セルフチェック用につけていたイヤホンから、わたしの耳にもふ〜っとやさしい息吹が伝わってくる。柔らかくて、でも涼しげ。我ながら悪くない出来だと思う。リスナーさんたちも満足げ。よしよし、どんどん続けていこう。
「──ぇ、へへ、なかなか良い感じにできた、気がしますね。じゃあこの調子で、反対のお耳も……」
〈左耳きちゃ〉
〈私左のほうが弱いんですよね〉
〈リスナーの弱点とかいう誰得情報〉
「──これ、あの、両耳同時に〜、とか、そういうのもあり……ですよね……?」
〈まって〉
〈両耳はまずい〉
〈昇天します。今までありがとうございました〉
〈視聴者どんどんキモくなる〉
「──ふぅ。ぁ、す、すみません……調子に乗って沢山ふ〜ってしちゃいました、ね……」
〈ありがとうございました〉
〈ありがとうございました〉
〈一生調子に乗ってて欲しい〉
〈本当にありがとうございました〉
「わ、あ、こちらこそ、あの、お付き合いいただきありがとうございましたっ……」
そんなこんなで、わたしの少ない魔力を三分の一ほど消費した時点で、今日の生放送は終了。
毎回こうやって初歩の魔術を練習してみたり、教本を読んでみたりな地味な配信。それでも、一度見に来てくれた人の定着率は結構高くて、とてもありがたい。魔導士の配信ってどかんばこんって派手なものが流行っている印象だけど……なんだろう、逆に新鮮なのかな……?
とにかく。わたしは今日も、手袋に覆われた右手を小さく振ってリスナーさんたちに感謝とお別れを告げる。
「で、ではまた……次回の配信もよろしければぜひ、き、来てくださると嬉しい、です、はいっ。『初心者魔導士るるチャンネル』の、るるでした〜……」
〈控えめおててふりふり好き〉
〈ではまた〉
〈ほなまた〉
〈また〜〉
〈今日も癒されました。これで明日の仕事も頑張れます〉
名残り惜しくなっちゃわないように、終わりの挨拶のあとは手早く配信を切る。
それから、魔導具によってふわふわ浮かぶコメントたちを、消えるまで眺める。配信終了後のいつもの流れ。
配信枠が完全に閉じ、コメントも止まってから、ようやくわたしはフードを降ろし、フェイスベールを取った。我ながらじっとり重たい黒髪が、熱と湿気を孕んでいた。
「…………ん」
後ろ髪を流してうなじを涼ませつつ、カメラに映らない場所においていた『貴方の生活を導く素晴らしき多機能魔導補助具』略してスマホを手に取る。点灯した薄板の表面には、よく知った女性からのメッセージが一つ。
〈レレア:夜分にすまないな。依頼が一件来ている、明日朝一で話したい〉
操作面を触って、すぐにも返信。それへの、向こうからの返事も、またすぐに。
〈ハルカ:わたしに、ですか?〉
〈レレア:先方直々に、筆頭弟子をご指名だ〉
レレア・ツヅリ・フローレンス──ツヅリ一刀の流派・師範代の言葉に、自分の頭が切り替わるの感じる。
“初心者魔導士るる”から、“ツヅリ一刀筆頭弟子ハルカ・ラルカ”へと。
〈ハルカ:分かりました。では明日、道場で〉
〈レレア:ああ、よろしく頼む〉
どうやら明日は、剣士としてのわたしの出番みたいだ。




